第29話 クレイジー相手に助っ人はありがたい


 ヤロー! ぶっとばしてやるッ!

 私が気合いを入れたところで、第三者の声が割って入ってくる。


「あれ? ベルだっけ?」


 おや? どちらさまで?

 私がその女性の声のした方向へと視線を向けると、見覚えのある探索者シーカーのパーティがいた。


 神速なる猫ラピーデ・キャッツじゃん。

 タイミングが良いんだか悪いんだか。


 声を掛けてきたのは、ピンクの髪の美少女ピーニャちゃん。

 清楚な雰囲気なのに結構大胆な服装のガンナー……いやガジェッティアだっけ? やっぱりガジェッティアっていうのがよく分からないんだけど。


魔想術ブレスの残滓……? ベル、お前が使ったの?」


 目をすがめながら訊ねてくるのは、風と氷のブレシアスを名乗っていた女の子だ。名前は確かサンディちゃんだっけ?

 本職だけあってそういう気配に敏感なのかもね。


 なので私は誤解なきよう、アゴで目の前のバカを示してみる。


「ど、同業者か!

 駆け出しみたいな雑魚でも探索者なら協力しろ!

 こいつは、凶悪な魔獣だぞッ!」

「いや隷獣だろ。メダルも付けてる」


 興奮し唾を飛ばしながら叫ぶサブンに対して、冷静にツッコミを入れるのは斥候デライドくん。


「そもそも、人にモノを頼む態度として最悪だよな」


 続くツッコミを入れたのはタンク役の重戦士コンクラーベくんだ。

 全くもってその通りすぎて、私はそれを聞きながらうんうんとうなずく。


「キチンとギルド登録された隷獣を意味もなく傷つける行為は、違反ですよ?」


 続けてピーニャちゃんが真面目な感じでそう告げるものの、サブンは怒ったように声を荒らげた。


「意味ならあるッ!

 ベース商会に出入りしてたんだぞッ、魔獣がッ!」

「サラトガ、隷獣って店に入れちゃいけないのか?」


 コンクラーベくんに問われて、リーダーのサラトガくんは首を傾げてからデライド君へと視線を向けた。


「どうなんだ?」

「店や取扱商材にもよるだろうが、基本的に店側が許可していれば問題ないはずだ」


 デライドくんの言葉に、サラトガくんとコンクラーベくんだけでなく、ピーニャちゃんやサンディちゃん。それどころかカルミッチェさんに加えて、逃げてないギャラリーたちすら、胡散臭いモノを見るような目になった。


 それから、サラトガくんが私を見る。


「ところでデブドラゴン。お前の腕、ちょっと傷ついてるみたいだけど、それ何だ?」

「がぶ」


 そいつの魔想術――っていう言葉が伝わってくれればいいんだけど。

 そんな心配は杞憂だったようで、竜神になって調子乗ってたサラトガくんの様子とは違う、頼りがいありそうなナイスガイフェイスで、サブンを鋭く睨む。


 サラトガくんは右手を剣の柄に添える。いつでも抜く体勢だ。


「なるほどなぁ……アンタ、街の中でデブドラの鱗が傷つく程度には高い威力の魔想術をぶっぱなした、と」

「凶悪な魔獣が相手なんだッ! 当たり前だろッ!」


 どうしても凶悪な魔獣扱いしたいサブンが喚くけど、それにカルミッチェさんが被せるように告げた。


「何が当たり前よッ! その前にベルに懐いている子供を蹴り飛ばそうとしたしッ、私とその男の子がその場を離れる前に詠唱はじめていたじゃないの!

 ベルちゃんが居なかったら、怪我では済まなかったし、飛闇球弾イービル・ブリットなんてベルちゃん以外に当たってたらもっと大事になってたわよッ!」


 術の名前を口にしたのはわざとかな?

 あと、わざわざサブンの行いを告げたのも、神速なる猫ラピーデ・キャッツを含め、あとから増えたギャラリーへと説明を兼ねているんだと思う。

 怒ったようにまなじりを吊り上げているけど、あれもポーズな感じするなぁカルミッチェさん。


 たぶん、根っこは超冷静。

 私の知名度と株を上げつつ、サブンを糾弾するのが目的だ。


 ピンチをチャンスに――じゃないけれど、状況の使い方とか利用の仕方みたいなのを良く知ってるんだろうなぁ……。


「コン」

「ああ」


 サラトガくんが短くコンクラーベくんの名前を呼ぶ。

 それだけで彼が言いたいことを理解したのか、背負っていた大盾を構えて前に出る。


「な、なんだよ……ッ!」


 コンクラーベくんも盾も大きいから、構えるだけで結構な威圧感が出るね。


「お前がまた魔想術を使った時、即座に対応したいからな。

 ガキを蹴ろうとしたって話も頂けない」

「お……お前らッ! シ、探索者同士の戦闘は……街中ではッ、基本的に禁止だろうが……ッ!」

「がぶが……がぶがぶがッ!」


 こいつ……どの口でッ!

 私がイラっとして叫ぶと、いつの間にか横に来ていたデライドくんが私を制した。


「確かにお前の言うとおりだ。だが例外もある。

 犯罪を犯した探索者や、無闇にチカラを振りかざして暴れる探索者を止める場合だ」


 デライドくんがそう告げると、サラトガくんが剣を抜き放ち、ピーニャちゃんも腰に下げていたリボルバーを抜く。

 ピーニャちゃんの銃、色は白銀だし金色の刺繍のような装飾が綺麗な銃だね。銃身がちょっと短めで、取り回しやすそう。なんていうか彼女の為の銃って感じ。ワンオフかな?


「オレがッ、その対象だとでもッ、言うのかッ!!」


 そう叫ぶと、サブンは頭をがしがしとかきむしる。


「どいつもッ、こいつもッ、オレをバカにしやがってッ!

 何で誰もッ、オレの言うコトに耳を貸さないッ! 話を聞かねぇんだッ!

 みんな同じだッ! オレを追い出したパーティ連中とッ!

 一方的にッ、よってたかってッ! オレをバカにしやがってッ!!」


 そりゃその性格なら追放されても不思議じゃないだろ。

 追放モノの主人公はだいたい性格良いか能力が高いかって感じだけど、こいつの場合、純粋にコイツ自身の自業自得で追い出されてんじゃねーの?


 私の独断と偏見で断言するッ!

 コイツは追放されて捻れたタイプじゃなくて、最初からこういう奴だったと!


「だから見せてやるッ! バカにしてくるお前らにッ、オレの本当のチカラッ!」


 む。なんか嫌な気配がしはじめた。


「怨念の抱える想い出よッ! 妄執の息吹と記憶をここに! 強き想念に惹かれ、苦痛を示せッ!」

「全く知らない詠唱ッ!?」

「闇属性……いえ、もしかして呪術ッ!?」


 叫ぶように紡がれる言葉に、サンディちゃんとカルミッチェさんが驚いたような声を上げる。


強念呪痛転カーレスオブペインッ!」

「きゃッ!?」


 瞬間、ピーニャが小さな悲鳴をあげて、構えていた銃を手放した。

 いやピーニャちゃんだけじゃない。周辺複数から悲鳴が聞こえてくる。


 何が起きたッ!?

 結構な広範囲に術が広がったように見えたけど……。


「ピーニャ!?」

「大丈夫、急に右手が痛くなっただけ」


 私は彼女が落とした銃を見ると、白く清らかな印象の銃が、黒く禍々しい色に染まっていくのに気づく。


「わたしの銃が、黒くなって……ッ!?」


 慌てて拾おうとするピーニャちゃんより先に、私は舌を伸ばしてそれを回収すると、勢いのままごっくんした。


「がぶえぇ……」


 おええええ……まっずい。

 やっぱ呪われたアイテムって、味が最悪だ。


「ベ、ベル……それ、師匠からもらった大切なモノだから……」


 驚いた様子のピーニャを無視して、私はサブンを睨む。


「がぶがぶが」


 それから、一瞬だけカルミッチェさんを見れば、納得したようにうなずき声を上げる。


「皆さんッ、落としたモノは拾わないでッ!

 呪いをかけられています! 清められる人は清めてから拾ってくださいッ!」

「その通りッ! 今の魔想術は、オレのオリジナルッ!

 呪いの属性ッ! 強い想念の込められた道具に取り付き、それと同等の呪いに変えるモノだッ!」

「がぶがぶ、がぶぶぇ……ッ!!」


 そろそろ、うるせぇ……。


 考えてみたら、とっとと黙らせておけば良かったんだ。

 でも、まぁ……神速たる猫たちのおかげで条件に問題ないなら私がぶっ飛ばしても、誰にも迷惑かけないって分かったんだから、儲けもん。


 我慢して良かったって思うことにする。


 それはそれとして――


 私の脳裏に武想技アーツぎるッ!

 私の右手にチカラが集まり、眩く輝くッ!


 そんな私の様子に気づいたサラトガくんが、叫んだ。


「デブドラッ、責任は俺が取ってやるッ! やれッ!! でも殺すなッ!」


 やっべー! この間ボコボコにしといてなんだけど、今日の君はカッコいいぞッ!!


「がぶいがッ!」


 くらいなッ!

 私は大きく身体を捻り、グッとチカラを込める。


「クソ魔獣がッ! 呪い死んじまえよッ!!」


 詠唱を始めるサブン。

 だけど、遅い。チンタラ唱えてる暇を、この技は与えないッ!!


「がぶぅ!」


 怒龍どりゅう光迅閃尾拳コウジンセンビケンッ!!


 私は弾かれたように地面を蹴る。

 猛スピードでサブンに肉薄する私。

 輝く右手の拳の光が尾のようにたなびき、怒れる一匹の龍の如く。


「がぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 瞬く間に間合いに入ると、右手でサブンの顔面を捕らえる。

 イメージとしてはボディにまっすぐストレートを突き刺す技だ。でも、身長差とかの諸々の条件から、顔にぶつかった。

 まぁ個人的には顔だろうが腹だろうが別に変わらない。


「ぐげぇッ!?」


 私の拳は顔を捉えた程度では止まらない。

 サブンの顔面に拳をめりこませたまま勢いを殺すことなく、しばらくそのまま突き進み、最後に思い切り振り抜いた。


「がぶぉあぁッ!!」


 サブンは地面でバウンドせず、土埃をあげながら石畳をスライドしていく。


 途中で何かにぶつかったんだろう。身体が大きく跳ね、地面にべちゃりと落っこちた後もしばらく慣性で転がり、ようやく止まった。


 ピクピク動いているし、まぁ一応生きてるっしょ。

 サラトガくんに迷惑かけるような結果にはなってないはず。


 それはそれとして……。


「がぁ……がっぶがぶが」

「今のは何を言っているのか分かったわ」

「ああ……すっきりした――だな?」


 爽やかな気持ちで天を仰ぐと、何かそんなやりとりが聞こえてきた。


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