第20話 良心は目覚めたり眠ってしまったり(3)

 高校生のお姉さんはよしと言って植え込みの切れ目までもどり、そこからあずまやを見たり、地面を見つめたりしながらもどってくる。

「あの、置物はそこにあったみたいだけど」

「ん?そんなの見りゃわかるよ。やだなー。歩きまわって大事な痕跡が消えるまえにその恐れのある場所を先に調べるんだよー。本当なら立ち入り禁止にして鑑識が綿密に調べるんだけどね。下は土だけど、乾燥して固いし、足跡はのこらないね」

 今度はあずまやの外周をまわる、ときどきかがんでなにやらやっている。意味あるのか疑問だ。やっとかけらが散乱しているところを捜査する順番になったらしい。

「どうだ、なにかわかったか?」

「あせらないあせらない。ぽくぽくぽく、ちーんだよ。ものごとには順番と範囲ってのがあるんだから」

 しゃがみ込んで地面にちらばったかけらを見つめてから、今度は白い手袋をはめた手でつまみあげて、もと置物があったとおぼしきスペースに置く。それを繰り返す。

「手伝いましょっか」

 かけらは二箇所にわかれて散乱している。相内お姉さんがもう一方のかけらの散らばった側にしゃがみ込んで手を伸ばす。

「触らないで。あの子がやってないって信じてるんでしょ?だったら、捜査すればそのことが明らかになるはずだけど、公正な捜査の結果でなければ意味がない。あなたはあの子の側の人間なんだから、手を出したらいけない」

「そうですね。すみません。お願いします」

 しゅんとなって、立ち上がる。タヌキオヤジが鼻からふんと息を吐きだす。大きな丸いお腹が上下した。高校生のお姉さんはかけらを選んで拾い上げている。相内お姉さんが拾おうとした方のかけらには見向きもしない。

「これは、先っぽが細くとがってるかけらを集めてるんだ。なにかにぶつかって割れる場合、ぶつかった場所を中心に放射状にヒビがはいって割れる。中心にどういうものがぶつかったか知りたかったら、そのあたりのかけらを集めればいい」

 なるほど。むづかしかったけど、わかった。必要なところといらないところがあるのだ。いらないところまで調べていたら時間の無駄になってしまう。

 高校生のお姉さんは立ち上がり、膝の裏をさする。台の上に集めたかけらを並べる。ケータイを取り出してカメラで撮影する。大きいかけらのひとつを離れたところに移動し、とがった先をまた撮影。元の位置にもどす。

「これを見て。ここになにかぶつかって、そのせいで置物全体が割れてしまったとわかるね」

「おう、たしかに」

 ケータイの画像を見せてくれる。本当だ、真ん中にヒビが集まるように見える。

「この中心部分を観察すると、けっこうとがったものみたいだね、ぶつかったものというのは。かけらの先端がほとんどとがっていて、つぶれたようになっているのはほんの先端だけだよ」

 タヌキオヤジは懐からメガネを取り出してかけ、高校生お姉さんが差し出しているかけらに顔を近づけて見つめる。相内お姉さんもつづいて見た。高校生お姉さんはかけらの散乱した地面にケータイを向けて撮影する。

「では、なにがあたって、そんな傷になったか。これだね」

 地面から顔をだしている石を指さしている。全員で狭い通路にぎゅうぎゅう詰めでしゃがみ込み、両側から見つめる。石が恥ずかしがるのではないか。

「このとがったところに陶器の粉がついている」

「それじゃ」

「そう、置物が落ちてきて、この石に当たって割れた。こんなことは見ればすぐにわかるけど、ほかの可能性が排除できるのは、ちゃんと調べたから。割れてから落ちたのではない」

「誰が落としたんだ。このガキしかいなかったんだぞ」

「そこだね。オジサンが家の玄関に移動し、家から出てここまでやってくる。それにはすこし時間がかかる。それで、この子を発見する。置物が落ちた時のことはわからない。きみは置物が割れたときどこにいたのかな」

 柵の向こうの空き地を指さす。

「うん、それで音がしてから空き地を出て、生け垣をまわってここまできた。それでオジサンに見咎められたと。タイミング的には正しいんじゃないの?もし置物が割れたときにこの場所にいたなら、なにが起こったかすぐにわかる。逃げ出すとすると、この子の姿は見えないんじゃないかな。逃げ出さずに正直に謝る子供だったら、すでに正直に話して謝罪しているだろうし。つまり、この子のいう通り本当に空き地にいたと考えていいんじゃないかな」

「なんの証拠にももとづいてないぞ」

「そうやって状況を想像すると、わかってくることがあるんだな。なにかが足りないってことだよ。真犯人ってことだけど」

 またかけらの散乱したところに手を伸ばして、台になにか載せる動作をする。

「かけらに動物の毛がついていた。台の上にあった置物についてたんだ、犬なんて可能性はないだろうね。猫に決めてしまっていい」

「ぐう」

「この盆栽の置いてあるスペースの周囲をまわればわかるけど、台の脚にも同じ毛がついていたりする。猫が台の脚に体をこすりつけていくんだね」

 盆栽を撮影してから手をのばしてとがった葉っぱにひっかかっていた毛をつまむようにする。

「さらに、この台の上も猫の散歩ルートになっている。表面ツルツルの置物にも毛がついていたんだ、体をこすりつけていたってことだろう」

 つまんだ毛を台の上にはなした。

「ひるがえって、この子がとなりの空き地で遊んでいた。想像しよう。柵があって、背の高さくらいの台があって、空き地側に盆栽があって、置物が通路側にある。空き地にいる子供が茶色い置物に気づくかな。あるいは、背より高い生け垣の向こうに台が並んでいて、その上に置物があるって。生け垣の切れたところから人の家の敷地をのぞき込んで、けっこう奥にある台の上に置物があるって。もし置物に気づいたとして、知らない人の家の敷地にはいりこんで置物をどうにかしようと思うかな。台の前にきて、目の高さより上にある置物をどうにかしようとするかな。置物が割れる音がしたからあえて敷地にはいりこんだんじゃないかな」

 タヌキオヤジに向かって首をかしげる。

「状況証拠だけでは納得できないというなら、かけらを全部集めて鑑識にまわせば指紋の照合ができるけど、正式な捜査として行うことになる。わたしは、オジサンの指紋しか出ないと思うけど」

 タヌキオヤジのドテラにケータイをかまえて撮影する。お腹の下の方に手を伸ばしてドテラからなにかをつまみあげ、台の上にのせる。ケータイで台の上を撮影する。

「わたしの結論を言おうか。お宅の飼いネコが犯人。この子は無実。それでもというなら、太田警察へ行くといい。器物損壊事件として扱ってくれる。こんな小さな子に濡れ衣を着せようとした責任をどうとるつもりかを決心してからね」

「ぐう。済まなかった」

 お腹のつかえで腰が曲がらないなりに首だけを曲げて頭をさげる。アゴが肉に沈んでいる。心が痛む。いつからいたんだろう、天使が飲み物のボトルがはいった袋をさげて立っている。心が軽くなる。

「お、サンキュー、アンジェちゃん」

 相内お姉さんが袋とお釣りをうけとる。一本取り出してタヌキオヤジに渡す。

「じゃ、そういうことで。タイトくんが敷地にはいってたお詫びです。勝手に人んちはいったらダメだよ?またトラブルに巻き込まれるから」

 うんと返事する。頭に手を当てて、帰ろうと促される。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る