第33話 昔はお見合い結婚が普通だったんだって(1)

 新学期がはじまって泰人は二年生になっていた。アスカちゃんは小学校に入学して通学班が一緒だ。小学校に通うことがうれしいらしく、毎朝家に呼びにくる。マーくんの家へはアスカちゃんとふたりで寄って、集会所へ向かう。帰りはアスカちゃんと一緒ではない。一年生が一番早く授業を終える。

 相内お姉さんから電話がかかってきた。秘密基地の改造に忙しく、家を出ようとしているところだった。絶妙なタイミングで電話をしてくるものだ。

『タイトくん、強盗捕まえたんだって?』

「ううん。強盗がぼくを捕まえたんだよ」

『事件がおれを呼んでいるみたな?カッコイイね。名探偵だ』

 いや、そうはいっていない。事実を述べただけなのに。

『今日はね、冬山訓練からもどった壮介さんから伝言だよ』

「オジサンが?」

『オジサンじゃないって。ペンスケがお見合いをするから見にきませんかって』

「お見合いって?」

『お見合い知らないか。わたしは言葉を説明するの苦手なんだけどな。そうだなー。お父さんとお母さんは結婚して、タイトくんが生まれたでしょ?』

「うん」

『お父さんとお母さんはどうやって知り合ったの?』

「知らない」

『知らないか。うん。男の人も女の人も、結婚したいけど相手が見つからないとか、こういう人と結婚したいって思うけど自分で見つけられないってときにね、紹介してもらんだね』

「婚活だね」

『婚活は知ってるんだ。ズッコケちゃうよ、わたしは。婚活パーティーっていうのは?わかる?」

「うん。年収一千万以上の男の人を集めて、女の人からお金とってパーティーしたりするんでしょ?」

『なんか、なんでそんなこと知ってるのって感じだけど。ま、いいや。それは団体でいっぱいの男の人といっぱいの女の人でやるけど、お見合いは一対一なんだよ。さらに、お父さんとお母さんも一緒に会う』

「ふーん。じゃあ、ペンギンのお父さんとお母さんもくるのか」

『ぎゃふん』

「ぎゃふん?なにそれ」

『いや、なんでもない。ごめん、いまのは人間のお見合いの話ね。結婚したい人同士が、条件の合う相手を見つけて会ってみようっていうね。昔はよくあったんだけど、いまは少ないみたいね。自分で相手を見つけるか、婚活パーティーにでも参加してるのかな。

 ペンギンの場合は人間が結婚させたいんだよ。だから、壮介さんみたいな飼育員が、このペンギンとこのペンギンが結婚したらいいなって言って、ペンギン同士を会せるの』

「ふーん、どっかよそからペンギンがくるんだ」

『そうそう、日本の和歌山からエンペラーペンギンのメスがきて、ペンスケとお見合いするんだよ。水族館に一羽しかエンペラーペンギンいないからね。結婚相手がいないんだ。だから和歌山からつれてくるっていう。あー、長かった、ここまでたどりつくのに』

 相内お姉さんは電話の向こうで息を切らしている。そんなに大変だったのかな。

「いつお見合いするの?」

『えっと、いつだったかな。今度の土曜日には一緒にするって言ってたけど、終わりはわからない。いつ帰るんだろ。というか、帰るのかな』

「今度の土曜日か日曜日に行けば見られるね」

『うん、念のためそうして』

「久保田オジサンに、教えてくれてありがとっていってね」

『オジサン』

 バイバイといって電話を切った。さっ、秘密基地だ。


 小学校のクラスは、二年生になってもマーくんと一緒にならなかった。天使はまた同じクラス。あと吉田という、以前マーくんに嫌がらせをしたからぶっ飛ばしてやったやつが同じクラスになった。いまはクラスの気の弱い男の子を家来のようにして威張っている。あいかわらずのクソゴミ野郎だ。そのうちまたぶっ飛ばす日がくるかもしれない。

「エンペラーペンギンのお見合い見にいくんでしょ?」

「え?ああ、相内お姉さんから聞いたのか。そういえば仲いいのか?」

「連絡先を交換しただけ。それで、今度の日曜にしましょ」

「しましょ?というと?」

「もちろん水族館へ行く日程の話」

「天使も行くの?」

「もちろん。ペンスケのお見合いがどうなるのか見届けないと」

「ペンスケって、お見合いするペンギンのことか?」

「そう。年明けに換羽を見に行った、あのエンペラーペンギン」

「ふーん、あの人食いペンギン、ペンスケなんていう名前だったのか」

「人食い?」

「いや、気にするな。日曜日に、やっぱりうちに迎えにきて、一緒に水族館に行くんだな?」

「ほかの日がいいの?」

「いや、まあ。日は関係ないけど」

「なにが関係あるの?」

「うーん、なんというか、身体の自由かな」

「なにそれ。よくわかんない」

「わからなくていいんだ。わかられても困る」

「じゃ、そういうことで」

 二年生になって担任がかわって、おばあちゃんの梅干し先生じゃなくなった。今度はオジサンになったのび太みたいな先生だ。メガネで、前髪が眉のところで揃っていて、耳が出ている。そして頼りない。いろんなところで正座させられるなんてことはない、梅干し先生より全然いい。のび太先生が教室にやってきて、朝の会がはじまる。


 日曜日。じつは少し楽しみだった。天使が朝食をつくってくれると、お母さんがつくるよりおいしいご飯が食べられる。

「毎日同じ時間に起きた方が体にいいんだよ」

「本当はもっと寝ていたいんだけど、体が痛くなって大人みたいに寝てらんないんだ」

「だから、毎日、同じ時間に、起きた方が、い、い、の」

 手にもったバターナイフを振りながら、天使が脅迫してくる。拳銃突きつけられるよりましだけれど。奥のキッチンには踏み台があって、小学二年生らしさを垣間見た。家から持参したのだろう。

 朝食はホットサンドにカットフルーツに牛乳だった。ホットサンドの中身はハムとチーズ。もうひとつはタマゴだ。今朝ははじめから牛乳がグラスにはいって用意されていた。ホットサンドは、焦げたトーストの表面がカリッと香ばしく、ハムとチーズと噛み合わせたときの味わいは深く、できたてのアツアツと相まって、かなりの逸品だ。タマゴのホットサンドも同様のクオリティ。朝食をおいしくいただいた。

 ここで、天使はいいお嫁さんになるといってはいけないんだった。えーっと、こういうときは、

「おいしかった。ありがとう、天使」

「バッカじゃないの、このくらい大したことないっての。でも、おいしかったんなら、よかったんじゃない?」

 よくわからない反応。怒らせたのか?でも、表情に怒りはあらわれていないから大丈夫そうだ。

 前回のように、起きだしてきたお母さんに車で駅まで送ってもらい、電車で館林に。商店街を抜けて、広い道路を渡れば水族館だ。エンペラーペンギンのいる南極の展示室へ真っすぐ向かう。お見合いはどうなっているだろう。

 階段状の観覧席をあがって、前回と同じく水槽内の陸地の高さにすわる。エンペラーペンギン、ペンスケだっけ。ペンスケはどこかなっと。いつもの場所に突っ立っているペンギンがいるけど、目がにじんでものが二重に見えるかのように、もう一羽エンペラーペンギンがくっついている。うーんと、どっちがペンスケだ?見ていると、一羽はもう一羽の気を引こうと体を押しつけ、お腹にクチバシをすりつけ、ちょこちょことまわりをまわる。トリはオスがメスに求愛行動をするはずだ。ということは、オスのペンスケがメスのまわりをまわっているのか。ぼうっと突っ立っているペンスケか、上にのしかかって襲ってくるペンスケしか知らないから奇妙なものを見ている気分だ。ペンスケと言えどもオスの習性からは逃れられないのだろう。それにしても、人間に育てられたからだろうか、それとも、エンペラーペンギンというのはああいうものなのか、求愛行動としては地味というか、見てもつまらないものだ。

「アンジェちゃん、タイトくん」

 男の子の将来に重くのしかかってくるなにものかを予感し、気分が落ち込み気味のところに、能天気な相内お姉さんが階段の下にあらわれた。天使が手を振っている。約束をしていたのかな。

「どう?ペンスケは。うまくやってるかな」

「相手してもらえてないみたい」

「あちゃー」

 天使のとなりにすわる。

「お見合いって、どうなるとうまくいくの?」

「えっとね、えーと。一緒にお辞儀をしたり、一緒に伸びあがってきぇーって鳴いたりするんだったかな」

「全然だね」

「全然だねー」

「ペンスケかわいそう」

 天使はペンギンにもやさしいみたいだ。同級生の男の子にもやさしい気持ちをもってもらえるとよいのだけれど。

「人生いろいろ。一度ダメでもつぎがあるんだよ」

「また別のメスをつれてくるってこと?」

「たぶんね。知らないけど」

「知らないんじゃん」

「だって、ほかに考えられないでしょ?きっと連れてくるか、連れていかれるかだよ」

「それもそうか」

「それもそうだ」

「結婚したら赤ちゃん生まれるの?」

「そうだねー、アンジェちゃん。ペンギンだからヒナかな。かわいいんだよー、アンジェちゃんみたい」

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