第15話 オープンの呪文は非公開


 お馬さんや丘鯨さんに挨拶を終え、私は稲藁を敷いた上に腰を下ろす。

 思ってた以上にフカフカしてて、悪くない。なんだか安堵の息が漏れる。それでも、今日はお疲れちゃ~ん! ってな感じだね。


 なんかすごく長い一日だった……いや、ていうかまだ一日だったんだ、ここまで。びっくりだ。


 洞窟で目が覚めて、フィズちゃんに会って、クロンダイクに会って、街へ来て、ギルドへ来て……まじで一日の出来事か!

 濃厚だ……濃厚すぎる一日だ……ッ!


 だって前世の一日ってさ――


 朝起きて、シャワー浴びて、餌でも貪るように物の足しにもならないシリアルかっくらって、いつまで経っても馴れない化粧をがんばって、仕事行きたくねぇな……って思いながら出社して、この上司死ねばいいのにとか思いながら仕事して、お昼を食いに出ようと思ったら仕事増えて仕方なくコンビニで菓子パン一つだけ……そろそろ定時だなぁってタイミングで仕事追加されて持ってきた奴に死ねよって呪詛をうめきながら、それを遅くまでやって……ようやく会社から出たあと、お腹減ったなぁ……って遅くまでやってる行きつけのメガ盛り食堂のギガ盛り定食を二つ食べて、ようやく家について人心地とか思ってるとだいたい天辺近くで、何するまでもなく風呂入って寝る……。


 ――だよ?


 休日以外はほぼ同一の、極限まで使い切って色も出なくなった紅茶パックをさらに煮出すような日々を繰り返していた自分からすれば、転生を自覚してからこの瞬間までの出来事は濃厚すぎてむせる。


 社会に砕かれた日々なんて拾い集める必要もないくらい濃厚だ。


 魔獣とはいえ、やっぱ転生して良かったねぇ。

 思い返せば思い返すだけ、前世への思い入れが薄れていく気がする。

 手に職、全うな仕事、出来るOL。そんなフレーズでありがたがられてはいたけど、実際は生活費で大半が消える薄給でコキ使われているんだから、社会カーストとしちゃ、最低辺ボトムズと変わらなかったし。


 ……いや、そういう暗くなる思考はやめよう。地獄を思い出しても心が渇くだけだ。

 楽しくやろう。もう前世は関係ないもんね。前世知識は転生特権として存分に使うつもりだけど。


 そんなワケであとは寝るだけなんだけど、その前にやっておきたいことがある。


 それは自分の能力の確認だ。


 ここまでの会話から、この世界には『スキル』と呼ばれる概念が存在するのは間違いない。


 人間や魔獣――生き物が保有する特殊なチカラであり、同時に身体能力などの基礎能力を底上げするものも含まれていると思われる。


 地球人――というか日本人かな?――からすれば、ゲーム的な概念に思われるかもしれないが、勘違いしてはいけない。

 少なくとも、ここはそういう概念が存在する世界ゲンジツだ。だとすれば、それを基準として文化や文明、生活スタイルなどが構築されていることだろう。


 スキル学――と呼ばれる学問があるかは分からないけど、学術大系的なものだって存在していても不思議ではないんだ。

 そうなると、例えゲーム的な効果であったとしても、それを「ゲームで体験しているから、よく知っている」と捕らえるのは危険だと思う。

 この世界においては、どれだけゲーム的であろうと現実だ。ゲームでは表現されない微細なリスクや、ゲームだから省略された弊害なども、存在していることだろうしね。


 例えばファイアーボール的な魔法が存在していたとして。

 ゲームであればエネミーにぶつかると爆発してダメージが発生して終わりだ。近くにいた仲間が爆発に巻き込まれてもダメージが発生しないことが多い。


 それが現実になったら、その爆風が仲間を吹き飛ばして重傷を負わせてしまうかもしれない。


 作品によっては爆風の影響を受けない理由が設定されてるって言う人がいるかもしれないけど、一般大衆的なイメージにその設定はないっしょ?


 ともあれ、ゲーム的概念があるからってゲーム的に考えるのは危険ってのはそういうことなワケで……。


 その辺りを踏まえて、言葉の定義と効果を正しく把握したいところだけど、会話ができないから調査が難しいんだよね。


 それでも、自分に関するスキルくらいは確認できるはず。


 そんなワケで実験だ。

 私のような異世界転生者を主役にした物語で、ゲーム的概念が存在する世界に迷いこんだ時のお約束といえば……


 そう。ステータスだ。

 自分の持つ能力をゲーム的な数値化などされ確認できるシステム。

 それを世界が内包している場合、多くの場合は確認するすべがある。


 その一つの手段として、ステータスオープンという呪文や強い思いによって判明するというものだ。


 ふっふっふ……さあ、やるぞォッ!


 ささやき、いのり、えいしょう、ねんじろ!

 ステータスぅぅぅ、オーォォォォプンッッッ!!!!


 日が落ち、お馬さんと丘鯨さんがうとうとしはじめた気配を感じる厩に、私の気合いの思念が、誰にも気づかれぬことなく迸り――


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 しかし なにも おこらなかった!


「がぶぅ」


 思わずため息が出た。めっちゃ期待してたんだけど……。

 そうなると、特定の場所やアイテムを用いないと確認できないのかなぁ……。

 あるいはスキル概念があってもステータス概念は存在しないのかもしれない。


 どっちにしろ、ステータス確認する手段は現状ないので、次にスキルの確認でもしよう。


 まず、分かっているところで、私が保有しているスキルと思われる能力は――


 1、『収納ストマック』

 2、『アイテム合成』

 3、『キメテム合成』

 4、『食べた分だけ強くなるやつ』


 以上の四つだと思う。

 最後のやつだけ正式名称がわからん。いや、ほかのも正式名称かどうかは知らんのだけど。


 1に関してはその名の通り、お腹の中にあるアイテム保管庫みたいなものだろうね。お腹の姿をした四次元収納袋あるいは胃次元収納。そんなんだろう。

 最大収納上限や、収納可能なモノの判別などは今は出来ないので後日かな。


 2と3の能力は、1に収まっているモノを利用しているのは間違いない。

 4も体感的なモノとして、1に入っているモノが増えると身体のキレが増した感があるので似たようなものだろう。


 つまり私は、食べれば食べただけ、胃の中身が増えてステータスにブーストが掛かるけど、2や3のスキルを使うと、胃の中身が減るのでブースト効果が下がるワケだ。


 あと『食べる』とは言っているものの、感覚としては丸飲みが基本だ。だから、収納ストマックから取り出したモノは、涎で汚れたりはするけれど、基本的に食べた時のまま出てくる。

 これは結構便利な能力だ。サイズ差を無視してゴックンできるのも大きい。

 ……取り出したアイテムが涎で汚れることに関しては、今後の課題にしておこう。


 ……この身体だと、料理の味を楽しめたりはしないのかな?

 洞窟で水晶を口にした時とかは喉越しを楽しんだりはしたけど……。


 その辺りは、機会があった時に考えるべきだね。

 基本的には丸飲みでいけるって覚えておこう。


 これらのストマック――即ち胃袋を基点とした能力は、恐らくはタベルンという種族が保有するいわゆる個体特性ユニークというものだろう。


 そして、そうじゃないスキルも私は確認している。

 いや――スキルと呼ぶのが正しいのかは分からないけどさ。


 紫魔狼リーラーヴォルフと戦った時に、脳裏に技の名前が閃くとともに身体が勝手に動いたアレだ。


 ようするに必殺技。

 あの時は、自分の身体が格闘ゲームのキャラのように動いてテンションあがり気味だったから気にしなかったけど、あれはなんだったんだろう?


 これも誰かに聞きたいけど、がぶがぶヴォイスとボディランゲージで訊ねるのは無理があるよなー……。


 とりあえず、もうちょっと情報というか活用方法が知りたいな。


 そういえば――合成スキルを使う時に、脳内にメニューっぽいのが浮かんだな?


 うーん……いでよ、合成メニュー!


 念じて見れば、脳内にメニューが現れた!


 これこれ。

 キメテムを作った時にも見えたやつ。


 とりあえず、今回は収納ストマックを脳内でタップする。

 すると、恐らく現在、私のお腹の中にあるだろうアイテムがズラりと表示された。


 ところで、リストにある土って何だ?

 あ、さっきスーズさんの前で食べたやつか。


 さらにアイテム名を脳内でタップするとゲーム的な簡略説明っぽいのが表示される。これはありがたい。


 そして気になるのが、『吸収ストマックへの移動』という項目だ。

 土なら消滅してもいいかなって思って、実験。


 吸収ストマックへ土が移動したと感じた直後……何も起きない?


 一度利用したからか、ストマックメニューに、吸収ストマックという項目が増えたのでタップしてみると、『消化中:土』と表示されている。

 それをタップしてみると『完全消化後、基礎ステータスの地属耐性が極微増』と出てきた。


 なるほど。消化することでステータスの底上げが出来るわけね。

 ところで、急速消化って項目があるんだけど、これは何だろ?


 『土を急速消化しますか?』 


 うーん……まぁやってみよう。

 脳内操作でタップ! と


 すると、自分の身体が硬くなり、大地の息吹を感じられるようになった。ほんの一瞬だけ。当然、胃の中の土は消滅している。


 どうやら、通常吸収の効果を放棄する代わりに、似たようなより高い効果を一時的に得るっていう能力のようだ。


 これは、生きていくのに大事そうだね。

 合成にしろブーストにしろ、胃の中身大事。できるだけ色々食べておこう。うん。


 続けて、アイテム合成とキメテム合成のメニューも軽く触ってみることにする。


 まずアイテム合成。

 便利なことに、タップしたアイテムを基準に合成可能なリストを呼び出せる。とはいえ、合成結果の部分は「???」となっている。

 ルオナポーションとジメリナポーションだけは結果が表示されているので、合成済みのものは表示されるみたいだね。


 そして、逆ソートもできた。

 ようするに、合成結果から素材を呼び出すパターン。


 これが基本合成とよばれるモノみたいだ。

 ちなみに、基本合成以外あるのかと問われると、ある。


 ただその基本合成じゃない合成手段だろう「刻印合成」や「フリー合成」という項目はグレーアウトしててるんだよね。


 タップすると『スキル:合成技術Lvまたは、その他使用条件が満たされていません』と出るんだよ。


 とりあえずは合成技術とやらを鍛えればいけるはず。

 どうやって鍛えればいいかは……まぁ合成しまくるしかない気がするけど。

 それに、その他使用条件とも気になるよねぇ……。

 使用条件とやらを満たせれば、技術Lvが足りなくてもいけるのかな?


 続いてキメテム合成。

 こっちは、アイテム合成ほど見る項目がない。

 ……というか、素体となるモンスターと、合わせる素材を選ぶ以外の項目がないんだよね。実際に合成する時には命令も付与できるのは、先の実験の時に経験済み。


 そんなワケで、自分のストマックメニューの確認は終了。

 もしかしたら他に呼び出せるメニューもあるかもしれないけど、今の私に確認できるのはこれくらいのようだ。


 ま、慌てたって仕方がないし。追々色々やっていこうね。


 何はともあれ、今日は疲れたので、そろそろ寝ます。

 おやすみなさーい☆




 そうして、気持ちよく眠りに落ちていく私。

 しかし、私は完全に忘れていた。


 前世の私に、ストレスが原因による睡眠中の悪癖があったことを……。

 それが転生した現在であっても健在であるのだとはさすがに知らなかったけれど。


 だけど、まさかそれが、あんな事態を引き起こすなんて……!


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