第31話 小さい男の子に銃を向けないでください(1)

 人はなぜ穴を掘るのだろう。穴を掘るというのは、自分を見つめる行為に他ならない。自分を深く掘る。記憶を探り、感情を奮い起こし、検討、反省する。ひるがえって、未来をよりよく生きる指針とする。つまり、よりよい未来のために、人は穴を掘るのかもしれない。

 神社の林。今日は曇っている。春だというのに寒いくらいに気温が低かった。いまは穴を掘って体を動かしているから暑い。汗が出て、それが冷えてヒンヤリする。暑いところとヒンヤリするところができている。

 昨日に続いての穴掘りだ。手が痛い。体がダルイ。でも、休むことは許されない。それに、視線を背中に感じる。

 そういえば、昨日はお母さんがなにやら興奮していた。風もなく穏やかないい日で気温があがった。家じゅうの窓を開けていたのが、お母さんは帰ってくるとすぐに窓を全部閉めてしまった。夕方のテレビにかじりついて、あ、ここ!とか近所がテレビに映し出されるたびに声をあげ、泰人や頼人にも見ろと言ってきた。わざわざテレビで見なくても、近所ならちょっと行って見てくることができるのに。お母さんという生き物はわけがわからない。頼人も不思議そうにしていた。

 なにか事件があったらしいのだ。それでテレビが近所に取材にきた。一瞬、暴走行為を繰り返した若造を懲らしめたことが事件になったかと心配になった。幸いなことに、テレビに映し出されるのは例の狭い道路でも神社の裏の林でもなかった。駐車場とか、銀行とか、道路に立ち止まって取材を受ける人だとかが映されただけだった。なにか別の事件が遠くもない場所で起きたのだ。その犯人が捕まったのだけれど、ひとり取り逃がして逃亡中だということだから戸締りをシッカリしようというのが、お母さんの考えだった。

 そうすると、昼間あの狭い道路を走ったパトカーは別の事件を追いかけていたということだろう。暴走車はどうしたのだろう。お金が入ったバッグがなくなっていることに気づいたはずだ。警察に届けていたらそっちも事件になって、一日のうちに近くでふたつの事件が起きたとテレビで放送してもいいはずだけれど。警察に届けていないということなのだろうか。狭い道路を暴走した自分が悪かったと反省して、お金のことはあきらめたのだろうか。

 穴を掘りながら、昨日夜の出来事と思考を点検した。考えるべきことを考え、穴はないように思う。さて、ここからどのような未来の指針を導きだせるだろう。

 あっ。

 濃紺のトレンチコートがひるがえるのを視界の端にとらえた。同時にスコップが金属の手ごたえを伝える。

「おい、見つけたか?」

 男が穴に近づく。

 あずみお姉さん。

 スコップを投げ出し、駆け出す。

 銃声一発。

 足が止まる。

 腕をつかまれ、ひっぱられる。

「その子を放せ」

 首に腕が食い込み、耳の上に固いものが押しつけられる。ブルーの帽子は、地面に落ちている。

 あずみお姉さんは映画みたいに銃をこちらに向けて構えている。カッコいいけど、高校生にしか見えない。それに、拳銃を突き付けられるのは怖い。耳の上をぐいぐい押してくる固いものも拳銃なのだろうし。

 穴掘りに集中していて忘れていた。男に拳銃をつきつけられつつ、昨日埋めたバッグを掘りだしているところだったのだ。不用意な行動をしたことで、あずみお姉さんの存在が男にバレてしまった。なにをやっているんだ、まったく。

 男は穴からのぞいているクッキーの缶に一瞥をくれたらしい。

「おい、なんだこりゃ。こんなゴミ掘り出せなんつってねえぞ」

 穴を掘る場所をまちがっていた。昨日見つけた、誰か知らない人のタイムカプセルをまた掘り返してしまった。本当に今日はどうかしている。

 最悪だ。銃を突きつけあって膠着状態。人質をとられているあずみお姉さんが不利に決まっている。その人質になってしまったのだ。ぼくのことはいいから撃ってと言えればいいけれど、とてもそうは言えない。これほどの近距離で撃たれたら、弾がはずれることはまずないだろうし。

「仲間はみんな捕まったんだ。もう逃げられないよ」

「うるせえ。こいつの頭吹っ飛ばすぞ」

「そんなことしたら人質がいなくなっちゃうんだけど」

「やらねえと思ってるのか?」

「わたしもあんたの頭撃つけどね。命と引き換えでも、どうしても子供の頭を撃ちたいってんならどうぞ」

 ちょっと待って、ぼくのことはいいから撃ってとは言ってない。

「なんつう刑事だ」

 男が一歩あとずさる。

 お尻のポケットからパチンコを取り出す。うーん、これがなにかに使えればいいんだけど。せっかくならナイフがよかった。ナイフだったら、犯人の腕を刺してダッシュで逃げれば撃たれなくて済むかもしれない。いや、銃をもっている方の腕を刺さないとダメか。どちらにしろ、ナイフはないのだ。お守りでもっていろといわれたパチンコ玉もポケットにはいっているけれど、それで撃てるのはあずみお姉さんくらいだし、仲間を撃っても仕方ない。

「てめえ、なにしてやがる」

 首に絡めてあった腕がパチンコを奪い放り投げてしまった。神社と林の間に落ちた。あとで拾わなくちゃ。

 あれ?

 天使がお地蔵さんの囲いのカゲからあらわれた。パチンコを拾う。ゴムを引いて感触を確かめている。おいおい、自分のものにしようなんて思ってないだろうな。パチンコは置いてあっち行けよ。あ、こっちを見た。目が合う。パチンコはやらないと目で訴え、あっち行けとアゴで示す。なにを思ったか、こちらに向けてパチンコを引き絞る。バカ、なにを飛ばすもりだ。人に向けるな、危ない。よせと目で訴える。こっちは取り込み中だというのに。

「お前誰だ」

 拳銃が天使に向けられる。

 危ない!

 男の上腕に両腕をからめる。

 足もからめる。

 銃声。

 肩に噛みつく。

 衝撃。

 おでこを地面に打った。鼻の奥にツーンと痛みがある。涙がでる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る