第28話 そのエンカウントは意志疎通が難しい


すみません。予約設定ミスってていつもの時間に投稿されていませんでした。


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「ぶぉ……がぶぇ……」


 もう……ダメぇ……。

 思わず膝を突き、両手で身体を支える体勢になってしまう。


「ベルがへろへろになっちまったね……」

「さすがにこれ以上は可愛そうね」

「続きはまた今度かしら」


 大人三人! のんびりしすぎじゃないのッ!?


「ベル、大丈夫?」

「がぶぅ……がぶがぶ……」


 もうぅ、ダメかも……。


「声に元気がない!」


 あわあわするフィズちゃんを落ち着かせるように、私は立ち上がって彼女の頭に手を乗せた。


 合成失敗で吐き出す時に、どうやら体力を使っているらしくて、すればするほど疲れていく感覚がある。

 加えて、失敗して吐き出すたびに、呪われたベッドとかいうクソマズ物質を食べなきゃいけない精神的疲労もしんどい。


 ベッドを主軸に、聖水、灰、水の思いつく限りの組み合わせをしてみたけどダメだったよ……。


 でも途中で合成技術のレベルが上がってフリー合成の素材を3つまで口にできるようになった。

 なので、お清めアイテムを組み合わせたり、ベリー系を合わせたパターンもいくつかやってみたものの、やっぱりダメ。


 正直、このまま闇雲に試しても無理そうだ――と、私だけでなくみんな感じ始めていたところだ。


 個人的な所感としては、呪われたベッドを解呪するなり、それをベースにした新アイテムに形を変えさせるなりするには、ピースが足りてない感じがする。


 たぶん、ベース商会の取り扱うアイテムだけじゃダメだ。


「ベル?」


 その辺りを伝える為に、私はペンと紙を手にする。

 とりあえず家の絵を描いて、コリンさんを指差してみた。


「……この家の絵はこの家ってコトでいいのかい?」


 マリーさんに問いに、ゆっくりとマリーさんを指で示してから首を傾げた。


「近いけど違う……というコトかしら?」

「あ、わかった! わたしたちの家じゃなくて、ベース商会ってコト?」

「がぶがぶ!」


 正解! と私はフィズちゃんに指を向ける。


 それから、雫の絵、紙の上にのった粉の絵、グラスに入った水の絵を描く。


「んー……聖水と灰ときよめの水かしら?」


 コリンさん正解。

 私はうなずき、それを虫食いリンゴのような円で囲んだ。

 そして虫食い部分を点で描いた丸で囲い、その中にやっぱり点で?マークを描く。


「このマークは、よく分からないモノをさっき示していたものよね?」

「欠けた丸に、点線で描かれた円とマーク……」


 カルミッチェさんとマリーさんがぶつぶつと口にし、コリンさんとフィズちゃんも一緒になって紙を覗き込みながら首を傾げる。


 ダメかな? 通じないかな?

 私がソワソワとしていると、カルミッチェさんが手を打った。


「これ、足りてないってコトね!

 ベース商会をわざわざ描いてくれたってコトも合わせて考えると、たぶん今ここにあるアイテムだけだと、ベッドの解呪するのに必要なモノが足りてないってコトじゃないかしら」

「がぶん、がっぶがぶぶ!」


 いえす、ざっつらいと!


「でもベルはずっと協力してくれてたよ?」

「つまりベルちゃんも、色々試したからこそ、こう感じたってコトではないかしら?」


 フィズちゃんの疑問に、コリンさんが答えてから、確認を取るように視線を向ける。

 私はそれにうなずいた。


「なら、今日はここまでさね」

「そうね。ベルちゃんは、何か心当たりや、試してみたいモノってある?」


 そうだなぁ……。

 私は今しがた書いた灰の絵から線を伸ばして、木の枝と炎の絵を描く。

 確かこの灰って、聖木を聖火で燃やして作るって鑑定結果にあったじゃん?


 聖なる系統のアイテムは試してみる価値があると思うんだよね。

 通じるかなぁ……と思いつつ絵を描いてみたんだけど、カルミッチェさんはすぐに心当たりを思いついたみたいだ。


「なるほど、ホワイトウッドの枝と、蒼天の聖火ね。

 確かにどっちも解呪のチカラを持ってるわ」

「うーん……うちだと素材そのものの取り扱うツテはあまりないわね」

「大丈夫ですよコリンさん。私の行きつけの素材屋さんなら、売り切れててもすぐ仕入れてくれると思います。ちょっと頼んでみますね」

「じゃあお願いしようかしら」


 というワケで今回はお開きということになった。


 ちなみに、店長ことフィズちゃんパパのジンさんは、呪いで苦しんではいるものの、私謹製のポーションを飲んだことで体力などが回復した為、少しは落ち着いているらしい。

 あれ自体は完全に役に立たなかった――というワケではないのでひと安心だ。


「ベル。ギルドまで送っていってあげたいのはやまやまなんだけどさ、あたしは護衛として、ちょいとここに残るよ」


 気になること――まぁあのストーカーだよね。


「がぶがぶ」

「おう」


 私が任せたと言ったのが通じたんだろう。

 マリーさんは、頼もしい笑顔でうなずいた。


「ならベルちゃんは私がギルドに送っていくわ」

「よろしくカーマさん! ベルもまた明日ね!」


 カルミッチェさんの家に飛び込んできた時の泣き顔がすっかり落ち着いて、いつもの笑顔で手を振ってくれるフィズちゃん。可愛いね。


「がっぶが~」


 私も、まったね~と手を振って、カルミッチェさんとベース商会をあとにした。




「それにしても――」


 ギルドへ向かって歩きながら、お別れの時は笑顔だったカルミッチェさんが少しばかりシリアスな顔をする。


 たぶんだけど、ベース親子の前では敢えて口にしなかった話がしたいんだろう。


「ちょっと強力すぎる呪いよね。

 素人の仕業とは思えない。あるいは、素人の仕業だったとしたら、よっぽどその才能に溢れてるとかじゃないと説明がつかないわ」


 それは私も思ってた。

 この世界についてまだまだ詳しくはないけれど、市販されている一般的な解呪手段が通用しないような呪いなんて、そうそうあってたまるもんかって話だ。


 などと思っていると、すれ違う子供たちが私の名前を呼んで手を振ってくる。


「ベルだー!」

「ベル、またお腹もにゅもにゅさせて~」

「ベルちゃん、ばいばーい」

「ベル~! こんどあそぼー!」

「わたしもベルとあそびたい~!」


 なんかすっかり私の存在広まってない? 主にちびっこたちの間で。

 まぁ手を振り返すと、嬉しそうにみんな笑うから、悪くない気分だけどさ。


「ふふっ、本当に子供たちから人気ね」

「がぶがぶがー」


 ほんとにねー。


 などとやっていると、黒いローブに身を包んだ――全身で「自分怪しいですから!」と叫んでいるような男が私とカルミッチェさんの前に現れる。


 警戒していたストーカーさんですやん。


 フードからこぼれるヨモギ色の長い前髪を揺らし、ちょっと濁った感じのクリーム色の瞳で私を睨む。


「お、おお、お前ッ! 何で魔獣が街を歩いているッ!」


 そしてキョドった様子で指を差してきながら、ストーカーさんが叫んできた。

 言いがかりのような言葉に、私とカルミッチェさんは思わず顔を見合わせる。


「この子、隷獣ですよ。

 ギルドから正式に連れ歩く許可を貰っているのだけれど」


 告げて、カルミッチェさんは私の首に掛かっているメダルを示す。


 そう。私は首から隷獣を証明するメダルを下げている。そして横にカルミッチェさんが歩いている。


 この状況を客観的に見ればカルミッチェさんが、私のご主人様テイマーだ。


 つまり「隷獣ですが、何か?」以外の言葉が不要。

 そう見えるからこそ、周囲の人たちも必要以上に騒がない。


 一瞬ギョっとするけど、首から隷従メダルを下げているのを確認して、みんな安堵しながら日常に戻る。

 そうでなくても、子供たちが私の姿を見るなり名前を呼んで手を振るんだ。

 周囲の人たちから見れば、怖い魔獣という印象は薄れるだろう。


 言いがかりをつけるにしても、正直なところ私を相手にするのは問題外。


 だけど、相手はどうやらふつうではないようで……。


「う、うるさいッ! 凶悪な魔獣であるに違いないんだッ!」


 いやー……ダメだこれ。人の話を聞かない上に、思いこみで突っ走るタイプだぞコイツ。


 カルミッチェさんも困ってるじゃないか。

 どうしたもんかねぇ……。


「お、お前はこのオレ……サブン・パスアティスが倒すんだ……!

 そうすれば、そうだ。そうすれば、きっとあの人は、オレを認めてくれる……! オレと結婚してくれる、はずなんだ!」


 私とカルミッチェさんは揃って胡乱うろんげに目をすがめめた。

 どういう流れで『あの人』とやらが認めてくれるんですかね?


 フィズちゃんかコリンさんか、はたまた別の誰のことを言っているのかわからない。

 だけど、子供たちに人気の隷獣を倒してきたオレを褒めてとか言ったところで、どう考えても何言ってんだコイツとしか反応されないと思うけど。


「サブン……サブン?

 もしかして、無駄口のサブン?」


 私の横でカルミッチェさんがぶつぶつ言っている。

 そっかー……こいつが時々耳にした無駄口くんか。


 余計な口を叩いてばかりだからそう呼ばれているのかと思ってたけど、本物を見た印象としては、マジで無駄なことしか口にしないからなのでは……? と思ってしまう私であった。


 それはそうと、どうしたもんかなー……。

 ぶちのめすのは簡単だけど、それってカルミッチェさんとかフィズちゃんとかの迷惑にならないかな?


 コイツの身分が貴族とかだったりすると、余計拗れるだろうしな。

 探索者ギルドで有名なら、探索者かもしれないけど、クロンダイクみたいなお忍び探索者もいるわけだし……。


 そんなことを思っていると、いつの間にか近づいてきていた男の子が、ストーカー改めサブンに話しかけた。


「ねぇねぇ、おにいさん」

「ああん?」


 サブンは不機嫌に睨みつけるも、男の子は気にした様子はない。

 この子……鈍いにしろ、意に介してないにしろ、大物の素質ない?


「ベルはよい魔獣だよ? いっしょにあそんでくれたもん。

 だからたおさなくていいし、たおしちゃダメだよ?」


 純粋無垢な眼差し。

 本当に、私のことを友達かなにかだと思ってて、サブンに対しても話せば分かってくれると思っている。


「うるせぇんだよッ!!」


 だけど――大人が誰も彼もがそんな子供の思いを理解して受け止められるワケではない。


 サブンが、子供に向けて乱暴に足を振り上げる。

 型とか何にもない。ただ下から上へつま先を振り上げるような蹴り。

 だけど、子供からしてみれば脅威だろう凶悪な攻撃。


 私はサブンと男の子の間に素早く入ると、それをお腹で受け止めた。

 ぽよよんストマックの弾力で衝撃が軽く反射され、サブンは尻餅を付く。


「お前ッ、クソ魔獣ッ!! 何しやがるッ!!」


 それはこっちのセリフだし、私は何もしてねーっつぅのッッ!!


「がぶ」


 私がカルミッチェさんに視線を向けて小さく鳴くと、それだけで彼女は理解してくれたらしい。

 男の子を抱えると、周囲を見回し母親だと思われる人のところへと連れて行く。


 それにしてもこいつ、容赦なく蹴り飛ばそうとしやがった!

 動きは格闘馴れしてない感じではあるけど、子供相手に躊躇いがないとかヤバすぎるだろ。


 ヤクザとかマフィアだって子供には多少手心加えるぞ。

 それに、サブンは見た目や言動からして殺し屋とか犯罪常習者って感じでもない。


 だっていうのに、躊躇いなく子供を蹴り飛ばせる。

 それって相当ヤバい奴だろ。


 ストーカーって時点でやばいけど、こいつは輪をかけてやばいストーカーだ。


 私がサブンに対する認識を改めて、尻餅をついたままの彼が手を掲げて言葉を紡ぐ。

 目は血走っていて正気じゃなさそうだけど、そんなことより、その掲げた手にチカラが集まっているのが何となく分かって、私は胸中で青ざめる。


「闇の記憶、小さき想い出」


 おいおいおいおいおいおいおいッ! おいッ!!

 初めて聞く言葉だけど、それが何を意味するかくらいは分かるッ!

 どう考えても、魔法――魔想術ブレスって言ったっけか?――の詠唱だろそれッ!!


「その息吹、飛礫つぶてとなりて、我が前にいる敵を討て!」


 言葉が紡がれるごとに、掲げた手の中にチカラが集まり黒い球が大きくなっていく。


 街の中だぞッ! 周囲にはギャラリーも通行人もいるんだぞッ!


飛闇球弾イービル・ブリットッ!」


 そして、最後の言葉とともにソフトボールくらいの大きさになった闇色の球が私めがけて放たれる。


 どんな術かは分からない。だけど攻撃系なのは間違いないッ!

 周囲の被害を想定すると、躱すことはできないしッ!

 だからッ、私は自分の防御力の高さを信じて防御するッ!!


 両腕をクロスして受け止めた。

 着弾と同時に炸裂して衝撃波が暴れたけど、大丈夫問題ない。

 ちょっと痛いくらいで、ダメージはそれほどでもなかった。


 だけどこれ、一般人が喰らったら間違いなく大怪我レベルの威力だってのだけは分かる。


「クソッ! 今ので終われよッ!

 デブで間抜けヅラしてんだからッ、そのくらい気を使えよッ!!」

「がぶがァ、がぶェ……?」


 なんだァ、テメェ……?


 意味の分からない因縁をつけてきて。

 子供に容赦なく蹴りをかまし。

 いきなり魔想術ブレスをぶっ放してきて。

 受け止めたら意味の分からないことを言ってくる。


 さすがにこれ以上は付き合いきれん。


 私は思わず殺気を込めて睨みつけた。


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