第19話 良心は目覚めたり眠ってしまったり(2)
「じゃ、ちょっと失礼して」
相内お姉さんはケータイをだして操作をはじめる。
「くぼ、壮介さんは仕事だから六時くらいにならないと手が離れないんだよね。生き物の世話は大変なんだって」
電話がつながる。
「あ、えーと、クスリの関係の課の川田さんお願いします。刑事課の組織犯罪対策係?ああ、そんな名前だったかもしれません。刑事さんで川田さんです。ああ、お願いします」
どうやら相手がつかまりそうだ。こちらにウィンクして合図してくれる。胸が苦しい。
「あ、あの、川田さんですか?芸大の阿久津さんの事件で。ええ、夏の。笹井咲名の友人で。はい、相内沙莉です。その節は、久保田から聞いたんですけど、どうも大変お世話になりました。ありがとうございました。それで、いま困ってまして。正式なものではないんですけど、調べていただけないかと思いまして」
相内お姉さんは夏に警察のお世話になるような事件を起こしていたらしい。なにをやらかしてしまったのだろう。牢屋にいれられていないということは、たいしたことではなかったのだろうけど。
「え?適任?はあ、そうですか。じゃあ、その方にきていただけるように。はい。お願いします」
ケータイをしまい、目の前にしゃがむ。手が頭に置かれている。
「わたしの知ってる川田さんに話したらね、もっといい人がいるからって。その人がすぐきてくれるから、大丈夫だよ」
うなづく。
相内お姉さんが誰かに向かって手招きする。もう、その調査をしてくれる人がきたのかと思ったら、そうではなく、天使が敷地の外にテンシのように立っていた。すたたたたとお姉さんの前にやってくる。
「アンジェちゃん、お姉さんたち人がくるの待ってるんだけど、ノドかわいちゃったからさ、あったかい飲み物買ってきてくれる?四本ね、じゃなくて五本だ」
天使はお金をうけとって行ってしまう。風のない穏やかな日にこんなところでなにをしていたのだろう。そういえば、天使が飲み物買いに行って、頼人たちはどうしているのだろう。一緒ではなかったみたいだけど。
人の心配をしている場合でもないのだった。どうなるのだろう、警察の人がきて、犯人はお前だっていわれたら。牢屋にいれられてしまうのだろうか。お母さんのご飯よりマズいご飯だったら食べられない。お母さんのご飯だってガマンして食べているのだ。
しばらく沈黙がつづく。年末の風のない穏やかな晴天の日、年越しの準備をするにはもってこいだ。大掃除をするもよし、買い出しに出かけるもよし、忘年会をするのもよい。こんなところでタヌキの置物ごときを壊したの壊さないのと騒ぎ立てることのバカらしさと言ったらない。まったく、別の赤ちゃん宇宙にまぎれこんだような気分だ。
「おーい、わたしを呼んだのはどこの誰だーい」
間抜けなことを叫びながらやってくる人がいる。植え込みが切れて声の主が姿をあらわし、目が合う。
「あっ」
若い女の人だ。
「ここでしょう。そうですね。川田さんに依頼されてやってきましたよ」
全員があっけにとられて反応ができない。警察の人だというから、おっかない顔した男の人だと思っていたのだ。
「ああ、休暇中でバッヂはありませんよ?警察で保管してますからね」
本当に警察の人みたいだ。背は低めだろう。相内お姉さんより少し低い。長い髪を後ろでひとつに束ねている。前髪は眉毛にかかるくらい。濃紺のトレンチコートに高校の制服かと疑われるスーツ。なんというか、高校生じゃないの?という感じだ。
「あんたが、犯人をつかまえるのか?」
「え?犯人をつかまえるん?」
「タイトくんが犯人じゃないってわかればいいんです」
相内お姉さんに肩をもたれ、高校生みたいなお姉さんの前に差し出される。どうしていいかわからなくて、かたまってしまう。お姉さんは腰だけをかがめて目をのぞき込んでくる。目つきがするどい。右目がさらに細められる。
「本当にきみがやったんじゃないんだね?」
こくんとうなづく。疑り深いまなざし。
「言葉でいいなさい。やってないならやってない、やったならやったと。どうなの?」
やってないと小声でいう。
「ならいいや。きみはやってないってことをハッキリさせてあげる」
腰を伸ばし、タヌキオヤジと相内お姉さんに向き直る。
「で、なにがあったの?」
タヌキオヤジがさっきの話を繰り返し、相内お姉さんは濡れ衣だと言って不審な点をあげた。犯人なら逃げるでしょと。
「オッケー。つぎは現場を見るね」
バシン
一歩二歩前進した。お尻が、痛い。
「わたしもお姉さんもきみのためにいろいろすんだかんね、わかってんの?なんか一言あってもいいんじゃないの?」
「えっと、お願いします」
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