第22話 あけましておめでとうございます(1)
年が明けてお地蔵さんの囲いが完成した。秘密基地も完成し、集会所では地区の餅つき大会が行われている。
「泰人、こっちきて餅つけ」
天使と英麗玖のお父さんが腕を振っている。そんな大げさなジェスチャーしなくてもわかるのに。フランス人のつもりか。天使の家とは家族ぐるみの付き合いというやつだから親戚のおじさんみたいなものなのだ。大人に逆らわない方がいい。
「よーし、ここに立って。いいか、両手でしっかりもつんだぞ?この重たいのが上に行って、下に落ちる。な?肘をうまく使って、まっすぐ落ちる感じにするんだ。そうしないと丸を描くように動く。そうすると重さに引っ張られちゃうんだな。ほれ、前と後ろに足を踏ん張って。何回か一緒にやるぞ」
腕を伸ばすように杵を高く掲げ、肘をまげて真っすぐ下に落ちるにまかせる。そういうコツらしきものがつかめてくる。
「お、いいね。泰人は筋がいいよ。毎年泰人に餅ついてもらおう」
ちびっ子は餅をふるまわれている。ノドにつかえないように小さくちぎってあるのを頬張る。相内お姉さんは久保田オジサンとお地蔵さんのところで神社のオジイサンと話しながら餅を食べている。今日のオジイサンは頭にニット帽をかぶっている。ツルツル頭だったら寒そうだ。
こしあんのかかった餅がいいななんて思いながら体は杵を臼に打ちつける。インパクトの瞬間だけ力を余計に加える。もう餅つきのプロといっていいだろう。じんわり汗をかいたところでお役御免となった。手にマメができるまえに解放されてよかった。手のひらはすこし赤い。半ズボンにこすりつける。
「あんこ好きでしょ?」
天使が餅の容器を差し出している。うん、こしあんだ。
「つぶあんだっけ?」
「ううん、こしあん。ありがとうな」
神社の建物の横、お地蔵さんが近い。泰人はコンクリートの土台に腰をおろす。天使は自分の餅を手にして目の前に立っている。
「ここでよければすわる?あまりキレイじゃないけど」
となりにすわれるように手でコンクリートの表面をこすって砂埃を地面に落とす。手のひらに細かい粉がついて白くなった。半ズボンで拭く。
「ありがと」
あいた方の手でスカートを伸ばしてコンクリートにすわる。餅はいくらかあたたかさが残っている。あんこもあたたかいし、甘いし、おいしい。
「疲れた?」
「餅つき?ちょっと汗かいたくらいで、疲れはしない」
「そう、お父さん強引だから、ごめん」
「別に」
天使が謝ることじゃない。いつもの天使ではない。どうかしたのだろうか。
「なにかあった?」
「なにかって?」
「いや、なんか元気ないみたいだから」
「ううん、なんにも。いつもそんな元気に見える?」
「え?あー、まあ今よりは?」
いつものキツい態度じゃないじゃないかといったら、どういう反応がかえってくるだろう。いつもどおりの天使にもどるかもしれない。
餅が食べ終わった。秘密基地に行きたいところだけれど、今日は人が多いからやめておく。秘密が秘密でなくなってしまう。
「タイトくん、エンペラーペンギンまた見にこないか?いまね、換羽がはじまったところなんだよ」
久保田オジサンが目の前にやってきていて、うれしそうだ。換羽はうれしいものなのだろうか。うん、行くと返事しておく。
「お友達も一緒にね」
天使の方を見ている。天使はペンギンなんて興味ないだろう。それに、好きでもないペンギンを観に行くのは、おこづかいがもったいない。泰人は年間パスで水族館にはいれるけれど、天使はお金を払って水族館にはいらなければならない。電車で行けば交通費もかかる。年間パスは、エンペラーペンギンに襲われたペンギンツアーのとき、お詫びと言ってもらったものだ。
「一緒に行ってもいい?」
あれ?ペンギンに興味があるのか?いや、水族館にはペンギン以外にもいろいろな動物がいる、水族館に興味があるのかもしれない。それとも、久保田オジサンか?相内お姉さんみたいに、こんなオジサンがいいのか?
「そんなに見ないで」
肩を押され、体勢をくずしてコンクリートに手をつく。女の子をあまり見つめてはいけないらしい。それもそうか。変質者っぽい。
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