第7話 プリーズマイネーム、名前を呼んで。


「さて、レディ・モドキ。

 君を魔獣扱いしたくはないんだが、世の中はそうもいかないのが常さ」


 少しの間だけフィズちゃんとじゃれ合うのを見ててくれたクロンダイクは、タイミングを見計らってそんなことを言ってきた。


 まぁそうだよね。それは理解できる。

 私はどこまでいっても魔獣であるのは変わりない。


「君をある程度安全な魔獣であると証明するのには、魔獣使いに使役テイムされた隷獣れいじゅうであるってていを取るのが手っ取り早い」


 なるほど。

 魔獣使いなんてものもこの世界にはいるのね。

 そして、クロンダイクの言いたいことも理解した。


 少なくともテイムされていると表向きでも表明しておけば、人間に害意ある存在だと思われることも少ないだろうしね。


 となると、気になるのは――


 私はフィズちゃんとクロンダイクをそれぞれ指さしてから、首を傾げた。


「がっぶが、がぶがぶが?」

「どっちがマスターになるのかって?

 ほんと、理解が早くて助かるぜ、フレンド」


 私の言いたいことを即座に読みとってくれるアンタもを理解が早くて助かるぜ、フレンド。


「俺としては、嬢ちゃんをマスターとして登録して欲しいと思ってる」

「がぶんがぶ」


 異論なし。

 だけど、それだけだと不安もある。


 恐らく、私はレアモンスターだ。

 クロンダイクが暫定的にタベルンモドキと呼ぶように、近似種……そうでなければ変異種とか希少種とかそういうやつだろう。


 しかも大人しくて人間に協力的。

 カッコウのカモなワケよ。サーカスとかに売られちゃったりしたら大変だ。


 ましてや、マスターが未成年ともなれば、騙すなり最悪殺すなりして、私を奪おうってやつがいるかもしれない。


「がぶ、がぶっぶ、がぶぶん、がぶがぶが?」


 だからそれを私が口にすれば、クロンダイクはこともなげにうなずいた。


「分かってるよ。お前さんの言いたいコトはな」


 そう言ってクロンダイクが苦笑した時、フィズちゃんが訊ねる。


「領主様、この子の言葉が分かるの?」


 私とクロンダイクのやりとりを見ていたフィズちゃんが、ちょっと寂しそうな顔をしている。


「何となく、だけどな。

 コイツは下手な人間よりも頭がいい。

 だから、がぶがぶ言っているようで、そこには意味がある。

 身振り手振りと、これまでの会話の流れ、そして鳴き方のリズムから推測してるだけださ」

「わたしも、出来るようになるかな?」

「なれるさ。君も、コイツと友達だろ?」

「うん!」


 おお! クロンダイク、ナイス! フィズちゃんの良い笑顔を引き出してくれたじゃないか! 褒めてつかわす。


 喜ぶフィズちゃんを撫でてから、私はクロンダイクに視線を向けた。


「ぶっ、がぶがぶが?」

「未成年を主人とした隷獣の登録には、後見人が必要だ。

 基本は彼女の両親だが、連名で俺の名前も付けておく」


 ふむ。

 領主が後見しているのであれば、よほどのバカでない限りは手を出してこない……かな?


「あの、領主様……わたし、この子をテイムしたりは……」

「分かってる。あくまでも表向きさ。未登録の魔獣が街に出入りするのはよく思われないからな。

 実際、テイムのスキルを持ってなくても、魔獣と仲良くなるケースは稀ながら無いワケじゃない。そういう前例に倣っての手さ」


 必要な処置ってやつだよね。

 テイムってのがどの程度の効果があるかは分からないけど、人々の思考の中に、テイムされている魔獣――隷獣っていうのかな?――は安全っていう意識があるなら、それを利用しない手はないって話だ。


 積極的に誰かと敵対したいワケでもないなら、穏便にってね。


「――で、分かってると思うが、この子の隷獣として登録する以上、お前が何かやらかせば、責任はこの子に行く。

 この子と、この子の両親に迷惑を掛けないようにしてくれよ」


 言外に、最悪は俺が出るけど仕事は増やすな――と言っているね、これは。


 まぁそれは想定通りだ。

 フィズちゃんにも、フィズちゃんの両親にも、クロンダイクにも……出来るだけ迷惑はかけたくない。


 だから、そこは激しくコクコクうなずく。

 そんなやらかししませんよーって表明は大事だ。

 フラグっぽい気がするけど、断じてフラグのつもりはない。


「そして、だ。

 お前さんを嬢ちゃんがテイムに成功した隷獣という扱いにするのであれば、大事なコトがもう一つある」


 ピッと人差し指を立ててなにやら含むように告げるクロンダイク。

 どうでもいいけど、指長いね。すらっとしてキレイだ。だからといって無垢な手ってワケじゃなくて、ちゃんと剣を握っている人って感じもする。


 それはそれとして、大事なもう一つっていうのが分からなくて、私とフィズちゃんは揃って首を傾げた。


「名付けだ。隷獣登録するにあたって、隷獣の個体名が必要になる」


 おお! 名前!

 思わず手を叩いちゃう!


「お? ノリノリだな。やっぱモドキで良いと思うんだがどうだ?」


 思わずストレートパンチを繰り出す。

 地面を蹴って高速で繰り出すダッシュストレートパンチだ。ツッコミ用にレバーを後ろに倒2タメしておいて良かったぜ。


「あぶなッ!?」


 ボケに反応してレバー前入れP6+Pで発動させた攻撃はかわされてしまった。

 まぁツッコミ用パンチなんで、別に躱されるの前提だったけど。

 レバー操作ってのもただの冗談だよ?


 それはそうと、繰り出す時に脳裏に技の名前が過ぎらなかったので、スキル? とかそういうモノにまではならなかったみたいだね。

 アレもどういう仕組みなのか分からないので、そのうちちゃんと理解したいところ。


「領主様、ダメです!

 本当にタベルンモドキって種族だったとしても、モドキっていうのはダメです!」


 そうだそうだ!

 フィズちゃん、もっとダメ出ししてやって!


「俺が殴られそうになったのはスルー!?」

「え? でも今のって仲良しのやりとりの一つなんじゃないですか?」

「む。そう言われると、そうかもしれないな」


 あ、納得するんだクロンダイク。

 まぁ友達のジャレ合いみたいなモンと言われたら確かにそうかもね。


「まぁいいや。レディ・モドキ。

 俺相手なら構わないさ。でも、他の貴族相手には気を付けてくれよ。

 隷獣のやらかしは、マスターのやらかしだからな?」

「がぶがぶ」


 念押しで言わなくていいよ!

 ――って言いたいところだけど、私は深くうなずく。


 あまりにも阿呆な貴族だと、私が手加減抜きで殴りかねないので、肝に銘じておかないと。


「領主様、この魔獣さんは、タベルン種で間違いないですか?」

「ん? まぁそうだな。色以外はほぼタベルン種なのは間違いないと思う」

「そっか」


 むむむむむ~……と眉を顰めながら、フィズちゃんは真面目な顔をする。きっと、色んな名前を考えてくれてるんだろうね。


 それから少しだけ彼女の様子を伺っていると、ややして手を合わせて顔を上げた。


「ねぇ! ベルっていうのはどうかな?

 タベルンだから、真ん中をとってベル!」


 …………。

 ちょっと予想していなかった名前だ。


 そしてそれは私の前世のハンドルネームでもある。


 何だろう。偶然とはいえめちゃくちゃ嬉しい。

 本名を捨ててでも、芸で生きれば良かったと思った矢先だから。

 私の考えを肯定されたみたいで、何かすっごい嬉しいッ!


「ダメ?」


 ちょっと不安そうに上目使いでこちらを見てくるフィズちゃんに、私は思わず抱きついた。


「わっぷ!?」

「はっはっは。良かったな嬢ちゃん。決まりみたいだ」


 ぎゅ~。


「おなかもちもちで気持ちいいけど、苦しいよ~」


 おっと、それは失礼。


「ふふっ、でも喜んでくれてるみたいで、良かった。

 改めてよろしくね、ベル!」

「がぶがぶ!」


 小さな手を差し出してくるフィズちゃん。

 私はその手を取って、思わずぶんぶん振ってしまう。


「わわわわ!」


 おっと、ごめんごめん。

 これからよろしくね、フィズちゃん!


「俺ともよろしくしてくれ、レディ・ベル」

「がぶがぶっ!」


 もちのろんよ。

 よろしく頼むぜ、マイフレンド・クロンダイク!



 ――こうして私はこの世界での名前を手に入れた。

 しかも頼りになる友達が、二人もセットで。


 これって、新生活としては幸先が良いと思わない?

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