第5話 フリーダム! でもその翼、畳んどけ!
「ま、待ってください!」
「お嬢ちゃん?」
私がどうしたもんかと悩んでいると、フィズちゃんは私の手からスルリと抜け出し、前に出た。
両手を広げて、黒いカウボーイハットをかぶったイケメン剣士の前に立ちはだかる。
その行動に、青みがかった銀色の前髪を揺らしながら、イケメンは訝しむ。
「こ、この魔獣さんは悪い魔獣さんじゃないんですッ!
わたし、森の中で、
「
フィズちゃんの言葉にイケメン剣士は眉を顰める。
長めの前髪の下の黒瞳を細めながら、フィズちゃんの言葉を吟味しているようだ。
ショット森林には普段出て来ない狼だって話だし、もしかして何か思うことがあるのかな?
少しだけ考えたイケメン剣士は、剣を持たない左手の人差し指を立てて、帽子の
どうでもいいけど、いちいち仕草がキザだな、この剣士。
「お嬢ちゃん、そっちのタベルン……タベルンだよな?
とにかくタベルン種の魔獣は、俺たちを襲わない。間違いないかい?」
あ、私ってばタベルンって種族の魔獣なんだ。
何かイケメンの言葉が微妙に疑問系なのが気になるけど。
「襲わないよ、絶対!
……襲わないよね?」
不安そうにこちらを見上げてくるフィズちゃん。
その信頼に応えるべく、ついでにイケメン剣士にもわかりやすいように、大きくうなずいて見せた。
思わずここで首を横に振るってボケをしたくなったけど、無駄なリスクを背負ってまでそんなことするわけにはいなかない。
……いかないから、我慢しろよ私の鋼の自制心!
「おーけー。わかった。剣を向けて悪かったな」
私たちのやりとりを見ていたイケメン剣士は思ったよりもあっさりとその剣を納める。
ついでに、謝罪まで口にする辺り、なかなかの人格者ではなかろうか?
なんか微妙に軽薄さを感じなくもないけど。
改めてイケメン剣士――面倒だからとりあえずは剣士さんと呼ぼう――の格好を見ると、なかなかにカッコいい。
黒いカウボーイハットに、黒を基調としたペチコートとポンチョ。下はデニムっぽいパンツで、全体的にスマートに見える。
若い男――ではあるけど、軽薄さとは違う重みのようなものも感じる不思議な人だ。
見た目ほど若くはないのかもしれない。
あるいは、表面上の軽薄さでは隠しきれないような、重みを抱えている人か。
まぁどっちであれ、少なくとも悪い人じゃなさそうだ。カンだけど。
「さてお嬢ちゃん。改めて訊くが、
「うん! トニック湖に近いところに出てきたよ!」
「そんな浅いところにか」
力強くうなずくフィズちゃんの様子に、剣士さんは左手の親指で下顎を撫で始めた。
視線が斜め下を向いているけど、どこか見てるわけでもなさそうだ。
まぁ考えるポーズってやつだね。
人それぞれ、深く考える時の無意識のクセみたいのあるっぽいし。あれもそういうのの一つなんだろう。知らんけど。
ただこの感じ、
とりあえず狼に関しては一度、自分の中で整理できたのか、剣士さんはこちらに視線を向けてきた。
「そこのタベルン種。タベルン種だよな?」
改めて訊ねられても困るな。
私は自分がタベルン種の魔獣である自覚なんて皆無だし。
なので、首を横に傾けた。
しかしなんでまた疑問系なんだろうね。
何かタベルン種の魔獣と言い切れないものが私にはあるのだろうか?
……もしかしなくても、ふつうに人語理解してリアクションとってるからかもしれないな!
「おじさん。おじさんは何でこの子をタベルン種かどうか訊いたの?」
「おじさんって……せめて、お兄さんと呼んで欲しいぜ……」
あ、たぶん。おじさんだ。あるいはおじさんに近い年齢だ。
そういうのは、否定すれば否定しただけ辛くなってくからとっとと受け入れちまった方がラクだぜッ!
「まぁいいか。
タベルンって魔獣はさ、見た目はコレとそっくりなんだが……鱗が濃い緑色でね。それこそ、お嬢ちゃんの髪色に似た色なのさ」
あー……なるほど。それは確かに疑問系になるわ。
そっくりなのに鱗の色がまったく違うとか。
「何でも口の中に入れちまう魔獣で、食ったモンが腹の中にある限り、その戦闘力を増すって面倒くさい奴さ」
……うん。心当たりあるな。
洞窟の中であれこれ口の中に放り込んでたら、どんどん身体のキレが良くなっていったし。
私が原種のタベルンであるかどうかは分からないけど、近似種なのは間違いなさそうだね。
食べれば食べるだけ強くなれそうなところも、悪くない。
「おっと、タベルンモドキ。お前さん、どうやら自分のスキルに心当たりがありそうだな」
この剣士さん。
私の細かい動作から、それを読みとったのか?
なかなか観察力ある人じゃないか。油断ならないタイプなのかも。
「それに確信したぜ。お前さん、人語を理解しているな?」
「がぶがぶ」
あ、マジで油断ならなそう。
だけど、質問には即座にうなずいておく。
すっとぼけることもできるんだけど、すっとぼけた時点で肯定と一緒だ。何せ人語が理解できてなきゃ、すっとぼけるなんて選択肢は出てこないわけだしね。
何より人語を理解できると認識されるだけで、向こうにとってのかなり脅威度が下がるはずだもん。
もちろん、ただ理解できるってだけだと脅威度はむしろあがる。だけど事前にフィズちゃんを助けてるという情報が出てるから、この人は情報収集できる相手と私を見たんだろうね。
警戒心は無くならずとも、駆け引きができる相手と認識されただけで十分だ。
「なら訊くが、
……偉そうでカッコよい独白をしてましたけれども、この質問には全力で首を横に振らせてもらうッ!
断固として否定する! 私が知らないうちに影響を与えてたとしても、断固として否定する! 肯定しちゃったら私ってば、街にとっての脅威じゃん!
だって、このイケメンってば目を細めてるよ?
絶対に私のこと怪しんでるよ! 私の安全はまだ遠そうだよ!
「おいおい、落ち着けって。
別にアンタを討伐しようだなんて思ってないんだからさ」
本当かよ。
旅の剣士かなんかだろ?
魔獣倒して生計立ててるタイプだろ?
身なりが良いから貴族出身かもしれないけど、それでも剣で食っていけるような人だろ?
悪い人ではないかもしれないけど、私と敵対するかもしれないと思うと途端怖くなってきたんだよッ!
腕は立ちそう。駆け引きは苦手じゃなさそう。軽薄なようでクレバー。
最悪じゃん! 結構な強キャラの設定じゃん! 私ピンチじゃん?
自分がピンチな立場じゃなきゃ、結構好きな要素山盛りじゃん!
「そもそもタベルン種自体が、このショット森林にはいないのさ。
だから、訊きたい。お前さん、どっから来た?」
む?
割と真面目な顔をされていらっしゃる。
ふーむ……。
私はどこから来たのか、か。
気が付いたら、森の中だったわけで……。
まぁいいや、素直に答えよう。
私はフィズちゃんと共に出てきた森の入り口を手で示す。
「ショット森林、か」
再び剣士さんが左手の親指で下顎を撫で、少し考える素振りをみせてうなずいた。
「森の奥か?」
続けて訊ねてきたけど、トニック湖の近くを浅いところと言ってたよね。つまり、私がいた洞窟はそんなに森の深い場所ではないはずだ。
なので、私は首を横に振る。
ついでにふと思いついたので、二人にかからない位置に向けて、軽く水をぴゅーっと吹いた。
お腹の中に入ってた水を出したいと思ったら、簡単に出せた。やったぜ。
「……水? トニック湖か?」
それだ! と私は剣士さんを指さしてうなずく。
「気が付いたら、トニック湖の近くにでもいたってところか?」
「がぶぶーがっ!」
だいせーかい!
私は思わず拍手をして見せた。
意志疎通ができるってすばらしい!
「つまり、お前さん自身も何でショット森林にいたのか分かってないと」
「がぶ。がっぶがっぶ!」
いえす。ざっつらいと!
「面倒事が二つ同時に舞い込んで来た気分だ。
飛び込んでくるのは、美人だけにして欲しいもんだが」
言ってる言葉はともかく、頭を抱えたい気分なのは本当だろうなぁ……。
何か申し訳ねぇな! でも、狼は無関係なんでそこんところはよろしく!
あ、でも美人ならここにいるじゃないか。
私は剣士さんに向けて手を振ったあと、両手でフィズちゃんを示す。
「悪いなグッドモンスター。
確かにそちらのリトルレディは美しいが、あいにくと対象年齢範囲外なのさ」
「え? え?」
当の本人は私たちが何を言っているのか理解できてないらしい。あるいは突然会話に巻き込まれて混乱しているだけかもだけど。
「あと十年……せめて五年は欲しいな」
一応、良識ある大人って範囲でいいのかな、この剣士さん。
いやでもあと五年はまだちょっとギリギリじゃないか。色々と。
「だが見る目はありそうだ。仲良く出来そうだと思わないか?」
「がぶがぶがぶがぶ!」
何の見る目かは敢えて訊かないけど、仲良くなれるのであれば、なっておきたい下心。
軽薄な女好きっぽいムーブしてる剣士さんだけど、少なくとも思慮深くはありそうだ。
それに、色んな知識もありそうだから、フィズちゃんだけだと賄えないこの世界の常識とかを教えてもらえそうっていうのはかなり大きい。
「そういや。二人には自己紹介をしておこうか」
右手で帽子を掴むと、それを脱ぎ、茶目っ気たっぷりに丁寧な一礼をしてみせる。
「俺の名はクロンダイク。自由なる翼のクロンダイクさ」
「自由なる翼?」
首を傾げるフィズちゃんに、クロンダイクさんは帽子を被り直しながらうなずいた。
「そう。家に箱詰めされて強制される執務仕事から解放され、凝り固まったその背の翼を広げる男! クロンダイク・クール・スパークルッ!」
「あれ? スパークル?」
なにやら聞き覚えがある名前なのか、フィズちゃんは街の方を見た。
その視線は疑わしいというよりも、何かに驚いているような、怖がっているような感じだ。
もしかして、マフィアのドンとかそういう類かッ!?
それならば例え良い人であったとしても、このタベルンモドキ(仮)! 拳を交える覚悟があるッ!
胸中で決意をしていると、芝居がかった仕草で、クロンダイクさんは隠す気もないくらい堂々とかつ仰々しく告げた。
「鋭いなリトルレディ! まさに! 俺は君の想像通りの人間さ!
だがッ、今の俺はッ、スパークル領の領主なんて不自由から解放されるべく屋敷から抜け出しッ、自由なる翼を広げて散歩をしている、ただのクロンダイクッ!
領主様ッ!? しかも絶賛サボり中ッ!?
その翼ッ、今すぐ畳んで仕事に戻れッ!!
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