第12話 フィズはゴーホーム、ベルはノーホーム。


 さて、私はフィズちゃんの隷獣として無事に登録された。


 まぁ登録といっても、主人の名前と、隷獣と種族、そして隷獣の名前を登録するだけなんだけど。ちなみに種族はタベルンモドキで登録したみたい。後に正式な種族が判明したら変更するんだってさ。


 鑑定スキルを持つ人と後日会うみたいだし、その時に種族鑑定とやらをしてもらうんだそうだ。


 また事前に言われていた通り、クロンダイクが隷獣としての私の後見人となってくれた。これで、フィズちゃんとクロンダイクの共同管理という名目ができたそうである。

 領主が後見人にいるなら、さすがに誘拐や退治は無いだろうとクロンダイクとギルマスは言っているけど、果たして本当に大丈夫かしら?


 ともあれ、無事に登録が終わったら探索者シーカーズギルドから目印を渡された。

 小さな銀色のメダルなんだけど、首輪とかに付けられるようなフックがついている。

 もっとも、首輪や腕輪なんて用意してないので、ギルドから長い紐をもらってそれを首から下げることにした。


 さて、私は良いとしても、狼のソリティアやコウモリのシャラランだけど……

 キメテムとかいう世界における新種のような存在を作り出しちゃったので戦々競々としてたけど、わりとすんなり登録できた。


 まぁそれを確認する手段がなかったとも言う。


 登録はしたものの、種族名がまったく分からないので、確認中という形にしたみたい。


 ちなみに、ソリティアの主人はクロンダイク。

 シャラランの主人はフィズちゃんだ。


 こっちもそれぞれの邪魔にならないようにメダルを身につけさせる。

 後日、二匹にあった形に加工するそうだ。もちろん、私の分も用意してくれるってさ。


「こんなもんか」

「はい。以上で隷獣登録は終わりですな」


 三匹分の登録手続きが終わったところで、クロンダイクもフィズちゃんも一息つく。


「ギルマス、悪いが嬢ちゃんを家まで送って貰えるか?

 時間が時間だ。俺も寄り道するのは少々まずくてな」

「寄り道云々よりも領主が自らフィズ嬢ちゃんの家に行くというのもよろしくないと思いますがね」


 やれやれ――と嘆息するギルマスに、クロンダイクは少し口をとがらせた。

 それを見てギルマスは苦笑する。


「ですが、了解です。オレが責任をもって送り届けましょう」

「頼む。その際に、両親にはこれを渡して貰いたい」

「確かに、お預かりします」


 クロンダイクはいつの間にか用意していたらしい手紙をギルマスに手渡す。受け取ったギルマスは丁寧に懐へと仕舞い込んだ。


 それから、クロンダイクはフィズちゃんへと訊ねた。


「嬢ちゃん。ベルはどうする? 家に連れていくのか?」

「あ」


 どうやら、そこまで考えていなかったらしい。


「シャラランは大丈夫だと思うけど……ベルはどうしよう……」


 本当に困った顔をしてこちらを見てくるフィズちゃん。

 どうやらそこまで考えていなかったらしい。


「あー……ベルだったか。

 お前は人間の言葉を理解するし、人間に危害を加える気はない……てのは確かだな?」


 そんなフィズちゃんを見かねたのか、ギルマスが声を掛けてきた。

 それに、私は真面目な顔でうなずいてみせる。


「住宅街をそのナリでフラつかれてもビビられるだけだ。

 ギルドの一角を貸してやるから、当面はそこで寝泊まりするってのでどうだい?」


 ふむ。

 悪くない提案だと思う。


 人に受け入れて貰えるようになるまで、ギルドにいるものいいだろう。


「ただし、条件はあるけどな」

「がぶ?」

「別に難しい話じゃない。

 領主様や嬢ちゃんの話じゃあ、通常のタベルン種よりも強いし、変わった能力を持ってるって話だろ?

 いくつかギルドの仕事を手伝って欲しいんだ。その場合、宿だけじゃなく相応の報酬だって払うぜ?

 無論、ご主人様の許可が出たら、でいい」


 まぁ妥当な提案かなぁ。

 フィズちゃんが許可してくれるなら、多少のお仕事を手伝うのはやぶさかじゃない。ただ宿だけ借りるってのも、何だかギルドに悪いしね。


「――だ、そうだ。嬢ちゃんはどうする?」

「わたしはベルのご主人様じゃないけど……でも許可が必要なんだよね?

 ベルはどうしたい?」

「がぶがぶが」


 やりたいな。

 伝わって欲しいと思いながら、それを口にすればフィズちゃんは笑ってうなずいた。


「ベルが大怪我したりするのはヤだけど、ベルがいいなら、ギルドのお手伝いしてあげて」


 見上げながらそう告げるフィズちゃんに、私は感謝を込めて頭を撫でながらうなずく。


 それを見ていたギルマスも楽しそうにうなずいた。


「うし、商談成立だな」

「え? 商談だったの!?」

「商談だったんだぜ?」

「そ、それならもっと、いろいろと要求すればよかったかも……」

「お? 意外とそういうの話せるのかい?」

「わたしはぜんぜんまだまだだけど……おうち、お店だから」

「そういうコトか。両親が手強そうだ」


 言いながらもギルマスは笑顔だ。

 見た目からは想像できないけど、そういうやりとり好きなのかな?


 会話が途切れたところで、クロンダイクが立ち上がる。


「それじゃ――今日はここらで終わりかな」

「そうですね。馬車は用意しますかい?」

「いや、歩いて帰るさ。気にしなくていい」

「相手がふつうの領主だった場合、オレは気にする立場なんですがね」

「ふつうの領主が相手じゃないからギルマスは気にしなくていいんだよ」


 ……とてつもない屁理屈を見た。

 まぁ本人がそれでいいと言っているからいいのかな?


「では、俺は一足先に失礼する。

 ベルも嬢ちゃん……フィズもまたな」

「はい! 今日はありがとうございました!」


 ハキハキとした声で、ペコリと丁寧にお辞儀するフィズちゃんを見て、クロンダイクは頭を撫でた。


「その気があるなら、貴族向けの作法とか教えてやろうか?」

「いいんですか!?」

「ま、その話はまた今度だな」


 顔を上げて目を輝かせるのを見るにクロンダイクは笑う。

 こいつ――もしかしなくても、子供好きか?


 それにしても、フィズちゃんも貴族作法とか興味あるんだ。

 あ、でもおうちがお店みたいだし、貴族への納品とかもあるかもしれないね。作法を覚えて家のお手伝いしたいってことかな?


「ギルマス、フィズとベルを頼むよ」

「ええ。もちろん」


 そうして手を振って颯爽とギルドを去っていく姿はなかなか様になっている。

 私は、クロンダイクの姿が見えなくなるまで、その背に手を降り続けた。


「さて、嬢ちゃんはオレが送っていくとして――ベルの寝床だが……」


 少し考えたギルマスは、カウンターにいる美人のお姉さんへと声を掛けた。


「スーズ。話は聞いてたな?」

「聞いてましたけど……」


 スーズ――と呼ばれたオレンジ色の髪のお姉さんは、困ったようにカウンターから出てくる。

 その髪の色と朱色の瞳、そして赤を基調とした服装のせいで、情熱家っぽい雰囲気だ。

 ただ色合いだけなら情熱系だけど、クールな顔立ちと気怠げな雰囲気の表情をしているギャップが面白い人というのが、第一印象。


 あと、カウンター越しだと分からなかったけど、この人――ベルトのホルスターに丸めた鞭を納めてるぞ?

 もしかしなくても、結構戦える人だったりするのかな?


「ベルはふつうに人の言葉を理解している。

 ぶっちゃけ、脳筋探索者シーカーどもよりも話が通じるぞ」


 その瞬間、ちょっと表情が変わった。


「アレらよりマシですか……ふむ、悪くないかもしれませんね」


 え? その脳筋探索者どもとやらは、どんだけ……。


「人の言葉が分かるんですよね?

 スーズ・カンパーリです。よろしくお願いします」


 そう言って差し出された手を私は躊躇わず握った。


「あら? 人の言葉だけでなく、文化にも理解が?」

「がぶがぶうががぶ、がぶががぶがぶ?」


 試すようなこと、やめてくれませんか?

 まぁ気持ちは分かるし、こっちも分かってて乗ったのでおあいこだと思うけどさ。


「ふふ、今のはなにを言っているのか分かちゃった。

 試してごめんなさい。でも、その反応だけで十分よ」


 さっきまでのクールで気怠げな雰囲気から一転、明るい感じの笑顔を浮かべるスーズさん。


 それから、その笑顔のまま彼女はフィズちゃんの前で膝を折った。


「フィズちゃんだったわね? 貴女のお友達の面倒はちゃんと見てあげるわ。今日は安心して、ご両親のところに帰りなさい。ね?」


 フィズちゃんを安心させるようにそう告げると、フィズちゃんも笑顔でうなずいた。


「はい! ベルのコトよろしくお願いします」


 ペコリとお辞儀するフィズちゃん。


「ふふ、礼儀正しいわねぇ……。あの馬鹿どもとは大違い」


 スーズさんの口からポロリと言葉が漏れた瞬間、すごいドス黒いオーラを感じたのは気のせいじゃないと思う。

 こういう場所の受付嬢だもんね。色々と溜まってそうだ。


「それじゃあ挨拶も終わったし、帰るぞフィズ」

「はい! よろしくお願いします!」

「本当に礼儀正しいな。頭も悪くないし……もっとこういう探索者が増えて欲しいんだがなぁ……」


 ギルマスも結構苦労してそうだなぁ……。

 こういう場所の責任者だもんね。そりゃあストレスも溜まるかぁ……。


「スーズ、オレが戻るまで悪いが任せた」

「はいはい。任されました。だから特別手当ください」

「前向きに検討しておく」

「それ検討するだけですよね?」


 スーズさんの言葉に答えないまま、後ろ手を振って歩き出すギルドマスター。

 彼女の言う通り、あれは前向きに検討するだけだろうなぁ……。


 それにしても――

 フィズちゃんの手を繋ぎながら、ギルドを出て行くギルマスの背中を見ていると何とも言えない気持ちになるね。


 高身長でムキムキのギルマスと、恐らく同世代よりも小柄なフィズちゃんの組み合わせてって、微妙に犯罪くさい。


 やっぱり私ってかなり大きいっぽいよね。

 人間的にかなり高身長だと思われるギルマスよりも、私の目線って高いし。

 ギルマスがざっくり二メートルくらいだとしたら、私はそれよりも二・三十センチくらい大きい気がする。


 横も太くて縦も高いとか、邪魔じゃない?


「ベル。あなたは大きいから、あの出入り口は今後使わないでね?

 使うたびに、引っかかられてたら、利用者の邪魔になっちゃうわ」

「がぶぅ」


 好きで引っかかったワケじゃないよッ!?


「裏口を教えるから、今後はそっちを使って。解体場にも行ける扉だから大きいのよ」

「がぶ!」


 それはありがたい。

 引っかからないって素晴らしい。


「ただ出入りするときはその隷獣メダルをちゃんと目立つ場所に付けておくコト。勘違いされて解体されてもしらないからね」


 ブンブンと全力で私は首を振る。

 それは困るのでちゃんと従うよ!


「あなたの寝床もそこから出た裏庭に用意するから。

 今は人も少ないし、案内するわ」

「がぶがぶがぁ」


 お手を煩わせてすまんねぇ……。

 

「はぁ……魔獣のほうがちゃんと感謝の意を示せる姿を見ると、礼儀も感謝もヌルい人間ってなんだろうって思っちゃうわね」


 そんな、人間嫌い拗らせた結果魔王になりそうな表情で言われても……。

 わからんちんっていうのは、どこの世界にもいるんだろうねぇ……。


「特にあの無駄口野郎ッ……」


 あ、なんかすっごいブラックオーラが見えた。

 無駄口野郎というのが誰なのかは知らないけど、触れない方が良さげな気がする。


 ともあれ、スーズさんが私に対して悪感情がないのは非常に良いことだ。


 ギルドにお世話になる間も、ギルマスとスーズさんがいれば安心できそうでなにより。


 ……そういえば、ギルマスって本名なんて言うんだろう?

 誰も名前呼ばなかったよね?

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