第6話 オブジェクト? そこになければないですね。
「さて、もう少し散歩したいところだけどさ、お嬢ちゃんを街まで送らないとな」
「そ、そんな、領主様に送ってもらうなんて……!」
ウィンクしながら軽い調子で言うクロンダイクさんに、フィズちゃんが慌てて首を振る。
まぁ気持ちは分かる。なんか偉い人感の薄いやつととはいえ、実際の身分は高いわけで。
そんな人に送って行くだなんて言われたら、庶民としては慌てるわ。
「子供がそんな遠慮するようなコトは言うもんじゃないさ。
領主だとか
ましてや
ま、実際大事だと思う。
さっきのクロンダイクさんの様子だと、紫魔狼とやらは、ショット森林の浅いところには滅多に出てこないようだしね。
そんな奴が、森の外に出てこないとは限らない。
……ところで、ちょいちょいとクロンダイクさんが口にする
雰囲気的にはファンタジー的に定番な、冒険者みたいな奴のことな気もするんだけど。
「そっちのタベルンモドキ君も、そういう意図があってお嬢ちゃんと一緒にいたんじゃないのかい?」
むぅ。そこは否定しないかな。下心もなくはないけど。
「がぶ」
そのフィズちゃんと一緒にいた理由はさておいて、ちょっと聞き捨てならないところがあったぞ。
「うなずいて、首を振る? 嬢ちゃん、分かるかい?」
「分かんないですけど……一緒にいた理由はその通り、だけど何か納得行かないところがあった、とかかな?」
フィズちゃんを指さして首を縦に振った。
すると、フィズちゃんは両手をあわせて顔を上げて訊ねてくる。
「あ! タベルンモドキって呼ばれるのが嫌だとか?」
ちょっと違うので、首を軽く振る。
「これは軽い否定……か?
だとすると――あ、そういうコトか。なるほど、想像通りだとすれば確かに俺の落ち度だな」
何かに気づいてくれたのか、クロンダイクさんはフッと笑った。
そして、左手で帽子を押さえつつ訊ねてくる。
「君はレディだったんだな? モドキくんではなくモドキちゃんとでも言って欲しかったってところか」
ビシッとクロンダイクさんを指さして大きくうなずく。
別に女性として君付けで呼ばれるのは良いんだけどさ、さっきの言い方だと、明らかにオス扱いだったでしょ? せめてメス扱いして欲しいわけよ。
「魔獣さん、女の子だったんだ」
ふあーと声を出しながら、フィズちゃんが見上げてくる。ああ、かわいいね。かわいいよ。
「そういえば、レディ・モドキ」
その呼称はどうなのよッ!
そういう呼び方するなら、ちゃんとレディ・タベルンモドキって言ってよッ!
それだとレディのようでレディじゃない何かじゃないのさッ!
「がうがうがー!」
ぶーぶーと親指を下に向けながらブーイングをするも、通じたかどうかは分からない。
「ジョーダンさ。そう怒るなよ。レディ・タベルン。
どういうワケか君からは同類というか、同世代のような匂いがしてね。その不思議な感覚せいで、ついついからかいたくなる」
あ、それちょっと分かる気がする。
からかいたくなる――という部分でなく、何となく同類とか同世代の感じがするってところ。
「魔獣さんも、領主様と同じ大人なの?」
「どうだろうな。魔獣の年齢っていうのも分からないから、何とも言えないが……まぁ初めて会ったのに、不思議とウマの会う相手みたいなモノかもな」
クロンダイクさんはフィズちゃんに説明するようにそう告げる。
だけど、フィズちゃんはイマイチ分からないみたいだ。
でもさ、そういう人っているよね。なんか妙に波長が合うって言うか、それこそクロンダイクさんが言う通りウマが合うっていうか。
人間として彼と出会っていたら、わりと本気で友達になれたのかもね。
彼氏彼女って関係よりもバカな話しながら酒を飲み合う仲とか、そういうやつ。お互いに愚痴をこぼしあったりしてさ。
……ああ、考えてみたら……前世でそういう相手、いなかったかもな……。
「さて、ちょいとシリアスな話をいいかい?」
こっちは過去を思ってるうちにテンションがシリアスになりかけてたので、大丈夫ですよ。
――ってな感じで、うなずいてみる。
「真面目な話、レディ・モドキは何がしたいんだ?」
「…………」
おっと、困ったぞ。
うーむ……。そう問われると困る。
いや、マジで困るな。
またレディ・モドキって言いやがってとは思うけど、それ以上に質問への返答が悩ましい。
ぶっちゃけ、今の私に目的意識なんてものはない。
最終目標もなければ、短期的目標なんてものもない。
試験も何にもない! げっげっげ~!
などと、ふざけている場合ではなく。
モンスター界のアイドルなんていう阿呆な
とはいえ、真面目に考えたところで現状の目的のようなものはまったくないんだよね。
強いていえば、フィズちゃんの護衛?
だけどそれだって、領主で剣士なクロンダイクさんと出会ったことで、する理由はなくなっちゃったワケで。
……あ、そうか。フィズちゃんだ。
うん。短期目標だけど、少しだけ思い浮かんだ。
私、フィズちゃんとちゃんと仲良くなりたい。
この世界に来て、魔獣の姿になって、初めて出会った人間で。
こんな私の姿を見ても、優しくしてくれて。
そんなフィズちゃんと、私は友達になりたいな。
さて、それをどうやって伝えようかな。
「おーい? 固まっちまったけど、どうした?」
ずいぶんと黙ってしまっていたのか、クロンダイクさんが不安そうに訊ねてくる。
それに対して、私はわざとらしくポンと手を打って見せた。
「お? 何か思いついたのか?」
クロンダイクさんの問いかけにうなずいて、私はフィズちゃんを指さした。
「わたし?」
自分を指さしながら可愛く首を傾げるフィズちゃん。
それに私はうなずいてから、今度は自分を示した。
「魔獣さん?」
首を逆側に傾げるフィズちゃん。
こてり、こてり、と可愛いね。
そして、私はハグするポーズをとる。
ちょっと体格のわりには手が短いんで、手のひらを重ねるのがせいっぱいなんだけど。
「レディ・モドキ。
君は、この子と仲良くなりたいのかい?」
さりげなくレディ・モドキを連呼してくるクロンダイクさん――いやもう呼び捨てで良い気がしてきた――をビシっと指さしてうなずく。
「ひいては人間と仲良くしたいと思っているで、いいのかな?」
人間……人間かぁ。
フィズちゃんとは仲良くなりたい。
クロンダイクとも良い関係を築けそう。
でも人間と仲良くなりたいかと言われるとどうだろう。
……って感じなので、私はその質問にはフィズちゃんのマネをしてこてりと首を傾げた。
「人間は嫌いかい?」
嫌いかどうかで言われると嫌い……かもしれない。
私が魔獣になったから――ではなく、何となく前世での記憶のせいだろう。
知らない人たちからはチヤホヤされてたけど、知っている人たちで好意的な人は少なかった気がする。
学生時代のリアルフレンドたちなんて、私の大食いやゲーマーとしての側面が露呈するほど、少しずつ人が離れていったもん。
……どんなに明るく振る舞おうと、所詮あたしゃ陰キャだよぅ……。
いやまぁそれ以上に、住んでた所が、年号が令和になったっていうのに、昭和な脳味噌や常識に囚われたままの連中の多い地域だったとも言うかもしれないけどさ。
だからってワケでもないけど、地元の高校を卒業するころには大食いやゲーマーであることを隠しながら生活するのが当たり前になってた。
だけど、地元の大学を卒業して、遠く離れた東京の職場に就職して……好きなことを我慢してまでただただOL生活を続けている生活が嫌になってたというか……。
私が生きている理由はあるのだろうかと自問自答して……そして、一念発起して動画配信を始めたんだ。
大食いとゲームと、好きなことをやろうって。
そしたら成功して、チヤホヤされて、調子の乗ってた私に冷や水をかけたのは、やっぱり身内――というかリアルの関係者ばかりで……。
そういう意味だと、人間はやっぱり嫌いだ。
どれだけネットやメディアでチヤホヤされてようとも、どうしてもリアルから受ける影響は大きいから……。
リアルの人間を嫌いだと感じてしまっている以上、人間は嫌いだと言えると思う。
でも、前世でそのチヤホヤしてくれた知らない人たちも人間なら、ここにいるフィズちゃんもクロンダイクも人間だ。
そう考えると、人間全てが嫌いなワケじゃない。
そうやって色々考えて、やがて私は、やっぱりフィズちゃんのマネをして、首を反対側にこてりと傾けた。
「仲良くなれるならなりたいけど、全ての人間とは仲良くなれない……って言いたいのか?」
「がぶ」
それ――と、クロンダイクを指さす。
いやぁ、この人ってば本当に私の言葉を読みとるの得意よね。
助かるわぁ。
そんな風に、ちょっとのんきな感じで構えていたんだけど――
「そんなの当たり前だろ。
全ての隣人を
――クロンダイクのそんな言葉に、私は何かを貫かれたような気がした。
……仲良く、する必要はない……?
全ての隣人を愛さなくて、いい……?
「それでも、レディ……君が本当に人間と仲良くする気があるのなら、俺は――私は領主として、君を我が領地の客人として迎え入れるコトに躊躇いはない」
そしてクロンダイクは、わざわざ人間ではなく、人間を代表する者を名乗り、そう告げた。
ペタン――と、私は尻餅を付くように座り込む。
「魔獣さん!?」
不思議と、ポロポロと涙がこぼれてくる。
「ど、どうしよう! 魔獣さん、泣いちゃった!」
「リトルレディ。君は、レディ・モドキを怖いと思うかい?」
「思わないよ! だって助けてくれたし! 手を繋いでくれたし! 優しい魔獣さんだよ!」
「だったら、レディにやさしくしてやってくれ」
「え?」
「きっと、レディは人間が好きなんだ。だけど魔獣だから、人間から嫌われ、傷つけられ、何度も何度も傷ついて、それでもきっと、レディは人間を嫌いになれなかったんだろうさ」
いちいち、解説すんなよ、イケメン。
だけどまぁ大筋は間違ってない。
ただその経験が魔獣になる前の、前世での話ってだけで。
「レディ、君は人間が好きで好きでたまらないなら、その好きを貫くべきだ。例え人間から嫌われようと、さ。
どんな状況に追いつめられても、その好きを貫く姿勢を崩さないなら、それはきっと何にも負けない本物の好きって奴なんだろうぜ。
そして、俺はそういう本物の好きを貫く奴を見るのが好きなのさ」
好きは――貫いていい……。
他の何かかから嫌われても、だけどそれでもそれが好きで、その好きを貫けるなら……それは本物の好き……。
……ああ、そうか。
私は貫けなかったんだ。大食いも、ゲームも。前世では。
いっぱい食べることも、ゲームも。好きで好きでたまらなかったのに……。
大食いなんてはしたないと、良い歳してゲームなんかの大会に出て……って隣人たちからバカにされ続けて……。
そんな連中でも、家族だから友達だからと、嫌いだけど嫌いになっちゃいけないと、気にかけすぎて……。
だからチャンスに対して、一歩を踏み出し切れなかった。
でも違うんだ。嫌ってよかったんだ。嫌いだってハッキリ表明してよかったんだ。
もう二度と田舎に帰らないつもりで、もう二度と会わないつもりで、家族や友達だと思ってた人たちと縁を切ってでも、大食い芸人やゲーマーとしての道を選んで、進んでも良かったんだ……。
嫌みを言われながら早起き残業深夜帰りのOLなんてとっとと辞めて、やりたい道を進めばよかったんだ……。
……今更だ。
それはもう前世の話で、もう今になってどうにかできるわけじゃない。
気づくのが遅すぎた。
私は死んでしまって、この世界で魔獣に転生して……。
ポロポロとこぼれ続ける涙をそのままに、ただ呆然としていると、私のおなかに何かが張り付いてきた。
「魔獣さん……」
フィズちゃんが、私に抱きついて、こちらを見上げてくる。
「いっぱい泣いていいよ。いっぱい仲良くしたかったのに、いっぱい怖がられちゃったんでしょ? だから今まで我慢してたの、全部泣いちゃっていいから……。
それでね、泣き終わったらね、フィズと友達になろ? ね?」
心配そうに、不安そうに、だけどそれを隠そうとしながら、精一杯の気持ちをフィズちゃんが伝えてくる。
フィズちゃんは本当に優しいね。
何でこの子の目に、涙が溜まってるんだろうね。
この子は別になにもしてないのに。
クロンダイクの説明を受けて、きっと自分のことのように悲しくなっちゃったんだろうね。
ほんとうに……私ってば、もう……。
そうだよ今更だ。確かに今更なんだ。前世のことは確かに今更だよ。
だけどさ、今生は始まったばかりじゃん? なんか気づいたら魔獣だったけど、まだ自分が魔獣って自覚をしてから一日経ってないじゃん? これからじゃん?
それなら、今世は好きを貫いてやろうじゃん!
今世での好きを見つけるよ。貫きたいって思える好きを見つけて、貫いてやる!
今の一番の好きはフィズちゃんだ!
この子と友達になりたい。友達になったら、フィズちゃんに嫌われるまで……ううん、嫌われたってずっと、フィズちゃんが好きって気持ちを貫いてやる。
私は自分の涙を拭わず、だけどフィズちゃんの目元を拭う。
「魔獣さん?」
「がぶがぶぅ」
ありがとう。
私はフィズちゃんを撫でながら顔をあげて、クロンダイクを見た。
「妙にスッキリした顔をしやがって。何か吹っ切れたのか?」
コクリとうなずく。
すると、クロンダイクは嫌みのない笑顔を浮かべながら、手を差し出してきた。
「俺をフレンド二号にしてくれよ。
一号はもちろん、そっちのリトルレディに譲るからさ」
クロンダイクの言葉に、フィズちゃんはキョトンとしている。
それから、意味を理解したのか、訊いてきた。
「わたし、魔獣さんとお友達になりたい!」
「がぶっ!」
私も! と答えて彼女の頭を撫でたあと、逆の手をクロンダイクに差し出した。
「おーけー、レディ・モンスター……いや。マイフレンド。
その子ともども、よろしく頼むぜ」
正直、転生ナメてた。
だけど神様に感謝してもいいと思う。
感謝すべき対象が、地球の神か、この世界の神かは分からないけれど……。
私はこれから何度も、転生したことに感謝するんだろううね。
うん。がんばるよ、この人生。いや魔獣生かな?
どっちでもいいけど、たぶんきっと、楽しく生きていけると思うから。
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