第6話 マーくんといっしょ(2)
マーくんはいつもノンビリしている。いまも、いつクラスが解散になったかわからないけれど、ジャングルジムをやめてランドセルを背負った泰人の目の前にマーくんが歩いている。誰か別の子がまとわりついている。
「マーくん、一緒に行こう」
クールにうなづく。クラスの男の子なのか、まとわりついている子には見覚えがない。ここはマトワリくんと呼ぶことにしよう。マトワリくんがジャンプして、同時にマーくんの通学帽をかっさらった。自分だってちゃんと通学帽をかぶっているのに。
「やーい、メーガネー」
マーくんはメガネをかけている。黒縁のやつだ。坊主頭だし顔が小さい、メガネが目立つ。まあ、メガネではある。メガネをかけている子は少ないから珍しいのかもしれない。それがどうしたのだろう。マーくんはどうもしない様子だ。
「メガネが珍しいのか?うちのお父さんは出かける用、室内用、パソコン用、読書用と、いっぱいメガネもってるぞ」
「うっせ、バーカ」
バカかどうか、どうやってわかるのか知らない。どうやらケンカを売っているらしい。売られたケンカは買う主義だ。マトワリくんはマーくんの通学帽を地面に叩きつけ、足で踏みつけた。
「はあーっ!」
お腹とノドの奥に力を込め、吐く息をかためるようにする。胸がチリチリと焦げるように熱い。体中熱くなる。鼻から息をいっぱい吸う。全身に力を入れ、口から吐くのを途中でとめる。
蹴りを胸にいれる。頭が取れるんじゃないかというくらいガクンと首を折って後退した。
すかさず飛びかかって首に腕を巻きつけ、腰を折るように地面に倒す。
ランドセルごと背中が地面に叩きつけられて、息が吐きだされる。
靴の裏で腹に蹴りをいれる。
すこし距離をとって呼吸を再開する。立ち上がってこない。口ほどにもない奴といわれる状況だ。地面から帽子を拾い上げて太ももではたく。土埃に顔をしかめたまま、マーくんに押しつける。
「おい、かかってくるか?降参ならさっさと行け」
地面を蹴って砂をかけてやる。マトワリくんは咳きこみながら地面に手をついて立ちあがり、体をはたいてすごすごと去ってゆく。前かがみで腹を手でおさえている。校門までの間に何度か振り返ってこちらを見た。
なぜ相手の力をはからずにケンカを売るのだろう。ケンカを売っても本当にはケンカにならないと希望的に観測しているということだろうか。でも、中には売られたケンカは買うという人間だっている。楽観的すぎる観測だ。そんな可能性に気づかなかったということだろうか。ともかく、世の中には愚かな人間がいるということだ。敵を知り己を知れば百戦あやうからずという孫師匠のありがたいお言葉を知らないのだろう。もう三千年前の話で誰だって知っているはずなのだけれど。
「タカちゃん、やりすぎだよ」
「そうかな。もっとやってもいいくらいだと思うけど」
「あそこまでやらなくても勝てた」
「痛い目に遭う方がいいんだよ。もうマーくんにちょっかいださないようにさ」
「過保護だな」
ケンカのあとは呼吸が乱れる。心臓もドキドキしている。手足が震える。
タカちゃんはヒーローだと言って、マーくんはクールに歩きだす。
マーくんは寄道しない。一緒に帰るときはまっすぐ帰る。冬は虫がいないからつまらない、ひとりでもたいていはまっすぐ帰る。寄道するとしたら駄菓子屋くらいだけれど、そうするとおこづかいが減ってしまう。セーブしなければならない。冬でなければ、ひとりのときはドブをのぞいたり、空き地に茂った雑草を踏み荒らして、逃げ出てくるトカゲやら昆虫やらをつかまえたりして帰る。そんな空き地が二三あるのだ。
マーくんの家の前でわかれて、走って帰る。
家には英麗玖がきていて、頼人とトミカで遊んでいる。そっとしておこう。
今日は漢字の練習が宿題になっている。なんの修行かわからない。指や肘は痛くなるし、手は汚れるし、ロクなことがない。これをやるとどんないいことがあるのだろうか。修行というのは、なにかいいことがあるからするもののはずだけれど、漢字をアホみたいにいっぱい書く体力をつけても頭はよくならないだろう。こんな簡単な文字、見ればすぐに書けるようになる。ひとつひとつ手を使って書くのはアホらしい。スタンプでもあればポンポン押して楽に宿題が終わるのに。夏休みの自由研究で作ってみようか。鉛筆で書いたように見せるための工夫が必要だ。ダメだ。自由研究で提出してしまっては、スタンプをポンポンして修行をごまかしていることがバレバレになってしまう。こっそりやらなければ。きっと文房具屋と学校の先生が結託して儲けるための宿題だ、スタンプでごまかしていることがバレてもあまり叱られないかもしれないけれど。
効き手を酷使して宿題を済ませ遊びに出かける。今日はマーくんと遊ぶ。マーくんも宿題を終わらせていて、部屋にあげてくれた。マーくんの部屋ではテレビゲームをして遊ぶ。シューティングゲームが好きだ。でも、マーくんの方がうまい。シューティングゲームだけではない。どんなゲームでもマーくんの方がうまい。負けるために対戦ゲームをやりたいなんて思わない、シューティングゲームがよい。協力して敵を倒していける。今日は調子がいい。ずっと面をクリアしていって、ラスボスまで倒し、エンディングの映像が流れている。すごい。といっても、ゲームオーバーになってもマーくんが頑張っているあいだにコンティニューするということを繰り返したわけだけれど。
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