第16話 武器をとれ(1)

 人は持ちきれないほどのものを欲しがる。あれも欲しい、これも手に入れなくては。ものに囲まれ欲望を燃えあがらせる人間はなんとあさましい動物なのだろうか。昔の偉い人は言った。樽は漏ると。つまり、あれもこれも手に入れても、どうせつぎつぎに失ってゆくものなのだ。失うとわかっていれば、あれこれ手に入れることは無駄だと気づいてもいいのだけれど、現代はものにあふれている、人は漏る以上のスピードで樽に詰めようとする。嫌だ嫌だ。

 駄菓子屋の中心でお菓子に囲まれてなお心の平静を保つ必要がある。落ち着け。

 よし。ヨーグルは二個。チョコカステラは食べきれないほど欲しい、けれど、そう、経済の問題がある。大人になったらお金持ちになって、お腹いっぱいチョコカステラを食べると決めている。これは夢などではない。決定事項だ。大人になるまでに食べ飽きてしまうといけない。今日のところはひとつにしておこう。

 ラムネ系の駄菓子は多い。普通のラムネは口の中でさっと溶けてしまう。ちょっとヒンヤリした感触を楽しめるのだけれど、物足りない気分が残る。夏休みが思いのほか短かく感じるようなものだ。それで、タブレット状に加工されているラムネ系という選択肢が有力になる。缶の形をした容器にはいったオリオン。コーラ味とオレンジ味が定番だけれど、ほかにも多くの味をそろえている。ココアシガレット。シガレットというのはタバコのことだ。口にくわえるとタバコを吸っている気分が、味わえただろうか、よくわからない。長持ちすることは確かだ。ジューセット。これはいくらか邪道なのだけれど。本来はタブレット状のジューセットを水に溶かして炭酸飲料らしき飲み物になる。お母さんに炭酸飲料を禁止されていても、この魔法のタブレットを使えば炭酸飲料らしきものが飲めてしまうのだ。缶やペットボトルが見つかることがない。さらに、これを水に溶かさずタブレットのまま口に入れると刺激的なラムネに早変わり。ただ、一度飲み込んでしまったことがあって、しばらくしてから胃の中のものを吐いてしまった。一歩間違うと命を落としかねない危険なラムネなのだ。ちなみに、コーラ味はパンチコーラという別商品だ。男の子は危険が大好き。ラムネ系はジューセットのオレンジ味に決めた。

 あとスナック菓子もはずせない。うまい棒、キャベツ太郎、どんどん焼、餅太郎、かわったところでハートチップルとある。ひとりなら匂いを気にすることなくハートチップルを選ぶところだけれど、今日はチビどもが一緒だ、キャベツ太郎にしておこう。

 いまは冬休み、おけいこごとの日程がかわったのかもしれない。あるいは、遠くに住むクラスメイトと遊んでいるのか。ともかく、天使は今日不在なのだ。

 冬休みと言えば、クリスマス。そう、プレゼントだ。サンタさんにはコクサイ製スミス・アンド・ウェッソン、M二九、四四マグナム六・五インチを頼んだのに、朝枕元に置いてあったのはレゴのアイデアボックス・スペシャルの黄色いバケツだった。カタカナが読めなかったのかもしれない。それともサンタさんは拳銃規制派で、モデルガンといえども扱いたくないということだったのか。顔を合わせる機会がないものだから、確認のしようがない。レゴを受け入れた。

 おっと、駄菓子屋にきてテンションが上がってしまった。思考がそれていた。いまは購入すべき菓子を選定しているところであった。あともう少し。

 菓子の中にはつまみ系のしょっぱい味もいれたほうがバランスがよい。よっちゃんイカ、蒲焼さん太郎。串に刺さったタイプのイカもあるけれど、個包装になっていないから買いにくい。店を出たら口にくわえるというような場合でないと買わない。すると二択になるけれど、いつも蒲焼さん太郎に傾いてしまう。甘じょっぱい味に辛味が隠れているのが癖になるのだ。

 うん。今日買うのはこの辺でいいだろう。

 とんがり菓子、コーンのところが口の中にはりつく、白い甘いところは砂糖がじゃりじゃりしていかにも健康に悪そうなところがよい。さくらんぼ餅、にちゃにちゃと歯にくっつくけれど、食感と甘酸っぱさがよい。そんな風に、今回は買わないけれど、またそのうちに買うことになるだろう菓子に一瞥をくれて、きみたちのことも忘れていないよと挨拶しておく。

 狭い店内をひとまわり。吊下げられた台紙にスーパーボールがビニールでとめられていたりする。

 なっ、なんだと。

 台紙にパチンコがぶっ刺さっている。パチンコという原始的武器にもかかわらず、現代的なフォルム。メタリックグリーンのボディには稲妻を受けたような直線的な模様が黒く刻まれている。二十二世紀、いや二十五世紀にもきっと通じるであろうデザインだ。未来の子供がこのパチンコで遊んでいる姿が目に浮かぶ。

「タイトくん、パチンコ買うの?やめたほうがいいよ。食べられるものを買った方がいいって」

 小さいカゴにすでにお菓子をいくつもいれて店内をまわる頼人を見下ろす。先になにを買うか検討し、予算を加味しながら最適な選択をし、たし算最強、しかるのちに菓子をカゴに入れるべきなのに。そんなことも知らずにいるチビガキにはわからないらしい。パチンコを買えば一生の相棒になるものを。いつか買うなら、早く買った方がより効果が高いのだ。六十のジイサンになってからパチンコを買っても短い時間しか使うことができない。そうだ、買うなら今だ。頭の中に完成していた計画にライターで火をつけ灰皿へ落とすとすぐに灰燼に帰す。手を伸ばしパチンコを台紙からもぎとる。

「あーあ、ぼくのお菓子わけてあげないからね」

 ふん、愚かな弟よ。しかし、お前のことはきっとこのパチンコで守ってやる。

 会計をして店を出たら、チビガキ三人組はさっそく菓子を出して口にしている。平和だ。存分に菓子を楽しむがよい。パチンコは半ズボンのお尻のポケットにさしてある。

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