第13話 【コリン視点】フィズ、自宅に帰る
「今日は随分と遅いわね」
私ことコリン・ベースは、落ちていく夕日を窓越しに見ながら嘆息する。
娘のフィズが帰って来ない。
ショット森林で薬草を探してくると言っていたけれど、大丈夫かしら?
体調を崩して床に伏せてお父さんの為に、カルミッチェさんに薬を作って貰うって張り切ってたけど……。
街の治癒術師やお医者さんに診て貰っても、原因が不明だから薬草があっても――と考えられるのは、私が大人だからなのかしら……。
まぁでもショット森林は危険度が低い場所だしね。
トニック湖の先の中層と呼ばれる辺りになると危険度があがるけど、その手前くらいの低層なら、子供でも問題ないというのが、街の人間の認識だもの。行ったこともある私もそう思うわ。
実際、低層で遭遇するのって、ぷにぷにとしたゼリー状の身体にウサギの耳を思わせる触手を持った魔獣ジェルラビが多しね。
ジェルラビ程度であれば、子供でも対処できるし、私も幼い頃は実家の近くの森でジェルラビを狩って遊んだりもしていたわ。
フィズもジェルラビ程度なら大丈夫だと思うのだけれど……。
それにしても、やっぱり帰りが遅い気がする。
気のせいかもしれないけど、ここ最近遠巻きから誰かに見られているような気もするから、余計……ね。
余り関わらない方がいいと言われている探索者さんを助けてしまったこと――関係合ったりしないわよね……?
はぁ……。
店を閉めて様子を見に行きたいものの、この店の主であり私の夫であるジンは体調を崩して療養中。自室で寝てるわ。
今の彼にお店を任せるのは忍びないし、やっぱりいつもの閉店時間まではお店を開けておきたくもあって――
「邪魔するぞ」
私が悶々と悩んでいると、店の入り口をくぐって、大きな人影がヌッと入ってきた。
「いらっしゃいませ」
一瞬ぎょっとしたけれど、私は慌てずに声を掛ける。
「すまない、実は客として来たワケではなくてな」
穏やかな口調でそう告げる男性客を見て、肩の力が抜けた気がする。
客ではない――とはどういう意味かと思う一方で、少なくとも乱暴な客ではない雰囲気を感じ取って一安心といったところだ。
「嬢ちゃんを送ってきたんだ」
「えっと、ただいまー」
「まぁまぁ!」
大きな男性の影からぴょこっと娘のフィズが姿を見せた。
肩に見慣れないコウモリがとまっている。そのコウモリは私を見ると、愛嬌たっぷりに首を傾げた。
あらあら、かわいいわね。でも見たことのないコウモリのようなんだけど……。
「おかえり、フィズ。遅いから心配してたわ」
「ごめんなさい」
とりあえず、送ってくれた人――どこから見覚えあるのだけれど、どこだったかしら?――にお礼を言わないと。
「わざわざ、ありがとうございます。
でもショット森林からでしたら、この子は一人でも……」
「まぁふつうはそうなんだが、そうも言ってられない事情が出来てな。
その説明と護衛を兼ねて送ってきた次第だ」
あー……なるほど?
遅かったのは何らかの厄介事に巻き込まれちゃったわけね。
フィズ本人はあんまりその自覚なさそうだけど。
心配は心配だけど、この人が話をしてくれるだろうから、ちゃんと聞かないといけないわ。
それに、彼が誰だったか思い出したの。
「申し遅れた、オレは――」
「
お店を開く前は、何度かお世話になりました」
「そうなのか? 覚えてなくて申し訳ないな。
申し訳ないついでに堅苦しいのはナシでいいか? 苦手なんだよ」
ニヤリと笑う顔は愛嬌があって、怖くないわね。
うん。やっぱり良い人ね。
禿頭に丸太のような筋肉に、しっかりスーツを着込んでいるって情報だけだと、ちょっと怖そうな人ではあるけど。
「ま、一応名乗らせてくれ。ご存じの通りギルマスのハーヴェイ・ウォールバンカーだ」
「ハーヴェイさんと言うんですね。普段はギルドマスターやギルマスって呼び方だったから、お名前は存じ上げませんでした」
「だよなぁ……良く言われるんだ、それ」
頭を掻きながら苦笑する姿は、怖いどころか愛嬌がある感じ。
大きくて筋肉質なのに、人当たりの良さを感じる良い人だと思うわ。
「フィズを保護したのは、オレの友人なのだが――そいつ本人は諸事情で送ってやれなくてな。代理を頼まれた。
その友人から手紙を預かっているんだ。受け取ってはくれるか? 読むのはオレが帰ったあとの方が良いかもしれん」
「ええ、頂戴します」
フィズを保護――というフレーズに、私は少し訝しむ。
でも、まずはハーヴェイさんから手紙を受け取らないとね。
手紙を受け取ってから、私はフィズに訊ねる。
「それにしても、フィズ。保護して貰ったっていうのはどういうコトなの?」
「えーっとね」
フィズはチラりと、ハーヴェイさんを見上げた。
もしかしたら、いくつか話せない内容があるのかもしれないわね。
だとしたら、ハーヴェイさんの前で訊ねるのは失敗だったかしら?
「ルオナ草を採取してたらね、
『
想定外の魔獣が出てきて思わず声をあげたら、ハーヴェイさんと唱和しちゃったわ。
「あれ? ギルドマスターさんは、お友達から聞いてない?
ギルドに着いたら報告するって言ってたけど」
「聞いてないな……もしかせんでも報告を忘れていたな……」
眉間に手を当てて
ギルドマスターっていうお仕事も大変そうね……。
「それでフィズは、ハーヴェイさんのお友達に助けて貰ったのね?」
「ううん。助けてくれたのはベルだよ。
ベルが私を街まで送ってくれるって言って、途中でギルドマスターさんのお友達に出会ったの」
「そういや、何であの人はそんな場所にいたんだ?」
「お仕事サボってお散歩してたんだって」
「結果的に騒動が大きくならず済んだワケで良かったとは思うが……いや、良いのか? 分からなくなってきた……」
ベル? という新しい人の名前が出てきたわね。
でもフィズが気軽に呼んでるから、若い方なのかしら?
それに
それにしてもハーヴェイさんのお友達。フィズと出会ったキカッケがお仕事をサボってお散歩している時だなんて……。
サボったことが、結果として良い方に転がるというのは、友人としてハーヴェイさんも複雑ねぇ……。
「まぁベルやオレの友人と遭遇したコトそのものは、フィズにとっては幸運だ。間違いなくな。そこは間違いない」
「ええ、そうでしょうね」
話を聞く限り、ベルさんが居なければ、フィズちゃんは迷神の沼に沈み、その神殿に招かれていたと思うから。
……あらやだ。
今になって急に現実感が出てきちゃったわ。
ベルが、迷神の沼に沈んでいたかもしれないって……。
「おかあさん?」
いけないいけない。
フィズが不安そうにこちらを見ているもの。ちゃんとしないとね。
ベルさんと、ハーヴェイさんのご友人には本当に感謝しかないわ。
「ベルはちょいとワケアリでな。
フィズの嬢ちゃんは気にしてないみたいだが、
「なんで?」
「そこでなんでって聞ける嬢ちゃんだから、仲良くなれたんだろうさ」
見た目、人種――色々と面倒だという理由の候補はあるけれど、恐らくそれ以上のことは聞かせて貰えないでしょうね。
でも、フィズを……娘を助けてくれたんだもの。出会うことがあっても、深入りせず難しく考えず接してあげれたらと思うわ。
「……で、だ。そのベルからの贈り物というか、贈るつもりは無かったものの、懐かれたなら問題ないと、嬢ちゃんの隷獣となったのがコレだ」
なるほど、そこでコウモリの話になるのね。
魔獣というか隷獣というか――この子をくれるくらいだから、ベルさんという人は魔獣使いなのかしら?
「もちろん、ちゃんとウチで登録してもらった。事後承諾の形となってしまうが、隷獣登録するにあたって、探索者ギルドにもフィズの嬢ちゃんには登録してもらったんだ。
後日、後見人としてサインを貰いたいんだが、大丈夫か?」
「それは構いませんわ。お手数かけてしまってすみません」
別に探索者ギルドに登録したからといって、秘境やダンジョンの探索をしなければいけないワケではないしね。
各種商業ギルドや各種職人ギルド同様に、お金を預かってくれたりしてくれるから、とりあえず資格もなく登録できる探索者ギルドに――って人もいるくらいだし。
何なら、探索者ギルドに寄せられる些細な依頼をこなすだけの、
探索者ギルドに登録してても、商業ギルドや職人ギルドには登録できるから、それでフィズの将来がどうこうってこともないし。
「ちなみに、オレの友人は狼を貰っていた」
「ちゃっかりしている方なのね?」
私が聞けば、ハーヴェイさんは肩を竦めてみせた。
ふふ。友人というより、手の掛かる弟か子供って感じのリアクションと表情よ、それ。
失礼だろうから口にしないけど。
「――で、だ。そのコウモリと狼にはちょいと問題があってな。
何しろその二匹、うちの探索者ギルドでは未確認の魔獣だ。
しかも人の言葉を理解しているように振る舞うし、人懐っこい。そして懐いた相手を護るように振る舞う。そこから考えれば、間違いなく主人の元へと駆けつけるだろう。
……好事家が好みそうな珍獣であり、主が幼い子供でもある。
オレの友達は仕事をサボってダンジョン探索しに行ってケロっと帰ってくる程度の実力はあるんだがな」
ああ――そうですか。そういうことですか、理解しました。
ベルさんには悪気はなかったのでしょうけど、この子がコウモリに懐かれてしまった結果、非常に危うい立場になってしまったのね。
フィズを誘拐し、コウモリをおびき寄せるような悪知恵を働かせるようなのがいても不思議じゃない以上、仕方ないかもしれないけれど。
「あれ? でも隷獣登録の時、ギルドマスターさんのお友達がお母さんたちとは別に後見人になってくれるって」
「アイツはそれなりに権力を持ってるから、確かに牽制にはなるんだがなぁ……」
フィズの疑問に、ハーヴェイさんは自分の頭を撫でながら苦笑する。
ハーヴェイさんのご友人ってもしかしなくても貴族なのしら?
そうであれば、事前に情報収集をする人に対しては牽制になるのでしょう……。
でもねぇ……。
「ハーヴェイさんのご友人より権力を持っている人や、そもそも下調べなんてせずに、思いつきで手を出してくる人たちには通用しないんですね?」
「そういうコトだな」
この辺りはフィズにはまだ難しい話かもね。
大人になっても、そういう思考ができるかどうかって難しいし。
本来、貴族や商人ならできて然るべきだとは思うのだけど、主人もあまり得意ではないから困ってしまうわ。
「シャララン強いよ?」
「だが、嬢ちゃんが強いワケじゃない」
フィズはコウモリ――シャラランという名前らしい――を撫でながら言うけれど、それもハーヴェイさんが返した通り。
相手が狡猾な人間だった時、無知なフィズとコウモリのシャラランだけでは、対処しきれないことも多いもの。
「まぁまだ情報としては広まっちゃいないから、しばらくは大丈夫だと思うが――フィズ嬢ちゃん。一人で出歩く時は注意しろよ?」
「むしろ、しばらくは一人で出歩かないで欲しいわ……」
フィズもシャラランも可愛いから、狙いたくなっちゃうのも分かるけど、実際に狙われてるとなると、ちょっとお母さんは心穏やかにいられないわね。
「そんなワケで、オレが送ってきた理由はそんなところだ」
「改めて、わざわざありがとうございました」
「気にしなさんな。今度は客として邪魔をさせて貰うよ」
「ふふ、その時をお待ちしていますね」
そうしてお店を出ていくハーヴェイさんを見送って、私は大きく息を吐いた。
フィズが無事で良かったという安堵感で涙が出そうだけれど、それはグッと堪えて笑いかける。
「さっきも言ったけど、おかえりなさいフィズ」
「うん。ただいま!」
「シャラランも、いらっしゃい。これからはあなたも家族になるのね」
恐る恐る手を伸ばすと、シャラランの方から頭を差し出してくれた。
そのことに嬉しくなりながら、私は指先でその頭を撫でと気持ちよさそうな顔をする。
ふふ、ちょっと変わったコウモリみたいだけど、可愛いわね。
「もう少ししたらお店を閉めるから、夕飯の準備だけしておいてくれる?」
「はーい!」
フィズは元気よく返事をすると、カウンターの奥にある扉から、その先にある住居部分へと入っていった。
それを見送って、私は改めてハーヴェイさんのお友達からだという手紙を見た。
そしてその送り主の名前を確認し――
「――――………ッ!!!!」
大声を上げたり、失神したりしなかったことを誰か褒めてッ!
ハーヴェイさんのお友達、権力を持っているっていうから、貴族だろうなとは思っていたわ。
だけどッ、だけど――……ッ!!
領主様だなんて、聞いてないわよォォォォォ――……ッ!!!!!
……し、しかも、これ……招待状、だわ……。
領主様の……お屋敷に……え? 明日……? 明日の夜ッ!?
フィズも必ず一緒に?
え? これ……ど、どうしましょう……?
わ、若い時のドレス……まだ着れるかしら……?
そんなことより、フィズの服装はどうすれば……?
ジンの体調は大丈夫かしら? というかジンを連れていくべきかしら……?
そうして、次のお客さんが来るまでの間、私は固まり続けるのでした……。
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