第18話 良心は目覚めたり眠ってしまったり(1)

 かんそう。かわく。からから。乾燥している感じはサ行の音が強い気がするのに、単語としてはカ行の方が使われるようだ。カ行の正体は発音の時ノドの奥で発する破裂音だ。固い感じと、軽い感じがある。木のイメージで、石のイメージではない。そこに乾燥のイメージはあまりない。つぎにサ行。歯と歯の隙間を空気がとおる音、舌も使って空気の通り道をせまくする。表面に細かくザラザラした感じがある。つるつるなプラスチックではなく、さらさらな布か紙のイメージ。乾燥している。

 陶器の割れる音は、よくかわいた音がするというけれど、パリンとかガチャンとか表現する。パもリも乾燥した感じはなく、表面がツルリとしている。ガとチは?ガは割れた破壊面のギザギザな感じはあるけれど、かわいてはいない。チというのも、角のとがった破壊面の感じで、乾燥とは結びつかない。つまり、陶器の割れるかわいた音がするといって、パリンもガチャンもうまい表現ではない。

 どうだろう、ここではカシャンということにしては。カシャンなら、破壊の感じ、かわいた感じがともにある。

 パチンコで遊んでいた時のこと。なにか固いものが破壊される音、とがった棒で突いたようなイメージを起こさせる音につづいて、まさに陶器の割れる乾燥した音が、カシャンと聞こえた。今いる空き地のすぐとなりだ。

 空き地と道路を隔てる柵が尽きると植え込みにかわる。植え込みの向こう側は住宅の敷地だ。植え込みの切れたところまで行って敷地の中をのぞく。あずまや風の柱と屋根のついた盆栽置き場が右側から奥に向かってのびている。人が住んでいるのは、さらに奥に見えるあの家だろう。植え込みの影から敷地に忍び込む。忍び込むと言うと聞こえが悪い。断りをいれずにお邪魔する。奥の玄関につづく通路からすぐはずれ、脇のあずまやに向かう。泰人の目の高さくらいの台がずっと二列に並んでいて、上に植木鉢が整列している。台に挟まれた通路の足もとは地面そのままで、コンクリートが打ってあるということはない。大切なのは盆栽ということだろう。

 さっき聞いた乾いた音、カシャンという音の原因はすぐにわかった。通路の地面にかけらが散乱している。茶色に着色されて、表面はつるつるに仕上げてあったらしい。裏側はざらざら、こっちにはクスリを塗らなかったのだろう。かけらの散らばった感じからすると高さはこのくらい、えっと五十センチくらいかな。盆栽と一緒に並んでいたようだから、頭が飛び出すくらいだろうか。

「お前か、このクソガキ!」

 ぐえっ。苦しい。しゃがんでいたのが、いまは地面にやっとつま先がつくくらいにもちあげられて、襟が首をしめつけている。誰かが襟の後ろ側をつかんで猫のようにつまみあげているのだ。声の主にちがいないけれど。


 相内お姉さんはあずまやの地面を見つめている。片手で膝をかかえて、もう片手で陶器のかけらをつつく。

「それで、置物が割れる音がしたと」

「そうだ」

 タヌキオヤジが丸いお腹をつきだしていかめしく腕を組み、うなづく。

「音だけで、窓から見ていたというわけではないんですね?」

 相内お姉さんが立ち上がる。タヌキオヤジよりすこし背が高い。気持ち見下ろす。

「冬で戸締りしてたでしょうに、こんな遠くの音がよく聞こえましたね」

「自慢じゃないが、うちは気密性が悪いんだ。それに風もなくほかに物音はしていなかった。テレビやラジオもつけないからな。ものが壊れるような目立つ音は聞き逃さない」

「なるほど。それで、玄関から出てここにくるまでほかに人を見かけなかったし、かけらの散らばっているところにタイトくんがしゃがんでいたから犯人だと思ったと」

「ほかに考えられんだろ」

「そうですか?犯人だったらさっさと現場から逃げ出すとも考えられるんじゃないですか」

 相内お姉さんがタヌキオヤジを見つめる。お姉さんの言うことに一理あるのに、タヌキオヤジはすこしも動じない。自分の考えに固執して他人の考えなんて毫も受け付けるものではないらしい。

 相内お姉さんは今日も神社の横のお地蔵さんのために囲いをつくる作業をしていた。泰人はタヌキオヤジにとっつかまって大人を呼べと自宅へ押し込まれ、電話の前につきだされた。家には誰もいないし、ほかに頼る人がいない。家を追い出された事件のとき別れ際に握らされた紙、帽子の額のところに折り返してしまってある目を守るためのメッシュに挟んでおいた。胸が痛んだけれど、紙に記された番号にかけたら相内お姉さんがすぐにきてくれた。それで、現場を見てもらう運びとなったというわけだ。

「タイトくん、この。これってなんですか?」

「タヌキの置物だ」

 相内お姉さんは頬をふくらませたけれど、どうにか吹きだすのをガマンして頬をひっこめた。タヌキオヤジがタヌキの置物を大事に飾っていたかと思うとおかしくなってしまうのも道理だ。

「このタヌキの置物、タイトくんが壊したんじゃないんだね?」

 うなづく。

「よし、お姉さんにまかせて。名探偵を呼ぶから」

「このクソガキがやったに決まってるだろ、まわりにほかに誰もいないんだ。ほかの人間だったら逃げていくところを見かけたはずだし、こいつだって誰かがいたって言うはずだろ」

「そんなことは知りませんよ。とにかくタイトくんは犯人じゃありません。警察に知り合いがいるから、調べてもらいます。いいですね、あとで後悔しても知りませんよ」

「ふん、誰がこようと同じだ」

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