第23話 あけましておめでとうございます(2)

 お母さんの方のおじいちゃんは足を痛めて、泰人が記憶している限りずっと寝たきりだった。お正月に遊びに行っても、おめでとうとおじいちゃんの寝ている部屋に言いに行かなければならなかった。寝たままのおじいちゃんがお年玉をくれる。お年玉はいいのだけれど、おじいちゃんやおばあちゃんはなんでなにかというとお金やものをくれるのだろう。こっちはもうらうたびに後ろめたい気分になるというのに。なにかがほしくて遊びに行くわけではない。顔を見て、お話して、ちょっとした遊びに付き合ってくれる。そういうことを求めているだけなのに。

 おじいちゃんは若いころ旅行が好きだった。北に行ったり、南に行ったり。そうだ、沖縄のこともおじいちゃんに聞いて知ったのだ。飛行機に乗って行ったと聞いた。小さな島へは船で渡る。波が荒いときのフェリーの乗り心地の、乗り心地とも言えないようなヒドイ経験をしたこともあるそうだ。海の美しさ、でも、住んでいる人はあまり海を大事にしていないとか。船長がタバコを海にポイ捨てするのを見たことがあると言っていた。そこにあって、美しいのが当り前になっていて、そんなことをしていると海がゴミだらけになってしまうなんて考えつかないのだ。

 おじいちゃんが亡くなった。

 お餅をノドに詰まらせたわけではない。体が弱り過ぎていた。食欲が落ちていたのに、その日はお餅を食べて、おいしかったと言った。昼寝しているうちなのか、わからない。昼寝が終わったと見計らっておばあちゃんが部屋に行ったら亡くなっていた。お医者さんを呼んで確認してもらって、死亡が確定した。衰弱死。

 小学校の始業式の日だった。学校から帰ると、すれ違いにお母さんが出かけて行った。お父さんとつぶやいていた。普段と異なる様子に不安な気分になった。夜、仕事から無事帰ったお父さんに告げられて納得がいった。お父さんとつぶやいたのは、お母さんにとってであって、泰人にとってはおじいちゃんのことだった。知らせを受けてお母さんはひとり実家へもどったのだ。小学校を休み、お父さんの運転する車でお母さんの実家へ行った。ちょっとした小旅行だ。親戚が集まっていて、知らない人たちに大きくなったなーなんて声をかけられた。

 おじいちゃんは色が抜けたように、白っぽいような黒っぽいような肌をしていた。もともと痩せこけていた。ほとんどミイラみたいに見えた。もうおじいちゃんは動かない。話もしてもらえない。でも、悲しいと感じない。悲しいということがどういうことか、まだわからないのかもしれない。大人たちがどこか楽しそうなのも影響しているかもしれない。悲しそうなのはほんの数人。あとの人たちは、お互い久しぶりに会って懐かしそうに話している。みんなが悲しそうにしているよりいいのかもしれない。はげましになったりするのかもしれない。

 お葬式をして、火葬場で弁当を食べて、家に帰ってきた。式というのは苦手だ。じっとしていなくてはならない。じっとしているのが苦痛になるような姿勢でだ。だらっとして動かないならあれほど大変ではないだろう。映画を観ているときは二時間くらいじっとしていられる。式というものは学校でも学校の外でもあんな感じなのだろう。できるだけ関わらずに生きてゆきたいものだ。

 秘密基地が完成したのに家で過ごす時間が増えた。一月にはいって寒い日がつづいていたし、二月はもっと寒くなる。マーくんとは一緒に遊ぶことが増えた。

「ねえ、いつになったら水族館に行くの?」

「え?」

 教室で昼休みのこと、給食の準備をはじめたところに、神経がピリピリしていそうな天使の声が聞こえた。なんのことだっけ。

「水族館?なんか言ったっけ?」

「おじいさんが亡くなっていろいろ大変だったのはわかるけど、スッキリ忘れられると、わたしの存在感が薄いのかなってちょっと不安になるじゃない」

 なんの冗談だ?天使の存在感が薄いはずがない。名前通りの天使のような容姿、容姿からは想像もつかないキツい性格。これで存在感が薄いなんてことがあったら、ほかの人間はすでに消滅しているだろう。

「なにかを忘れているとしたら、おれの頭が悪いからで、天使の存在感は、なんというか、無視できないものがあるのは確かだよ」

「そう。それで、なにか思い出した?」

 おっと、今度はクイズか?教えてはもらえないらしい。えっと、水族館に関することだ。天使と結びつくものと言ったら、ペンギンのバッヂくらいのものだ。もう一個ほしいのか?買いに行きたいのか?そんなこといってたっけ?

「そうそう、水族館ね。いつがいい?えっと、一緒に」

「よかった。もう忘れて水族館行かないのかと心配になっちゃった」

 やっぱり、水族館に一緒に行くことになっていたんだ。一緒に行って、バッヂを買うんだな、きっと。

「ほら、あれだよ。なんというか、声をかけるのがはずかしいっていうかさ。男から女の子に声かけるって特別な感じがあるだろ」

「そう。そうかもしれない。もっと早く声かければよかったね。つぎのお休みはどう?」

「うん、おれはいつでも大丈夫」

「じゃあ、決まりね。朝家に行くから」

「きて、くれるの?」

 あまり早くきてもらうと、寝坊できない。

「すぐ近くでしょ?」

「ああ、まあ。そういうことで」

 天使は思い通りの結果を引きだしたのだろう、いまは機嫌よさそうに去って行った。水族館に行って帰ってからもあんな状態ならいいけれど。

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