第30話 暴走行為は危険です(2)

 煙玉投下。車のうしろもベニヤ製の壁で封じる。袋のネズミ。壁に挟まれた車は煙に埋もれてゆく。ドアが開く気配が煙の中でする。動き回られてはうれしくない。

「カンシャク玉を投げつけろ」

 爆竹に点火して投げ入れる。連続して破裂音がする。男の悲鳴のような声もする。よし、もういいだろう。十分懲らしめることができた。撤収だ。

「壁を引き上げろ」

 マーくんが中心になってロープを引き、車の前側のベニヤを林の側に回収する。カンシャク玉の音も爆竹の音も消えてしまうと、パトカーのサイレンが聞こえてきた。いつからサイレンが鳴っていたのか。まずい。誰かが通報したのだ。早く撤収しなくては。あせって、車の後ろ側のベニヤがコンクリートの壁にひっかかってしまった。急発進の音がしたから、車はもう去った。ロープを引いてももう一枚のベニヤがコンクリートの壁を乗り越えてくれない。もっと上からロープをひっぱらないといけなかった。サイレンの音が大きくなってきた。腕を上げてひっぱってもうまくいかない。いま泰人は地面におりてしまって、腕を上げても壁の高さまで届いていないのだから仕方ない。マーくんが壁の上を歩いてきてベニヤをもちあげてくれた。おかげで、すんなり林の方へすべりこんでくる。マーくんがいてくれてたすかった。

 パトカーがけたたましいサイレンとともに壁の向こうを走りすぎてゆく。被害者の車がいなくて現場がわからないのだろうか。煙とか花火のカスとかがのこっていそうなものだけれど。

 ぐずぐずしてはいられない。証拠を消すのだ。ベニヤを膝で押さえつけて折り、反対にも折って割る。見本を見せておいて、マーくんと頼人にも手伝わせる。アスカちゃんはケガするといけないから見学だけにしてもらう。ベニヤを燃やすための穴は、以前に焚火をしたとなりに用意した。バケツに水道から水をくんで穴のそばに用意してある。火事の対策も万全だ。割って小さくなったベニヤから穴にいれ、ライターで火をつける。割ったところがギザギザになっていて火がつきやすい。火が大きくなりすぎないように注意しながら、小さくなったベニヤをくべる。早く燃えろ。早く燃えろ。呪文をとなえる。

「タカちゃん。なんかヘンじゃなかった?」

「うん?なにが」

 マーくんは落ち着いている。慌てることがない。

「パトカーがさ、くるの早かったと思って」

「そうなの?近所の人に通報されたんだと思ったけど」

「通りすぎちゃったし」

「煙が消えるのが早かったのかな。被害者の車も消えてたし、警察もどこに行けばいいかわからなかったのかもしれない」

「そうかな」

 存在を忘れていたのだけれど、英麗玖が姿を消していたらしい。公園のほうからよたよた歩いてくる。肩に重そうに黒いカバンをかついでいる。

「どこいってたんだよ、英麗玖」

「ぐるっとまわってきた」

 車を閉じ込めた道から公園をぐるっとまわってもどってきたらしい。

「どうしたんだ。向こうの道に降りちゃったのか?」

「うん、屋根が乗りやすそうだなって思って。それで、このカバン落ちてたからもってきた」

「あの車とかパトカーとかに轢かれなくてよかったな」

 英麗玖は身のこなしが軽いし、なにをしでかすかわからない冒険心に富む性格をしている。天使の弟なのだ、口やかましく締め付けられて、もっと違う人間になりそうに思うけれど、天使は弟に甘い。英麗玖は姉のことを怖いと思ったことがないらしい。弟には天使はテンシなのだ。うらやましい。いや、そんなことより

「それ泥棒じゃないか?」

「そうなの?落とし物を拾ったんだから、ほめてもらえるんじゃないの?」

「なにはいってるんだ?つまらないものならベニヤと一緒に燃やしちゃうか」

「証拠湮滅」

 マーくんがメガネをくいっと押さえて、レンズがキラッ、口の端がニヤリ。口にしてほしくない言葉だった。

 英麗玖がカバンを降ろしてジッパーを開ける。

「なんじゃこりゃ」

「お札」

「お札だね」

「うん、お札だよ」

「タイトくん。これはね、お金なんだよ」

 お札がなんなのかわからないほどバカだと思われているのか。泣けてくる。

「いや、わかるから。そうじゃなくて、驚きを表現したんだよ。ジーパン刑事だな」

「これ燃やしちゃうの?」

「うっ」

 アスカちゃんのケガレを知らない目が心臓を射抜く。見たところ三億円はある。たしかに、このお金があれば、駄菓子屋が十軒くらい買い占められるだろう。沖縄だって行ける。おじいちゃんが旅行したスイスにだって。

 いやいやいやいや。これは他人のお金だ。使うわけにはいかない。きっと警察につかまって死ぬまで牢屋にいれられてしまう。かといって、お金の持ち主はどこに行ったかわからないし、返すこともできない。バレないように返さなければ警察につかまって、最悪死刑になるかもしれない。死刑反対。

「タカちゃん」

「なんだいマーくん」

「時効っていうのがあるんだよ」

「ジコー?あれだろ?連立政権」

 あれは、そう。二ホン時代のことだ、たぶん。

「それじゃなくて、悪いことしても時間が経てば警察につかまらないんだよ」

「まじで?ジコーはつかまらないの?」

「まじでまじで」

 マーくんは物知りでもあるのだ。なんてこった。すばらしいシステムだ。

「いつまで?いつまで待てば警察につかまらないの?」

「うーんと、十五年か二十年かそのくらい」

「まじか」

「まじだ」

「おじいちゃんになっちゃうじゃないかー!」

「いや、ならないよ。二十年たっても二十七だ」

「あ、そう?二十七はまだ若いね」

「うん」

「なんかすぐって気がしてきた」

「いや、二十年だけど」

「そういっちゃうからダメなんだよ。二十七になるまでって思えばすぐだよ。だって、うちのお父さんなんて五十でしょ?」

「そうなの?タカちゃん四十三の時に生まれたの?」

「あれ?ヘン?ま、とにかく。二十年バレなければいいんだ。よし、埋めよう」

「タイムカプセル」

「そうそれ。二十年後の今日にみんなでここに集まって掘り返そうよ。宝の地図つくってさ」

「うん」

「宝の地図?」

「ドラえもん」

「わたし、二十歳までしか生きられないと思う」

「大丈夫、アスカちゃんなら永遠の十七歳でいられるよ」

「ありがとう、タイトくん」

 アスカちゃんの純粋さにたすけられた。

 ベニヤを処分するのはマーくんにまかせて、また穴を掘らなければならない。穴を埋め戻すときのために放置してあったスコップを手にとる。今度はものを燃やさない、見つかりにくい林の方だ。

 うん?バッグを埋めるにはまだ深く掘らなければいけないというのに、スコップの先がなにかにあたった。

「なにかあったよ」

 アスカちゃんは穴掘りを見学していた。ぶつかったものを掘りだしてみる。クッキーの缶だ。

「これは、つまり。タイムカプセルだな」

 みんなのところへもってゆく。火力が強くて焚火の近くにはよれない。

「あけてみる?」

「煙がでてきておばあちゃんになっちゃう」

「じゃ、やめておくか」

 開けてみようという声はなかった。

「先客があったということで、もどして別の穴を掘るよ」

 作業再開。穴にクッキーの缶をもどして埋める。すぐとなりに掘ってまちがわれてはいけない、すこし距離を置いてスコップを地面に突き立てる。

「つぎはなにがでてくるかな、タイトくん」

「なにかを探して掘ってるわけじゃないからね」

「なにか出てきた方が楽しいもん」

「掘ってる方は楽しくないんだけどね」

「楽しく掘った方が楽しいよ?」

「うん?そうかな」

「歌を歌えばいいよ」

「歌か。ルパン三世とか?」

「知らない」

「とぅっとぅるっとぅー、だな」

「なにそれ」

「知らないのか、これだから近頃の若者は」

 ふうとため息をついてみせる。大人はこうやるものだ。

「キャッツアイも知ってるわけないか」

「知ってるもん。カッコいい曲だよ」

「知ってるんだ。シティハンターは?ゲットワイルドだな」

「知ってる。小室のティーエムの曲だよね」

「そこまで知ってるんだ。北条司が好きなのか?」

「誰それ」

「ああ、ちがうんだ。いや、ならいいんだ。よく昔の曲知ってるね」

「おばあちゃんが好きだから。八十年代はバブリーで青春だったんだって」

「あ、そう。おばあちゃんがね。ふーん」

 無駄口を叩いているあいだに、かなり穴が掘れた。歌う必要はなかった。

 お札の入ったカバンを穴に埋め、ベニヤを燃やしたあとはバケツの水を流しいれ、土をもどした。今日はこんなところだろう。

「今日お芋は?」

 頼人は夢見るような表情をしている。

「焼き芋はあとでな。今日は用意してなかった」

「明日?」

「明日か。明日は焼き芋を買うか」

「うん」

 解散して、警察につかまることもなく家に帰ることができた。

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