第14話 ビッグサイズの大きなやつ


 ギルドの美人受付嬢スーズさんに案内されたのは、ギルドのロビーの奥の扉から外へ出た場所。

 そこの扉は大きいので、全然余裕で通れた。やったぜ。


 その扉から出ると左手には大きい倉庫のような小屋、右手は芝生の庭のようなものが広がっている。


 どうやら左手の倉庫っぽいのは解体場らしい。

 魔獣が運び込まれた時、ここで解体して、毛皮だとか肉だとかにするんだってさ。だから人間用のシンプルな入り口とは別に、壁かと思うような大きい扉もついている。

 家と同じくらい大きい魔獣もいるから、そういうのが運び込まれた時にはあそこの扉を開けるらしい。


 そして、芝生の方はというと、隅のほうにうまやがある。

 ようするに、ギルド保有のお馬さん用広場なのだろう。

 なんかむちゃくちゃ広いし、遠目に見えるゲートも、馬用にしてはめっちゃ広い。


 ……いや、そもそも厩が異様にでかい。

 二階建て? いやいや三階建てかな?


 探索者ギルドの本体より少し低い程度の高さだぞ。

 単純な面積もそれなりにありそうだし……いったいどうなってるんだろう、あの厩……。


 もしかしなくても、馬という名前の、私の認識とは異なる魔獣でも飼ってるんだろうか……。


「とりあえず、候補としては厩なんだけど、そこでいいかしら?」

「がぶがぶ」


 恐れ戦慄くのはあとで出来るとして、まぁそうなるよねって感じ。

 寝起きするのに問題なさそうなら、それでいいや。

 雨風も凌げそうだしね。問題はお馬さんたちと仲良くなれるかどうか……。


 前世じゃあ女性の姿をしたお馬さんたちとは仲良くやれてたんだけど。ゲームの中の話だけどさ。


「中にいる、馬も丘鯨おかくじらも大人しいよい子たちだから、大丈夫だと思うわ」

「がぶ」


 ほう。丘鯨と申したか。

 なるほど? 厩のサイズやそのネーミングから、理解したことがあるぞい。


 さてはその丘鯨とやら……馬鹿でかいな?


 厩の近くまでやってくると、すぐそばに屋根付きの馬車置き場があった。

 いやぁ……タベルンに転生した影響なんだろうけど、あの馬車めっちゃ美味しそうに見える。


 二頭引きだと思われる大きいのと、それよりも小さいオーソドックス(?)なやつと、そしてアホみたいにデカいのと、三つある。


 あのデカいのは恐らくは丘鯨が引く馬車――あとで知ったけど鯨車げいしゃって言うらしい――だと思うんだっけど、それの大きな車輪が特に美味しそう。

 なんて言うか、車輪の模様っていうのかな? 円の中。そこの形が大きなプリッツェルっぽくて。色も形も。

 なんだか前世で食べた全体の半分にチョコとナッツが掛かった大きなプリッツェルを思い出す。美味しかったなぁ……あれ。


 思わずジュルリと舌なめずりすると、スーズさんがちょっとビビった様子で、忠告してきた。


「あ、あの……馬車を食べたりしないでくださいね?

 中の馬や丘鯨たちも同様ですよ?」

「がぶがぶ」


 もちもち。もちのろん。

 ちゃんと、理解してますって。泊めて貰う以上は、無節操にアレコレ口にしたりしないから、安心してくださいって。


「そういえば、あなたってなにを食べるの?」

「がぶぅ……」


 そう疑問を浮かべられると困るんだけど……たぶん、何でも食べられるんだよねぇ、この身体。


 なのでとりあえず厩を指さす。


「厩……?」


 次に馬車を指さす。


「馬車…?」


 続けてスーズさんを指さす。


「私?」


 そして地面を指さす。


「地面……?」


 訝しげなスーズさんが、都度聞き返してくる度にうなずいて、それから私は地面に手を伸ばす。

 芝生を抉るように一掴みとった土を口に運んで、ペロリと手に着いた土も舐めとってから、笑った。


「がんぶ、がぶがぶ」


 全部、いけるぜ!

 親指あげてサムズアップ!


 だけど、なぜかスーズさんは青ざめて数歩、下がった。


「わ、私を食べても美味しくないですよ?

 探索にかまけて婚期を逃し始めた、魅力もなにもない、元探索者シーカーのしがない受付嬢ですから……ッ!」

「がぶがぶっが!」


 食べないって!


「がぶがぶがぶがぶがぶがぶが!」


 この世界の婚期は知らないけど、スーズさんは美人だし、仕事は出来そうだし、魅力は結構あると思うけど。

 ゲスな目線で言うなら、おっぱいがなかなかのサイズなところだって、魅力になるんじゃないかしら?


 それに元探索者で、今は手に職を付けて働いているのも、ポイント高いよね。


「がぶぶがが、がぶがぶぶ、ががぶぶがぶがぶがぶ!!」


 ギルドの受付嬢が元探索者ってだけで、実際の探索者さんたちも便利なところあるんじゃないかな。

 受付してるだけだと知り得ない、暗黙の了解的な部分なんかをサラっと理解して返答してくれるだけで、とても頼りになる女性だと思う。


「がぶんがぶぶがぶがぶがんががぶぶんがぶがぶ!」


 まぁこういう言葉を直接掛けてあげられないのが、この身体の不便なところよね~。


 でも、言葉が通じなくても、言ってあげることに意味があるかもしれない。

 なので私はスーズさんの肩に手を乗せて、思ったことを真面目に口にしてみた。


「がぶがぶがぶが!」


 もちろん、すべてがガブガブ変換されちゃったけれども。


 私が熱く――暑苦しく?――語っている間、恐怖とはべつのどん引き感を醸し出していたスーズさんだけど、徐々に理解が追いついてきたのか、おずおずと訊ねてきた。


「えーっと、もしかして、慰めてくれてるの?」

「がぶ」


 はい。


「行き遅れとか思わない?」

「がぶぶん」


 もちろん。美人だと思いますよ。


「そっか。うん、そっか」


 怖がってたり、引いてたりしたスーズさんの表情が緩み出す。

 とりあえずは通じたようだ。内容はともかく、気持ちは。


「ふふ、思ってた以上に人間くさい魔獣なのね、あなた」


 良かった。ちゃんと通じなくても、落ち着いてくれたなら、それでいいや。


「えいっ!」


 そして、急にお腹に飛びついてきて顔をうずめてきた。

 なになに? 急にどうしたの? ギルマスみたいな人はともかく、スーズさんみたいな美人なら大歓迎だけどさ。


「がぶ?」

「あー……本当にもちもちしてて気持ちいいのね、このお腹。フィズちゃんの言う通りだわ」


 満足そうに……だけど、名残惜しそうにそう言いながら、スーズさんは身体を離す。


「また今度、触らせて貰ってもいいかしら?」


 これはアレか。私のお腹がストレス発散用スクイーズとかビーズクッション的なモノとして完璧に作用してるってことか?


 まぁいいけど。構ってくれる人が増えるのは嬉しい。

 魔獣転生だと気づいた時は、このまま一人寂しくってのも覚悟してたから、余計にね。


「がぶぶ」


 そんなワケで、どうぞ――と答えてあげれば、スーズさんは嬉しそうにお礼を言ってきた。


「不思議ね。あなた、ギルドの受付とか事務仕事とかの経験あるの?」

「が~ぶぶ」


 さ~あね。


 ギルドじゃないけど、前世でOLはやってたね。

 だからってワケじゃないけど、自由な探索者からギルド職員に転職して受付や事務の仕事をしているスーズさんの苦労を何となくわからなくもないよ。


「土や木を食べられるといっても、何も用意してあげられてないのは申し訳ないわね。

 明日の朝まで我慢してもらえる? マスターとも相談しておくから」

「がぶぶ、がぶぶがぶ」


 それは、ありがたい。


 よろしくお願いしますの意味で一礼すると、スーズさんは笑ってどういたしましてと言ってくれた。

 言葉は通じなくても、仕草である程度意志疎通できるのは本当に助かる。


 ビバ! ボディランゲージ!!


 そんなやりとりのあとで、スーズさんが厩の入り口を開けてくれる。

 人間用の小さいところじゃやなくて、馬用の方だ。厩の裏口には、丘鯨用の入り口もあるらしい。


 中へと入っていくと、三匹の馬と、丘鯨と思われるおっきいのにお出迎えされました。


 丘鯨は大きいけど、私の記憶にある前世の鯨と比べると少し小さいかな? そのぶん、高さはあるんだけど。

 あれだ。デフォルメされた鯨のフォルムに近いかも。

 それに足が生えてる感じ。


 成長途中のおたまじゃくしと言われると、シルエットは似てるかもね。

 結構、愛嬌ある感じの顔で、ぬいぐるみやストラップなんかにすると、人気の出るユルさを感じる奴だった。


「がぁぶ、がぶがぶ」


 どうも、よろしく。

 元気よく挨拶すると、馬たちも丘鯨たちもどこか怯えたような顔をしてみせた。


 えー……怖くないよー……。

 人畜無害の魔獣だよー……。


「本能的に怖がってるのかしら?

 ベル……あなたって、どのくらいのチカラを持ってるの?」

「がぶぁ?」


 さぁ――正直、基準もわからないんで答えようがないな。

 一応、紫魔狼リーパーヴォルフくらいなら余裕だったよ!


 スーズさんは馬たちを一匹づつ優しく声を掛けてから、ゆっくりと撫でていく。

 

 ベルはあなたたちを襲ったりしないわよ――と。

 少しの間だけ、ここに泊めてあげて――と。


 黙ってるとクールな感じの人だけど、こういう姿を見ると優しくて、気遣いのできる良い人だよね。本当に、良い人だ。


 それで、仕事も出来て美人で、元探索者ってことはそれなりに戦闘したり斥候したり出来るワケでしょ?


 なんだそれ、パーフェクト美人じゃん。

 多少婚期が遅れてようとも、これだけの優良物件を手にしようとする男がいないなんて、探索者たちは、見る目ないよね!


「ベル。あの子たちは一応落ち着いたけど、馴れるまではあまり近づかないであげてくれないかしら?」

「がーぶー」


 OK。

 私も嫌われたくないしね。

 むしろ、私はちょっと場所借りてるだけだし?

 元々の家主に迷惑を掛けたくはないもの。


「がっぶぶ、がぶがぶぶ?」


 あっちの、隅でいい?


 私が指さした先には、元々は馬がいただろう今は無人のスペースがある。


「ええ。あなたの身体としては狭いかもだけど」


 スーズさんの言葉に私は首を横に振った。

 干し草は厩の中にいっぱいあるので、それを持ってきてそこに敷いて腰を下ろす。


 うん。座るスペースもあるし、寝っ転がる分にも問題なさそうだね。


 私は問題ないとサムズアップして見せれば、スーズさんはうなずいた。


「それじゃあ、私は行くわ。

 大丈夫だとは思うけど、くれぐれもギルドの敷地内のものを食べたりしないようにね?」


 食べることに関してだけは、どこか信用がないらしい。

 さっき、スーズさんを指さしたのは失敗だったかもしれない。わりとマジでビビったのかも……。


 だけど、それを否定する理由もないので、任せろという意味を込めて両手でサムズアップして見せる。


 それを見ていたスーズさんは、なぜだか顔を暗くする。


「両手で了解を示されると、かえって不安が増す気がするけど、なぜかしら?」


 いやほんと、なんでよ?

 私ってば大真面目に了解しているんだけれども?


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