第10話 アライヴァル! 長い道のりだった。


 コウモリにしろ狼にしろ、フィズちゃんとクロンダイク、それぞれに懐いてくれたらしい。もちろん私にも。

 どうやら、友達を守ってという命令がこういう形で、実行されているようである。


 ちなみにコウモリの方にはフィズちゃんがシャラランと名付けた。

 空を飛ぶときに、翼がシャラシャラと音を立てるから、だそうだ。


 狼の方は、クロンダイクがソリティアと名付けた。

 ……クロンダイクのペットの名前がソリティアって……と思わなくもないけど、この感覚は転生者である私独特のモノなんだろう。


 地球人出身でも、実は特に何も感じない人も多い気がするけど。


 いや完全に余談なんだけどさ。

 フルネームがカクテルみたいな名前の領主の癖に、ペットはトランプかよと思わなくもないよって話。

 酒にもトランプにも両方存在してるしね、クロンダイクって。


 なおトランプの方のクロンダイクは、ソリティアって名前でパソコンの初期アプリとして収録されてたりするアレである。厳密にいうとソリティアってクロンダイクだけを指す言葉じゃないんだけど、そこを語ると長いのでパス。それを言い始めるとクロンダイクも……となるので、やっぱりパス。


 カクテルであれゲームであれ、大本を辿れば、ゴールドラッシュ時代に有名な鉱山の名前が由来なんじゃなかったかな? カナダのユーコン準州あたりの。 

 ところでユーコンって地名を聞くと、川下りを思い出すよね。地獄の六日間的な。私だけ?


 閑話休題それはさておき



 途中、あれこれトラブル――というかなんというか――はあったけど、無事に街までたどり着いた一行なのであった。


 ……いや、ほんとここまでの道のり長かった気がするわ~……。


 高い外壁に囲まれた街。

 門から覗く町並みをみるだけでも、かなり賑わってるようで。


 日が傾いてきているからか、出入りは疎らみたいだけど、私を見た門の周辺にいる人たちはみんなギョと目を剥いている。


 うーん……分かってはいたけど、こういう反応されると、ちょっと傷つく。


 ともあれ、クロンダイクとフィズちゃんの後ろについて、門のところまでやってくる。

 すると、こちら――というかクロンダイクを見るなり、兵士の一人が駆け寄ってきた。


「クロンダイク様ッ!? また抜け出されていたんですか……」


 おい領主。またとか言われてるけど、お前常習犯かよ。


「悪いな。ところで、こいつらも一緒にいいか?」


 そういって、自分の肩に捕まってる子狼ソリティアと、フィズちゃんの肩にいるコウモリのシャララン、そして最後に私を示した。


「ま、魔獣……ッ!? ですか……?」

「まぁ……魔獣は魔獣なんだがなぁ……」


 少し返答に悩んでから、クロンダイクは爽やかに答える。


「色々あって懐かれた。

 主にこっちのリトルレディが、だけどな」

「懐かれた……ですか?」

「人を襲うような魔獣じゃないのは俺が確認してある。

 とりあえずこれから探索者シーカーズギルドの方に出向いて、隷獣れいじゅう登録してもらうつもりだ」


 兵士さんは困ったようにこちらを見るので、私はペコリとお辞儀する。

 

「ちなみにこっちのタベルンモドキは人の言葉を高水準で理解している。

 こっちのちっこいの二匹も、タベルンモドキほどじゃあないが、理解できているみたいだし、大丈夫さ」


 めっちゃ悩んでる。兵士さんがめっちゃ困ってる。

 答えあぐねている兵士さんだけど、そんな彼を見ながらクロンダイクは苦笑しながら告げた。


「大丈夫だよ。責任は俺が取るからさ」

「……わかりました」


 領主自ら責任を取るとまで言われちゃうと、門番をやってる兵士さんだとそれ以上は食い下がれないよね。


「悪いな。悪いついでに、屋敷うちへ先触れを出しておいてくれ。

 たぶんこっちのリトルウルフだけは、俺が連れて帰ると思うからな」

「かしこまりました」


 そうして、あっさりと門を通れるのでした。


 ……お約束的にはここで一悶着あるんだけど、パーティリーダーが領主だとスムーズだな。

 私みたいな魔獣がいても、あっさりと街へ入れちゃったよ。




 さぁさぁ、クリングの街に入りました。


 地面は綺麗に整備された石畳。

 門から入って広がっているのは、商店や宿屋が多いのかな。

 会話は出来るのに文字が読めないから、何のお店かちゃんと分からないけど。なので雰囲気で判断。だいたいあってるはず。


 建物の様式も、結構近代的な西洋建築っぽいの。厳密には地球と同じじゃなくてこの世界独自のなんだろうけどね。


 二階建て、三階建てみたいなのはもちろん、脇道辺りを覗くと二階建てアパートとかもあるっぽい。


 街の人たちを見ると、服装は全体的にやっぱり西部劇っぽい感じ。

 ぽいっていうのも、私がそこまで西部劇を知らないから。でも、なんかぼんやりとそういうイメージにある服装に近い感じ。


 そんな中に、剣や槍、斧といったファンタジーな装備をしている人たちが混じっている。

 全身鎧フルプレート装備はいないみたいだけど、軽鎧的なのを着ている人はいるかな。


 ちょっと気になったのは、ハンドガンっぽいものや、ショットガンっぽいものに、銃剣バイアネットを装備している人がいたことだ。

 地球のソレとは構造や仕組みなどが違うんだろうけど、武装として銃はそれほど珍しいモノじゃないのかね?

 あ、弓使いっぽい人もいる。弓もあるけど、廃れることなく、銃と共存できているのかな?


 うーむ。興味が尽きない。


 周囲をきょろきょろ見渡しながら、私はフィズちゃんとクロンダイクについていく。


 正門から入って少し歩くと、中央になんかモニュメントっぽいものが建ってる広いところにでた。

 馬車や人が行き交ってるんで、憩いの場っていうよりもロータリーみたいなところだね。


 ここから色んな区画へ通じているらしい。

 私たちが最初に向かうのは、旅人向けの宿場通りなんだってさ。


 そこにある、探索者シーカーズギルドってのが目的地。


 ……それにしても、ギルドとか!

 なんとトキメク素敵なフレーズなのでしょうッ!


 RPGとかファンタジーとか好きなオタクとしては、それだけで不思議と胸が高鳴る言葉だよね!


 それはそれとして、ふつうに歩いているだけで周囲から大注目を浴びてる奴がいるらしいんですよ。

 タベルンモドキ(仮)のベルって稀少魔獣らしいんですけどねッ!


 仕方ないのは分かってる。

 魔獣だもんね。私は。


 うーん……ダメージはそこまででもないけど、ちょっと寂しいとは思っちゃうかな。

 ……などと思っていたら、トテトテトテっとフィズちゃんが私の前にやってきて、私の大きなお腹もちもちぽんぽんに抱きついてきた。


「がぶ?」

「何やってるんだ嬢ちゃん?」


 ぎゅーっと私のお腹を抱きしめながら、フィズちゃんは言う。


「何だかベルが寂しそうな目をしてたから。

 わたしがいるよって、大丈夫だよって、抱きつきたかったの」

「がぶぅ」


 もちもちっと沈み込むお腹に抱きついているフィズちゃんの図は、若干お腹に取り込まれているように見えなくもないけど、それはそれとしてその優しさはちゃんと私に伝わった。


「がぶがぶ」


 ありがと――と、フィズちゃんの頭を撫でていると、突然横からぽみゅぽみゅと何かにつつかれて、そちらへと視線を向けた。


「すげー! もちもちしてる!」

「やわらかーい!」


 おや? どこから現れたんだちびっ子たちよ。

 気が付けば私は数人の子供たちに囲まれて、お腹をもにゅもにゅつつかれたり、ぱみょんぱみょんとパンチされたりしていた。


 子供たちはみんなフィズちゃんと同じくらいか、もうちょっと下くらいかな?

 あるいはフィズが年齢の割に小柄な部類なのだとしたら、みんなフィズちゃんよりは年下かもしれない。


 周囲を見渡すと青い顔をしているお母様方が目に入るので、ジェスチャーで、「大丈夫大丈夫気にしないで」とやってみたけど、通じたかな?


「パンチとかしちゃダメだよ! ベルが困ってるから!」

「でも痛がってないじゃん」

「痛くても痛くなくても、人にパンチしちゃダメだよ!

 それに、わたしのお友達だよ! お友達がいじわるされたらイヤだもん!」


 さすがに友達と言われたら引くらしい。

 何ともお子さまらしい基準だ。


「で、でもお前みたいに抱きついてもいいだろ?」


 男の子がそう言うと、フィズちゃんはわたしを見上げた。


「……ええっと、いいかな?」

「がぶ」


 ま、一回ぐらいならね。


「いいって」

「やった!」


 ベルが言うと、男の子は勢いよく私に飛びついてくる。


「うわー! なんかもにゅもにゅしてるー!」


 何だか楽しそうですね。

 私のお腹を楽しんで頂けてるなら幸いですけども。


「おれもやりたーい」

「あたしもー」


 いや、何か増えてくぞ。増殖してくぞ?

 どこから子供たちが集まってきてるんだ?


 抱きつくのはいいけど、さすがにこれ以上足止めされるのもな……。


 私が見守ってくれてるっぽいクロンダイクに視線を向けると、彼は心得たと言わんばかりにパンパンと手を叩いた。


「嬢ちゃん、ベル、遊ぶのはそこまでだ。

 日が暮れる前に探索者ギルドへ行かなきゃならないんだ」

「そうだった!

 ごめんね、みんな。わたしたち、これから領主様とギルドに行かないといけないんだった」


 えーっと不満を言いそうな子供たちの親は電光石火の如く彼らの口を塞ぎに来て、めっちゃペコペコ頭を下げる。


 ……そうだよね。

 クロンダイクって領主だもんね。

 そりゃあ領主も実は一緒でした――って気づけば焦るか。


 まぁみんなもっと早くクロンダイクに気づけよ――と一瞬思ったんだけど、私という超注目存在があって、霞んじゃってたのかな?


 とはいえ、領主様の名前が出て、その姿を確認すれば焦りもするだろう。

 それに、子供たちはふつうにクロンダイク相手に不満を言おうとしてたから、なおさらだったかも。


 クロンダイク本人はそうでなくとも、他の貴族だったらやばいのは間違いないんだろうしね。

 だからこそ、気安いクロンダイク相手だろうと、まだ道理や心得をちゃんと持ててない子供たちには貴族は怖いと刻み込む必要がある。


 それをクロンダイクも理解しているから、母親たちに大仰にうなずくだけで、何も言わない。


 この街に貴族らしい貴族がクロンダイクしかいなかったとしても、他の貴族が街に来ないわけじゃないだろうから、そういうのは大事だろう。


 これもまぁ、貴族って存在が私のイメージ通りだったら……ってことではあるんだけど。


 そうして子供たちと離れ、しばらく歩いたところで――


「人気者だなファンキーモンスター?

 これなら、あんまり不安無く街に受け入れられるんじゃないか?」

「そうだよね。ベルは良い子だもん。みんな怖くないって分かってくれるよね?」

「がぁぶぶがぶがぶがー」


 そうだといいけどねー。


 とはいえ、悪い気分じゃないんだよね。

 幸先の良いことに甘えすぎず、だけど喜びながら、私は二人とともにギルドへと向かう。


 ……と、その時、妙な人影が目に入った。

 かなり距離はある。反対側の通りから建物の隙間を縫ってこちらを見つめているような……。

 黒づくめで、フードを目深に被った……男か、あれ?

 明らかにこっちを見ている――気がする。

 私は確かに注目を浴びちゃってはいるんだけど、あのフードからの視線は驚きや興味よりも、敵意に近いような……。


「ベル?」

「フレンド、どうした?」

「がぶ」


 呼ばれて二人の方へと視線を向けてから、再び黒フードがいたところへ戻すと、その姿はすでにない。


「がぶがぶがぅ」


 何でもない――と、私は告げると、再び歩き出したクロンダイクとフィズちゃんのあとを追うだった。



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