第24話 エマージェンシー? その理由を考えろ


「がぶがぁぶ?」

「ベル……ベルぅ……!」


 呼びかけても、フィズちゃんはわたしのお腹に抱きついて、涙を流しているだけだ。


 どうしたものかと、カルミッチェさんと顔を見合わせていると、ノックと共にマリーさんがやってくる。


「フィズ、来てる?」

「ええ、いるわよ」

「よかった」


 安堵するように息を吐くと、マリーさんは玄関のドアを閉じて、こっちへと歩いてきた。


「頼むからあたしに一言言っておくれよ」

「ごめん……なさい……」

「いいよ。慌てちゃう気持ちも分かるからさ」


 ぽんぽんと、マリーさんは優しくフィズちゃんの頭を叩いてから、顔をあげてわたしたちを見る。


「マリー、何があったの?」


 カルミッチェさんの問いかけに、マリーさんは軽くフィズちゃんを見遣ってから、自分の思考に結論を出したのか小さくうなずいた。


「端的に言っちまえば、ベルから貰った薬は、親父さんに効果がなかったって話だな」

「え?」


 そのことに驚いたのはカルミッチェさんだ。

 

「あの薬、残ってる?」

「いやないけど……重要か?」

「重要よ」


 少しカルミッチェさんに気圧され、マリーさんが後ずさる。

 すると、カルミッチェさんが、ぐるんと音が聞こえそうな勢いでわたしの方へと首を向けた。


「ベル。昨日見せて貰った万能薬っぽい何かって文言の入ったポーション。すぐに作れる?」

「がぶー……?」


 問われて、わたしは脳裏に混ぜモノメニューを開いた。

 一度作ったモノはレシピが分かったはずだ。


 えーっと、ジメリナ草+トニック水晶+鏡面水、か……。

 それなら、材料的には問題ない。


「がっぶー!」


 親指をあげてサムズアップすると、即座に作って欲しいと頼まれるので、それにうなずく。


 それから、フィズちゃんには申し訳ないんだけど、離れて貰って……。


「ベルぅ……」


 ぐ……! フィズちゃんが、涙目に、上目使いに……!

 ちょっと負けそうになるけど、わたしは彼女の頭を撫でることで何とか堪えて、お腹の中で合成を開始する。


 本日二留めのエクスタシー!

 おひょー! ってなテンションで頭から湯気をしゅぽー! からのチ~ン!


 あっという間にできあがり。


「がぶ」

「ありがとう、ベルちゃん」


 完成したジメリナポーションSPスーパーパワーをじーっと見つめるカルミッチェさん。恐らくは鑑定しているだろう。


「このポーションの効能は、肉体異常解消、精神異常解消、呪魂じゅこん異常解消――それのどれも、効力は大なのは間違いないわ」

「おいおい。それで治らないってなぁ、どういうコトだ?」


 効果に驚きつつも、それ以上に治らないことに驚くマリーさん。


「呪魂異常も含まれているから、呪いにだって効果があるはずだよね?」

「ええ。おおよそ、想定されるべき呪いに関しては、ほとんど解消できるはず」


 んー……ほとんど、ねぇ……。


「がぶがぶが、がぶぶ?」


 例外は、あるの?


「どうしたのベルちゃん?」


 あー……。

 どうしよう。伝える手段が思いつかない。


 わたしは、とりあえずペンを手に取って、紙にジメリナポーションの瓶を描く。

 そこに、ドクロマーク、泡、ハート印の三つを描き、そこへ矢印を向けると、○で囲んだ。


「えーっと、ジメリナポーションの対象ってコトでいいのかしら?」


 カルミッチェさんの確認にわたしはうなずき、続けて瓶の絵から、もう一本の矢印を伸ばすと、○で囲んだものを避けて線を伸ばし、その先に×を書く。


 その×を示しながら首を傾げる仕草を見せる。


 ……伝われ、伝われ……!


「効果の、外……。

 効かないモノって、何があるの……? ってコト?」


 そこへ、答えを出してくれたのは救世主フィズちゃん。

 泣きはらして真っ赤な目を擦りながら、正解を口にしてくれた。


「そうねぇ……。

 まず前提として、このポーションが解消してくれる三つの異常をひっくるめて状態異常と呼ばれているわ。

 そして、このポーションはその状態異常のほとんどを治すだけのチカラを秘めている。

 ここまではいいかしら?」 


 コクコク――と、わたしがうなずくと、それを確認したカルミッチェさんは話を進める。


「だからこそ、このポーションが治せないのは、そこに含まれない異常となるわ。

 その筆頭が病気ね。

 ただの軽い風邪であっても、このポーションじゃあ治せないわ」


 なら、フィズちゃんのお父さんも何らかの病気の可能性があるのでは……? ってことになりそうだけど……。


「次に、呪魂異常に含まれない呪いね。

 これはちょっと、呪魂異常に関する説明も必要になっちゃうと思うんだけど……」


 構わないぜ! というジェスチャーが果たして通じたのかは分からない。だけど、カルミッチェさんは説明をしてくれるようだ。


「呪いは基本的に呪魂異常と呼ばれる現象を引き起こすわ。発生源も効果は様々だし、解呪方法も様々。

 だけど、それらは全て呪魂異常と呼ばれる範囲に収まったモノ。それであれば、このポーションのように呪魂異常に含むもの全てを対象とする解呪方法が通用する。それが一般的に呪いと呼ばれるものね」


 ここまで良いか――とでも言うように、カルミッチェさんは説明を区切る。

 それに対して私はうなずくと、先を促した。


「呪いの中には、今言った呪魂異常に含まれない呪いが存在するの。

 例えば凶悪な魔獣や、禁忌指定された想魔術ブレスの中には、そういう呪いを使うモノが存在するらしいわ。

 その手の特殊な呪いを、邪想異常と呼ぶそうだけど、お目にかかったコトはないわね」


 実際はもっと複雑なんだろうけれど、カルミッチェさんはかなり噛み砕いて教えてくれた。


 そうなると、わたしのジメリナポーションで回復しない以上は、フィズちゃんのお父さんは、病気が邪想異常のどちらかになるんだろう。


 単純に考えれば病気だ。

 凶悪な魔獣や、禁忌指定された想魔術ブレスによる邪想異常が、簡単に発生するとは思えない。


 だけど――


 わたしが真っ直ぐにカルミッチェさんを見ると、彼女は小さくうなずいた。


「病気の可能性は低いわ。

 わたしに、お医者様。治癒術師……そういった人たちが何度も看てるのに、症状が判明しなかったんだもの」


 そうだろうね。

 単純に病気だったら、もうちょっと手は打てたはずだ。

 もしかしたら未知の病気や、解明されきってない病気の可能性はあるけれど……。


 だけど、お医者さんが看てるんだ。

 その人がよほどのヤブでもない限り、未知なら未知だと判断することだろう。


 それが無いということは――


「魔獣の仕業ってコトかい?」

「禁術を使える魔想術士ブレシアスが関わっている可能性だってあるわ」


 消去法でいけば、マリーさんと、カルミッチェさん、それぞれの可能性しか残されていないように思えるけど……。


 それを聞きながら、わたしは色々と考えていると、横からフィズちゃんが不安そうに訊ねてきた。


「お父さん……助からない、の……?」


 しまった。

 ちょいと、推測に熱が入りすぎてたかな。

 あんまフィズちゃんに聞かせるべき話じゃなかったかも……。


「いえ、むしろ分かりやすくなったかもしれないわよ」


 わたしが胸の裡で失敗したと考えていると、カルミッチェさんがフォローをしてくれた。


 その言葉に、フィズちゃんも予想外だったのか、目を瞬く。


「え?」

「邪想異常は、発生源をつぶせば解決するモノが多いらしいのよ」


 カルミッチェさんが告げるそれは、なるほど確かにわかりやすい。

 マリーさんの顔も明るく――いや凶悪な笑みになった。


「魔獣か術者を潰せばいいってんなら、わかりやすいさね」

「あとは邪想異常そのものを解消できる何かが作れるか、ね」


 うーん……。

 レアな状態異常の解消法なんて、パッと分かるわけもなさそうだし、直接元凶潰すのが一番手っ取り早そうだ。


「解消できる道具を作るよりも、元凶を潰した方が早いとは思うけど」


 ただ、手っ取り早いといっても問題はあるんだよねぇ……。


「問題は、元凶が何で、どこに存在しているか……よ」


 それなー。

 動機の面から推察できればいいんだけど……。


 って……! ちょっと、待った!

 そもそも――そもそもだ。まだ邪想異常と決まったワケじゃないじゃん。


 ついつい、邪想であること前提にして考えちゃってたけどさッ!


 カルミッチェさんにはフィズちゃんのお父さんを鑑定してもらうべきかもしれない。

 もうすでにしているだろうけど、改めてもう一回して欲しい。

 何より、ルオナポーションに対して強く鑑定を掛けると読みとれる情報が増えるっぽいこと言ってたし!


 もしかしたら、通常の鑑定では見えないなにかがあるかもしれないんだよね。

 ふつうの症状だったらそれで鑑定できたかもしれないけど、今の例に挙がった症状だと怪しいぞ。


 わたしは、ベッドの絵を書いて指を差す。

 ちなみに人間を描くのは苦手なので省略した。


「どうしたのベル? ベッドの絵……? お父さんのベッド?」


 お父さんのベッドというよりお父さん本人のつもりだったんだけど、まぁ多少ニュアンス違ってもそれでいいや。


 それから、カルミッチェさんのメガネを示す。


「メガネ……ああ! 鑑定ね。でも、ジンさんのベッドを鑑定するの?」


 ……いや、そうじゃなくて……。


 わたしは、ルオナポーションの方を示した。

 そしてさっき合成を説明するのに書いた縦線と横線を指差して、もう一度メガネを示す。


「さっきのレシピ? でもレシピがわかっても私にそれは……。

 それにベッドとレシピにどういう関係が……」


 違う。レシピじゃなくて!

 レシピを読みとる為にやったヤツだよ!


 カルミッチェさんのメガネを指さして、そこからビームが出ているかのような仕草を人差し指でやる。


「???」


 だけど、三人とも顔の周囲に?マークが浮かんでしまった。

 それでもわたしはメゲずに、今度はメガネから出る指ビームの数を三本にして、もう一度同じことをする。


「メガネから飛び出す指。それが増える?」

「うー……ごめんね、ベル。わかんない……」

「増える……増加……増強……レシピ……」


 あ、出そう!

 カルミッチェさんがもうちょっとで答えを出してくれそう!


「強い鑑定……そうか! わかったわベルちゃん!

 これまでよりも強い鑑定をしてみたらどうかってコトね!」


 よっしゃー!


「強い鑑定をすれば分かる情報が増えるかもしれない……。

 確かにそうね。最初の鑑定や、後に続くお医者さんたちの見立てで異常がなかったから、意識から外してたわ。

 ふつうの病気や状態異常なら、通常の鑑定で事足りるはずだったから」


 やっぱりそうか。

 とにかく伝わって良かった。


「それにベッドは盲点だったわ」


 あれ?


「強い鑑定で症状が見あたらない場合、呪われているのは本人じゃないかもしれないものね」


 んん?


「何らかの方法でベッドや机、あるいは口にするモノに呪いを掛けてる可能性なんて考えたコトもなかった。

 でも、それで人が体調を崩す可能性は確かにあるわッ!」


 そこまで考えてなかったんだけど……。


「フィズちゃん、もう一度お父さんを診せてもらっていいかしら?」

「うん! お父さん、大丈夫だよね?」

「簡単に大丈夫と言える話ではないけれど……でも、そうね。可能性くらいは見えるかもしれないわ」


 まぁ、上手くいってくれるなら――それでいっか!

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