第16話 ミスチェフスリーパーは時間差で
わいーる! ぐっもーにん! ベルだよ~!
気持ちのいい朝だね。さわやかに目が覚めたところだよ~。
こんな爽やかな気分で目覚めたのは久しぶりさ。とても清々しい気分だね。
近くで聞こえる喧噪で目が開いたけど、爽やかな気分だよ~!
ついでに喧噪が何なのか確認できるまで狸寝入りするよ~、あるいは竜寝入りかな?
「ちがうもん! ベルは悪くないもん!」
「だが、そいつはタベルン種なんだろ嬢ちゃん!」
朝の喧噪が聞こえる時間。それでもお日様は高く、それでも天辺には届く前。
「でもベルがやったって証拠がないよ!」
「そうですよみなさん、落ち着いてください」
「そうは言われてもだなぁ……」
いや、良い朝だね。
少しくらい騒がしい方が、平和な証拠さ。
うんうん。
目覚めてすぐにフィズちゃんとスーズさんの後ろ姿が見えるなんて眼福眼福。
「実際、ガガドドグイン号の車輪が無くなってるんだ」
「鯨車をレンタルしたっていうのに、動かせないんじゃ仕事ができねぇッ!」
それにしてもみなさん騒がしいですね。何なのかしら?
「とりあえず、ベル。起きてますよね?
寝たふりとかしてないで、身体起こしてくれません?」
「そうだよ、ベルッ! 急いで違うって言わないと、誤解されたままだよッ!」
何のことが分からないんだけど、とりあえず言うとおりにするかー……。
いやまぁ自分のことが騒がれてるんだろうなぁとは思ってたから、現実逃避してたんだけど。
っていうか、何で私ってばこんな強面の皆さんに囲まれているので?
ガガドドとやらがどうとかって聞こえたけど、はて……?
「がぶ?」
ともあれ、私は身体を起こして、「何? この状況」とばかりに首を傾げる。
そもそもが、何が起きているのかよくわかってなくて、目が覚めた時点でこんな状況だったんだけど。
「とりあえずね、ベルには見て欲しいものがあるんだ」
ふむ?
よくわからないけど、了解したので私はコクコクとうなずく。
よいしょっと立ち上がって、ぐぐーっと大きく伸びをする。
くわーっとアクビがでるけど、大丈夫。眠気はそこまで残ってない。
ところで、厩から出るのはいいけど、顔を洗えないかな? 目ヤニとか出てなぁい?
「なんか、本当に人間的な動きするやつだなぁ……」
囲んでる人たちに関心された。
おう、そうだぞ。人間臭いモンスター様だぞ。仲良くしてくれ。
そうして、フィズちゃんとスーズさんに案内されるまま、私はのしのしぺたぺた歩いて、厩の外へと出た。
向かう先は馬車置き場。
到着すると、そこにある、鯨車を指さされた。
「ベル、このガガドドグイン号の車輪を知らない?」
ガガドドグイン号とな?
その丘鯨用の大きな馬車はそんな名前がついてるのねー。
昨日、スーズさんに案内された時に、車輪の模様がプリッツェルっぽくて美味しそうって感じたやつだ。そしてその車輪が無くなってる。
それも六輪全部が、だ。
……なるほど?
それで私が疑われてるのかー。
「おう、ベルっていうのかお前? 嬢ちゃんにテイムされているらしいが、寝ぼけて食ったりしてないだろうな?」
「…………」
いや、いくら私が大食いだと言っても、いくら何でも寝てる間に、車輪を食べちゃうなんてこと……。
…………………いや、無いとは言い切れないな?
前世の私はストレス要因の夢遊病っぽいもの抱えてたし。
夜中に布団から起き上がり、冷蔵庫の中にあったプリンを食べてたことがあるんだよね。しかも記憶はないの。
プリン以外にも、冷蔵庫にストックしてあったコンビニのレンジアップ麺とか、食べてたなぁ……。やっぱ無自覚に。
最初は誰か知らないやつが家に上がり込んでるのか思って、「やだ、怖い!」って知り合いに相談。
監視カメラ代わりのスマートカメラを借りて設置。
一部始終を撮影していたら、映ってたんですよ。
………………私が。
冷蔵庫から食べ物取り出して食べてるの。
でも律儀にカトラリーは洗ってあるし、プラスチックの容器もちゃんと洗って水切りカゴで乾かしてあったんだよな……。
さすが私。夢遊病のような無自覚な食欲に従ってても、その辺りはしっかりとやっている。
お医者さんに訊ねたら、ストレスによる発散衝動が、夢遊病のように発生しているのではないかと言われた。
本来ならばストレス発散となる行動が、平時はストレス発散になってない為、起きているのでは? と。
あるいは普段は抑圧している衝動が、限界を超えた為に、睡眠中に発露した可能性もある……とも。
さて、それを踏まえて考えてみよう。
私のその夢遊病じみた行いは、死んだことで直ったのかどうか。
ストレスの要因はなくなったとしても、精神的にはまだ完全に立ち直っていなかったらどうだろう。
バカは死んでも直らないと言うけれど、食欲はどうだろうか?
よりマシマシモリモリになった魔獣に転生しちゃったからね。残ってても不思議じゃない。
ははーん。なるほど?
私が犯人なんじゃねーの?
とりあえず、ストマックを確認しよう。
……あ。何か食べた覚えのないものがあるわ。
【鯨車の車輪】だってさ。しかも、×6だって!
HAHAHAHAHAHAHAHAHA!
いやいや、いくらなんでも偶然だって。
タップして、アイテム説明を見れば、この車輪とは無関係だって表示されるはずよッ!
【鯨車の車輪】×6
探索者ギルド・クリング支店保有の鯨車ガガドドグイン号の大きな車輪。
これを牽く丘鯨のガガドドはふつうの丘鯨よりも小さい為、車輪を含めこの鯨車のすべては彼女の体格に合わせて調整された特注品である。
はい! どう見ても言い逃れできません! 本当にありがとうございました!
ど、どうしよう……。
それでも、消化ストマックではなく収納ストマックで済ませている辺りは、さすが私ッ!
いや、それはそれとしてどうしよう……。
「ベル? さっきから黙り込んじゃってどうしたの?」
フィズちゃん……天使のような眼差しで見ないで!
ベルじゃないよね? 違うよね? って顔をしてこちらを見ないで!
今はその純粋無垢な眩しい眼差しが辛いッ!
つーか、そもそもここで車輪を吐き出しても、ガガドドグイン号に取り付けられる状態かどうかも分からないんだよね。
とはいえ、吐き出した時点で犯人であるとバレちゃうワケで。
それだとフィズちゃんやスーズさんを困らせてしまう。
考えろ~、考えろ~……全員が不幸にならない最善を考えるんだッ!
とかいってすぐにカッコ良いアイデアを閃いたりするような主人公属性は私にはないよね! 知ってた!!
……いや、待てよ。
基本合成の一覧に、車輪を使ったアイテムは無かったな……。
いや、基本的にはあるはずないんだろうけど。
それでも、この車輪は元々ガガドドグイン号の車輪。
目の前には車輪のないガガドドグイン号。なるほど、閃いたッ!
私はッ、私の持つ合成能力を信じるッッッ!!
そんなワケでいただきます。
食前運動第一ッ!
両手を合わせていただきますのポ~ズ!
……動きはこれだけだけどね!
「何だそりゃ、謝罪か?」
ーーからの、ベロをべろ~んと伸ばしてガガドドグイン号に巻き付けて……ゴックン!
ベロをべろ~んっていう最高の爆笑ギャグを口に出来ないのは残念だ。全部がぶがぶになっちゃうもんね。
結構なサイズなんだけど、なんか馬車の方がサイズダウンしながら私の口に吸い込まれてきたみたいだ。
どうやらこの口は、サイズ差による影響とか無視するっぽいぞ。
そんで、ガガドドグイン号の食レポだけど……
うん! 喉越し、ゴツゴツだね!!
「あ、おいッ!」
「ちょっと待てぇぇぇぇッ!?」
「ベルぅぅぅぅぅッ!?」
おお。ザッツ阿鼻叫喚!
でも大丈夫。脳内合成メニューカモン!
そうして呼び出した瞬間、メッセージが脳裏に過ぎるーー……ッ!
『「基本合成の組み合わせに含まれないアイテム合計8種以上収納する」を達成しました。フリー合成が解禁されます』
…………け、結果おーらい!
即座にフリー合成を選択!
なるほど、名称通り、基本合成ではない組み合わせーーつまり、自由に組み合わせて合成ができるわけだね!
現状は、二種合成のみのようである。それで充分ッ!
車輪とガガドドグイン号を選択!
元の姿に戻ってくれぇぇぇ……ガガドドグイン号ッ!!
「なんだ、膨らんだッ!?」
「え? ベル? 鯨車を食べて何を作る気なのッ!?」
「作る? フィズちゃん、何の話?」
騒然とするギャラリーを無視して、私の身体は大きく膨らみ、すぐに頭から蒸気を出しながら萎んでいく。
超ハイテンション! からのチ~ンって音が聞こえてくる。
かぁぁっぁ、ぺっ!
ちょっとばっちぃけど、痰を吐くようなノリで、プッと完成品を吐き出す。
それは吐き出された瞬間は小さかったものの、途中で元の大きさに戻ると、どしん……と小さな振動を立て、そこに降り立った。
それは車輪がしっかりと取り付けられた鯨車。
そうーーガガドドグイン号……!
祝えッ! 今まさにそれ復活の瞬間であるッ!
「おおッ!?」
「車輪がついてるッ!?」
「お前が直してくれたのかッ!?」
「何したかわからねぇが助かった!」
「ちょっとベタつてるけどこれで仕事ができるッ!」
「スーズさん、ガガドド借りますッ!」
そうして、私を囲んでいた探索者たちはガガドドを厩から連れてくると、ガガドドグイン号を持たせて、慌てて旅立っていくのだった。
グッ! と親指を立てて二人にアピール。
「ベルッ、すごい!」
純粋に褒めてくれながら抱きついてくるフィズちゃん。
もにゅもにゅともちもちぽんぽんを堪能してから、身体を離す。
「フィズちゃん。ガガドドグイン号の車輪の件は解決したって、ギルドの受付に言ってきてもらっていいかしら?」
「はい! わかりました!」
元気よく返事をして、たたたたたっと軽やかに駆けていくフィズちゃん。
その後ろ姿を眺めてみると、スーズさんからは何やら殺気が立ち上っていらっしゃる。
「ベル。あなたが食べたモノを組み合わせる能力があるっていうのは分かったわ」
こ、これはー……。
「でもね。その手の能力って基本的には素材が必要よ。
本体の方は目の前で食べたから納得できるけど……じゃあ車輪の材料は何かしら?」
タラリと、私の背中に冷や汗が伝う。
「あまりにも精巧な模倣だったわ。キズの位置や形まで完璧なほどに」
……………………。
「ベル、あなた……車輪を食べたわね?」
……………………どうしよう。何とか誤魔化せないかな……?
無理だよね。うん。ここは素直に謝ろう。うん。
私は負けを認めるように、両手を天に掲げた。
はい。犯人は私です。
ムシャムシャしてやった。反省はしているけど、犯行の自覚はない。
「全く……あれほど、食べないでと言ったのに……」
こめかみを押さえながら嘆息するスーズさん。
私は申し訳なくてしょんぼりした顔をしていると、スーズさんはなぜか不思議そうな顔でこちらを見てきた。
「もしかして、お腹が空いてて我慢できなかった?」
「…………」
どうだろう。
我慢できたかどうかというのは難しい。何せ無自覚だしなぁ……。
「それに関してはちょっと失敗だったかなぁ……。
そうよねぇ……ふつうに考えて、明日の朝まで我慢してってちょっとひどかったかも。
うん。フィズちゃんと相談して、今度からご飯の用意をするわね」
あ、何も言ってないのに勝手に納得されてしまった。
「そうだわ、ベル。改めておはよう。
フィズちゃんにも挨拶してあげてね」
そう言って笑うスーズさんに、私はコクリとうなずいた。
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