第11話 これは隷獣ですか? いいえ、フレンドです。


 探索者シーカーズギルドと呼ばれる場所は、木造ながらも丈夫で立派そうな造りの三階立てだった。

 しかも裏庭らしきところも広い。運動場みたいのもあるっぽいぞ。


 魔獣の解体場や、お宝の鑑定する場所に、保管室などなど。

 必要な設備を揃えようとすると、どうしても大きな建物になるらしい。


 他にもこの支部には、宿代も用意できない探索者シーカー向けに、寝泊まりできる施設も内包しているそうだ。


 食堂なんかも完備しているそうで、何とも致せり尽くせりって感じ。


 そんな探索者ギルドの入り口は、なんとウェスタンドアですよウェスタンドア!

 上下に隙間が大きく開いている防寒性皆無で冬になったら大丈夫なのか? でおなじみのアレですよ。

 西部劇はもちろん、ファンタジーでも世界観によっては酒場なんかで使われている、スイングドアとも呼ばれているアレ。


 現代日本でもファミレスとか喫茶店とか――一応コンビニなんかの小売りでも見るかな?――で、従業員スペースと売場スペースを隔てる扉として密かに活躍してたりするやつ。


 そんな扉をクロンダイクは物怖じすることなく手を掛けて押し開く。

 キィ――という軋む音まで完備してて、なんかふつうに感動するね!


 続くフィズちゃんも慣れたもの。

 やっぱり物怖じすることなく、押し開いて中へと入っていった。


 ならば私も物怖じすることなく入ってやるさ!

 そうして、入るなり、中にいる探索者シーカーたちから探るような目を一斉に向けられるんだぜ! 私、お約束には詳しいんだ!


 私は扉に手を掛けて押し開く。

 キィ――と軋むような音を立ててドアが動く。

 押し広げたまま私はゆっくりとギルドの中へと足を踏み込んでいき――


 一斉に、こちらに視線が集まる。

 余所者を見る目――ではなく、困惑と恐怖と、金蔓を見る目だ。


 ……期待していた視線と違うけど、まぁ問題ない。


 私は一斉に注がれる視線を無視し、フィズちゃんとクロンダイクのところへ……ところへ……と・こ・ろ・へぇぇぇぇぇぇ……………!!!!


 ドアのヒンジが邪魔なんだよ、出っ張ってるヒンジが!

 こいつがめっちゃお腹を圧迫しやがるの!

 無理に進んだらヒンジがちょっと体にめり込んだ状態になっちゃってそのまま引っかかっちゃったんだけど!?


 あ、戻ってきた扉と壁の隙間に肉が! 皮が! 鱗が!


 やべ、動けない。進めないし下がれない……ッ!


 ジタバタジタバタジタバタジタバタジタバタジタバタジタバタ


 ……ベルはお腹がひっかかった。

 ……ベルは視線を注がれている。

 ……ベルはもがいている。

 ……ベルに注がれる視線がすべて困惑に変わっていく。


 やっべ。マジ詰んだ。いや詰まった。動けない。

 進めぬ、退けぬ、だが媚びぬ!


 いや、媚びるくらいはしたほうがいいかもしれない。誰か助けて。


「がぶっ、がぶっ、がぶっ、がぶっ!!」

「お前は何をやっているんだ……」

「あ、ベル……お腹が引っかかっちゃったんだ……」


 二人ともちょっと困ったような、可笑しそうな、微妙な顔してないで助けてよ~!


「がぶがぶが~!」

「わりとマジで泣きそうな顔してるな、あいつ」

「領主様、なんで楽しそうな顔してるんですか……」


 フィズちゃんは苦笑しながらトテトテと私の前までやってきた。

 ああ! 助けてくれんだね! さすが私の天使フィズちゃん様!!


「ベル。何かアイテム混ぜられる?」

「がぶ?」

「何でもいいから、少し前に体重を掛ける感じの体勢で」


 あ、なるほど。

 確かに混ぜ混ぜミックスを発動すると、身体が一瞬だけ痩せるね!


 そんなわけで何でもいいから速攻で混ぜられそうな奴を検索だ。


 ジメリナポーション?

 レシピは《ジメリナ草+トニック水晶+鏡面水》か!


 ……これだ!

 トニック水晶ってあの洞窟で食べまくった水晶でしょ?


 OK、OK。有り余ってるからね! 使うよ!


 そんなワケで!

   ボンッ、シューッ、ポンッ!

              抜けたー!


 そのまま勢いでべちょっと床とキスしちゃったけど、ご愛敬。

 膨らんだ瞬間がめっちゃ苦しかったけど許容範囲ッ!

 私は立ち上がり、フィズちゃんの手とハイタッチ!


「やった!」


 さすがフィズちゃん。天才だね。

 お礼にこれをあげよう。


 んべーっと、口から小瓶を一つ。

 ついでに、鑑定しておこう。


【ジメリナポーションSP】

 スーパーパワー。

 解毒を目的として精製されたポーション。

 本来は解毒(中)の効果しか持たないはずなのだが、何らかの要因によって高性能化している。キズ以外の状態異常の大半に作用する万能薬に近い何か。あくまでも状態異常バッドステータスと称される異常を解消するものであり、病気や寿命などには作用しない。

 肉体異常解消(大)+精神異常解消(大)+呪魂異常解消(大)の作用を持つ。


 なんかやべぇモンが誕生してるけど、気づかないフリ気づかないフリ。


「くれるの?」

「がぶがっぶ」


 受け取って。


「ありがとう」

「がぶがぶ」


 むしろ、お礼を言うのはこっちなんだけど、通じないなら仕方ない。


 なんてやりとりをフィズちゃんとしていると――


「なんだ? 何かあったのか?」


 ムキムキマッチョで禿頭とくとうの口髭を生やしたナイスミドル――ならぬバルクミドルというべきか――が、奥の階段を降りてくるのが見えた。

 ふつうに仕立ての良さそうなスーツ着ているけど、それじゃあ隠せないほど四肢が太くてムキムキだ。


 格闘ゲームに出てきたら間違いなく、紳士スーツを着た完全パワー型の投げキャラなビジュアル。

 きっと超強力な必殺技ゲージ消費技には、バンプアップしてスーツを破きながら相手を捕まえてブン投げる技があるに違いない。

 コマンドはレバー三回転までなら許す。


 禿頭だけど、若い頃は間違いなくイケメンだった面影のある。

 今だってワイルドなイケオジ感があるしね。この人。


 あと、それなりに身長がありそうなクロンダイクと比べても、このバルクミドルは大きい。

 頭半分くらいはクロンダイクよりも背が高い。


 ギルド内を見回す限り、このイケオジより背が高い――どころか、同じくらいの身長の男性もいなさそうだ。


 それでも私の方が目線が高めなんだけど、今の私の身長ってどんなもんだろ?


「よ、ギルマス」

「領主様ッ!?」


 しっかし、気安い領主ってのも大変なのかもねぇ。

 軽い調子で挨拶してくるもんだから、慣れてないとビビるだろうし。

 ……慣れててもビビるか。


 というか、あのバルクミドルはギルドマスターなんだ……。

 明らかに筋肉全開の脳筋っぽいんだけど、事務仕事とかできるの?


 まぁ私は知的なマッチョって好きだけど。


 このギルマスは完全脳筋か知的なマッチョか、はたまたふつうのマッチョか。

 ……我ながらふつうのマッチョって意味わからん言葉よね。


「隷獣登録を頼みたい。ちょいと事情が特殊なんで、俺も一緒に来た」

「わかりました」


 驚きながらもギルマスは冷静にうなずいて、すぐ側にいた受付のお姉さんに「おい」と声を掛ける。

 お姉さんも今のやりとりを聞いてたのか、即座にうなずくと席を立って何かを準備しに行く。


「隷獣登録するのはそっちの大きいやつですかい?

 タベルンだとは思いますが、ずいぶんと毛色が違いますな」


 ギルマスの声は雰囲気的に大きそうだったものの、そんなことはなかった。

 渋く落ち着いた、それでいて聞こえやすい声だ。これはこれでポイントが高い。


「一応、タベルン種なのは間違いないんだろうが、何とも言えん。

 そっちの嬢ちゃんが仲良くなってな。人間にも友好的なのは俺も確認している。

 だからまぁ、隷獣登録しておこうかと思ったんだ。そっちの方が、トラブルを減らせるだろう?」

「そうですかい。お嬢ちゃん、探索者ギルドへの登録は?」


 フィズちゃんに話しかける時も、大きな体躯で上からだと怖がらせると理解しているのか、屈んで視線を合わせている。

 これはデキる男ポイントがあがっていきますなー!


「してない、です」

「なら手早く済ませちまおうか。別に登録したかといって、迷宮探索や秘境探索をする必要はない。隷獣を連れ歩く上での飼い主登録みたいなモンだ。

 文字は書けるかい? 嬢ちゃんの場合は、自分の名前と両親どっちかの名前が必要だが」

「大丈夫です」

「うし」


 フィズちゃんがうなずくのを確認すると、ギルマスはひょいっとカウンターを乗り越えて、奥にある書類棚から何かを取り出す。


 それから手招きをしてフィズちゃんをカウンターのところへ招き、ペンを渡した。


「領主様。嬢ちゃんの両親からの許可はありますかい?」

「事後承諾になるが、俺から言うつもりだ」

「なら、彼女の両親とは別に後見人としてサインを貰っても?」

「もとよりそのつもりだよ」


 一生懸命フィズちゃんが書類に名前を書き込んでいる間に、ギルマスとクロンダイクはささっとやりとりを済ませている。

 私はやることないので、それを見~て~る~だ~け~。


 うーん。それはそれとして何だけど。

 会話は問題ないんだけど、ある問題に直面してしまったね。いやまぁ街に入った時点で分かってはいたんだけど。


 ギルド内を見回していると、あれこれ文字が目に付くものの……困ったことに、コレらはやっぱりまったく理解できない。


 リスニングに自動翻訳が適応されても、リーディングとライティングには適応されてないんだろうぁー……。

 ……スピーキングはどうなんだろうなー……。喋る言葉は全部「がぶがぶ」に変換されちゃうし。


 まぁ文字に関しては機会があったら、フィズちゃんやクロンダイクから教わろう。


「そういや、嬢ちゃんの肩や領主様の肩にいるのも、隷獣に?」

「ああ、そのつもりだ」


 隷獣ってさぁ……魔獣使いが従わせてる魔獣のことでしょう?

 私は――まぁ、恐らくも何もほぼ魔獣で間違いないと思うんだけど……。


 あの狼とコウモリってキメテムって分類だったよね?

 それって……魔獣なの? 魔獣でないとしたら、果たしてそれは隷獣なのだろうか?

 これを悩みすぎると、そもそも魔獣とは? 人とは? 神とは? って哲学するタベルンになりそうなので、あまり気にしない方がいい気もする。


 まぁ隷獣であるかどうかよりも、隷獣として登録されているかどうかの方が大事なんだろうけどね。

 トラブルに巻き込まれた時に、登録してあるかどうかで、私たちの扱いって奴が変わりそうだし。


 などと考えていると、フィズちゃんが書類を書く手を止めて、クロンダイクを見た。


「あの……領主様」

「ん? どうした?」

「やっぱり隷獣登録しないとダメなんですか?

 わたしはこの子たちのお友達でいたいんですけど……」

「そうだな。俺もこいつらとはフレンドやファミリーでいたいね」

「なら……」

「だからこそ、隷獣登録するのさ。

 これは、フレンドたちを守る為でもある」


 隷獣――か。

 話を聞いた限り、魔獣使いがテイムした魔獣のこと。

 言い換えるなら、何らかの手段で調教したり洗脳したりで従わせた魔獣なんだろう。


 フィズちゃんにとって、隷獣っていうのは言うことを無理矢理聞かせられている魔獣ってことになってるのかもしれない。

 まぁ子供としてはそうだろうね。


「でも、わたしはベルたちに何でも言うこと聞いて欲しかったりは……」

「なぁ嬢ちゃん」


 顔を曇らせるフィズちゃんに、優しく声を掛けるのはギルマスだ。

 膝を床に付き、フィズちゃんに視線を合わせてくれてるあたりやっぱりポイント高い。


「領主様も言っている通り、これは友達を守る為だ。

 隷獣登録したからって無理矢理テイムとかしなくていい。

 ただ、登録してない場合はどんなに人の味方であろうとただの野生の魔獣なんだ。退治されても文句が言えない。

 それに、この街の人間全員がフィズ嬢ちゃんの友達を受け入れていたとしても、退治されないとは限らないし、最悪は誘拐される場合もある。

 隷獣登録しておけば、その場合、嬢ちゃんに怒る権利が生まれる。だが未登録だった場合は、何一つ文句が言えなくなっちまうんだ」


 フィズちゃんがどのくらいの歳で、どのくらい頭の回転がいいのかはわからない。

 だけど、ギルマスが説明する話は大事であると同時に、子供には少し理解がし辛い内容なのは間違いないだろう。


 何せこれ、大人でも難しい。建前とか法とかって話が前提となるからね。

 ましてや貴族がいる世界。

 隷獣登録してない稀少な魔獣なんて奪っても問題ないと思っているやつがいても可笑しくなもん。


 隷獣登録してたって、そんなの関係ないとか言い出すわがまま坊ちゃんとかいる可能性もある。


 だから私はおとなしく登録してもらうつもりだ。

 なので――


 私はフィズちゃんの頭に手を乗せる。

 ギルマスが驚いているが、それをクロンダイクが制してくれている。助かるぜ、マイフレンド。


「ベル……」


 私はフィズの瞳を覗き込むように見下ろし、ややして書類を指さした。


「わたし、これを書いた方が、いいの?」


 もちろん、とうなずく。


「ベル――お前、ある程度人間社会のルールを理解できているな?」


 隠すつもりもないので、私はクロンダイクにうなずいた。

 横でギルマスがまた別の意味で驚いた顔をしているが、敢えて無視。


「嬢ちゃん。ベルは大丈夫だ。登録するコトの意味をちゃんと理解している。今の嬢ちゃんにとって分からなくても、これは本当に大事なコトなんだ」

「ベルの、ベルやシャラランの為……なんだよね?」


 私は、クロンダイクは、ギルマスは、フィズからの再度の質問に、同時にうなずくのだった。


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