第32話 小さい男の子に銃を向けないでください(2)

 肩に手が置かれる。あずみお姉さんがにじんでいる。

「もう大丈夫だ。ケガしてないか?」

「おでこ打った」

「どれ、見せてみろ。ああコブになったな。よくなでておけ」

 ペタンとおでこを平手でやられたから、よけい痛かった。男は銃をもぎとられ、後ろ手に手錠をかけられて地面にころがっている。泰人は男の腕から振り落とされ、地面に落ちて、おでこをぶつけたらしい。泰人としては、世界がぐらんぐらんまわって、なにが起こっているのかわからないうちにおでこに衝撃をうけた。どうにか手をついたらしいからよかった。手のひらをすこしすりむいている。

「天使は?」

 天使はすぐ近くに立っている。

「大丈夫か?撃たれなかった?」

「うん、大丈夫。撃たれてない」

「そうか。なにしてたんだ。パチンコが欲しかったのか?」

「ううん。タイトを助けようと思って」

「助けるって。ピストルもった大人がいるのに、パチンコでなんて助けられるわけないだろ」

 天使の顔がキッとキツい表情になる。パチンコをポイと投げてよこした。両手は、地面について体を支え、おでこをなでてふさがっている。急には手を離せず、パチンコは体にあたり、お腹のところまですべって止まった。

「でも、助かったじゃない」

「おでこにコブできたけどな」

「コブはわたしのせいって言うの?」

「いや、こいつのせい」

 さっきまで噛んでいた肩に拳を打ちつける。ぐぇとかいう声が聞こえた。

「天使が撃たれると思ったんだぞ。すっごい怖かったんだからな。天使は危ないことするなよな」

「エラそうにわたしに命令しないでくれる?」

「ぐっ」

 キツい天使にはどう対応していいかわからなくなってしまう。

「それで?どうしてわたしを呼びだしたんだ?なぜ強盗犯にとっつかまってた?ここでなにをしていた?」

 帽子をかぶせてくれる。

「ちょっと待って。いま掘るから」

「掘る?」

 まずは、間違って掘り起こしてしまったクッキーの缶のタイムカプセルを埋め戻す。それはなんだと聞くから、誰かのタイムカプセルと簡単に答えた。つぎに、バッグを埋めたはずの土を掘り起こす。手ごたえはタイムカプセルの場所と同じくらいやわらかい。今度こそバッグがでてくるだろう。ほら、黒い革が見えてきた。スコップで表面をこするように土をはらう。バッグのストラップがでた。こいつをひっぱればスポッと引っこ抜けるはずだ。うおっ。ありゃ、まだダメだ。すこし動くけれど引っこ抜けはしない。

「おい、こりゃ。よし、もう一回ひっぱれ」

 うんしょ。今度はあずみお姉さんも片手で手伝ってくれてボコッとバッグが引っこ抜けた。うおっ、土が飛び散って目にはいった。目が痛い。口にも土がはいったものだから、ぺっぺっとつばを吐く。あとには大きな穴が残っている。なにかに使えないかな。せっかく掘ったから使わないともったいない。

 バッグのジッパーを開ける。

「やっぱりか。これどうした」

「話すと長いけど」

「聞くしかないな」

 何日も同じ時間に神社の裏の道を暴走する車がいて危なかったこと。壁に閉じ込めて煙と爆竹で懲らしめたこと。バッグがあとに落ちていたこと。壁はベニヤでできていて、もう小さく割って燃やしたこと。バッグにお札が入っていて怖くなって埋めたこと。

 今日はあずみお姉さんに全部話して謝ろうと思ったけど、神社で待っていたら先に足もとに転がっているこの男がきて捕まった。拳銃でおどされ、バッグを掘りだせと言われて掘っていたけど、まちがって掘り起こしたタイムカプセルを今日も掘りだしてしまった。そこへあずみお姉さんがあらわれたのだけれど、男に脅されているのを忘れてあずみお姉さんに駆け寄ろうとしてしまい、あずみお姉さんのことが男にバレてしまった。そんなことをつっかえつっかえ話した。

「そうか。今度は自分から謝ろうとしたんだな。いい子になったな」

 頭をガシガシとなでてくれる。帽子がズレて目が見えない。

「このオジサン誰?」

「このオジサンは、車に乗って暴走してたオジサンだ。バッグがなくなって探しにきたんだな。でも、このバッグはオジサンのじゃないんだ。このオジサンは悪い奴で、別の人からひったくってきちゃったんだな。警察はこのオジサンと仲間の車を追いかけていた。仲間はつかまえたけど、このオジサンだけ車から逃げちゃって捕まえられなかったんだ。おカネも一緒になくなっちゃってたしな。警察みーんなでこのオジサンを探してたってわけだ」

 車で暴走しているのは若造だと思っていたのに、こんなオジサンだった。しかも、昨日の事件の犯人でもあった。お母さんがよろこぶかな。

「ぼくも警察につかまっちゃう?」

「うーん、つかまりはしないだろ。でも、警察の人に同じ話を何回も聞かれるだろうな」

「あずみお姉さんバッグ返してくれる?」

「おう、返す返す。でも、いいのか?わたしたちふたりでお金もって逃げちゃえば、お金持ちになれるんだぞ?」

 天使があずみお姉さんのコートを引っぱる。

「あ。あははっははー?」

 天使を見て、こっちを見て、顔を見比べている。

「タヌキの置物のとき以来だね。お名前は?」

「秋月天使」

「アンジェちゃんか。お金持って逃げるなんて、冗談だよ?わたしはこんなちびっ子と運命をともにしたりしない。ねっ」

 天使がほっぺをふくらませて不満をあらわしているようだ。たぶん自分もお金持ちの仲間にいれろといいたかったのだ。あずみお姉さんが天使のほっぺをつんつんしながら機嫌をとった。

「せっかく予行演習したのに、それがアダになったな」

 手錠をはめられたオジサンの背中に靴のかかとをぐいぐい押しつけながら、あずみお姉さんはどこかに電話をはじめた。そのうち集会所の前がパトカーとかいろんな車でいっぱいになり、車で移動させられ、お母さんがやってきて、いろんな人に話を聞かれ、中には白衣を着たお医者さんらしき人もいた。

 夜になって家に帰ってきて、ベッドにはいったときにはクタクタのクテクテで電池切れだった。寝入りそうというときに、頼人がベッドの横に立った。

「うん?なんだ?オシッコ?」

「焼き芋は?」

「なに寝ぼけてんだ、さっさと寝ろよ。おれは眠いんだ」

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