第41話 グッバイ・シャドウ! お前は喰えない男だった
「サブン・バスアティス」
私からの同情も、もう終了だ。
そう意識すると同時に、私の手の中に白い銃が姿を現した。
ピーニャちゃんが使っていたものだ。
実物は、スーズさんに預けたままになっているはずなので、この場限りの幻影のようかもしれない。
たぶん、私が食べたことがある……あるいは合成したことのあるモノの幻影を作り出せるとかなんかそんな感じだろう。ピーニャちゃんの銃を食べてなかったら、ここで生まれた幻影は、適当な剣や錆びたナイフとかだったんだと思う。
まぁ、武器がなんであれ問題ない。
これが本物であろうとなかろうと、ただ決別を示すだけなら、幻影で充分だ。
「……なんだよッ、なんでオレに狙いを付けてるんだよ……ッ!」
よく見ると、銃を握る私の手は人間のモノだ。
この特殊な空間内では、人間の姿なんだろう。女と呼ばれた気もするから、姿形は前世のモノかもしれない。
だけど、そこも正直どうでもいい。
今の自分の姿がどうかなんてどうでもよくて、私は今――私の意志で
「むしろ、なんでお前は自分が殺されないと思っているんだ?」
「え?」
キョトンと――信じられないくらい無垢な顔で、サブンは首を傾げた。
「自殺して呪いを強化するくらいには覚悟決まってるくせに、自分が殺されるかもしれないコトに無頓着ってどうなんだ?」
本当に、あらゆることが自分だけを主眼にしていて、あらゆることが自分だけでしか考えてないサブンに腹が立ってくる。
こいつにとって自分の死すらも、自分の為でしかないワケだ。
「そもそもからして、お前のワガママで多くの人が傷ついてるんだしな」
「知るかよッ、そいつらが勝手に傷ついているだけだろッ!」
「町中でブレスを使って無関係な奴を巻き込んでおいて何を言ってるんだ?」
「巻き込まれる方が悪いに決まってるだろッ! オレが詠唱してるんだからよッ!!」
「それだよ」
「は?」
「お前のその態度が、お前の世界を嘲笑で満たした」
「なんでだよ。バカが勝手に傷ついているだけだろッ!」
「お前のその態度が、世界がお前への殺意を募らせた」
「勝手なコト言ってんじゃねぇよッ! オレは何もしてないだろッ! 巻き込まれただけの奴が勝手に殺意抱いてるんじゃねーよッ!」
「お前は自分の身勝手を棚にあげ、他者を身勝手と断じ、己を省みなければ、そもそもどうして自分が怒られているのかも、嘲笑されているかも、考える素振りをしなかった」
「当たり前だろッ! オレは何も悪くは――」
タンッ!
思わず、私は弾鉄を引いた。
外したのはわざとだ。ただ潰す気はない。
「黙れ。もういい。もう分かった。お前は喋るな」
とはいえ……。
せめて少しでも反省させてから――とも思ったけど、これは無理だ。
いや……こいつに何を言っても無駄だ。
「お前は私に喰われた」
「は?」
「私は喰ったモノを血肉に出来る」
「何を言って……」
サブンの戸惑いを無視して私は告げる。
「恐らく人間を喰えば、そのステータスやスキルを取り込むコトもできるんだと思う」
実際のところはどうか知らないけど、こういうハッタリは必要だろう。
「そうかよ! なら喜べよッ! 最強の能力を食えたんだッ! クソッタレが!!」
「何を勘違いしてるんだ?」
「は?」
「確かに私はお前を喰ったけど、だからって別にお前を血肉にする気はねぇから」
「え?」
「お前のスキルなんていらねぇよ。
そもそもお前の血肉を一片たりとも取り込みたいとは思わない。
心だけ喰うコトも、魂だけ喰うコトもできそうだけど、それだってしたくない。
お前という存在に関する物質は、一片たりとも体内に取り込みたいとは思わない」
私がキッパリと告げてやると、サブンは青い顔をして訊ねてくる。
「なんだそれは。つまりアレか、オレを取り込む価値がねぇって言いたいのか?」
「取り込むどころか、口にする価値すらなかった。
気分としては汚物を口にした感じだから。スカトロ趣味も食糞趣味もねーんだよ」
あー……はやく口を濯ぎたい。口直しをしたい。
そうやってわざとらしく口と態度に出してやると、サブンは目を見開く。
「何だそれ……何なんだよッ、それはッ!?」
じゃあ、なんだ? お前は何でオレを喰ったんだよッ!!」
「それが手っ取り早く邪想超獣を黙らせられる手段だったから。
よもや喰った感じがこれだとは思わなかったよ。呪いが強いほどクッソ不味い傾向にあったけど、まさかサブン・バスアティス。お前という人間が……今まで食べてきたあらゆる呪いよりも不味いとは思わなかった」
呪いはまだ不味いけど食べ物――で済んでた気がするけど、こいつはマジで食べれないモノだ。
毒物や劇物ではないし、産業廃棄物とかでもない。
ただ、食べる意味も、食べる価値も、食べる理由も、何一つ存在しない無価値な物質。
「は?」
「あんまりさぁ……これから口にする言葉はおおっぴらに言いたくないし、正直なところ口にするのはどうか――って、まぁ躊躇いはあるんだけどさぁ……。
不思議だよね。お前を見てると、そういう躊躇いとか一切が消えていくの」
そう前置いてから、私はその良くない言葉を口にする。
「サブン・バスアティス。
これまでの無駄な人生ご苦労様。その生き様は無意味でしかなかったけどね。そしてこれから迎えるお前の死には、何一つ価値はないときた。だけど、おめでとう。これでキミを苛んだ嘲笑は何一つも聞こえなくなる。良かったね」
心の底からそう告げて、私は改めてピーニャちゃんの銃をサブンの額へとまっすぐ向けた。
「何でだよッ! 何でオレがこんな目にあわなきゃいけないッ!
ボロクソ言われてッ! ワケわかんねぇ女に説教された挙げ句バカにされてッ、殺されなきゃならねぇんだよッ!!」
髪をかきむしり、目を血走らせながら叫ぶサブンに、私は静かに理由を告げる。
「何度も言うぞ。お前はみんなを怒らせた」
そう。その怒りを理解せず、怒る方が悪いと煽ってきた。
「そして何より――」
だけど、私はみんなの怒りの代弁者を気取るつもりはない。
そもそも――
「――お前は私の大事なモノを傷つけた」
私だって、こいつに対して怒りと殺意を抱いているだけだから。
フィズちゃんのお父さんを、クロンダイクの町を――この町に住む人達を、イタズラに傷つけたことは許せない。
「お前はッ、私を怒らせたッ!」
殺気を向ければ、サブンは息を呑む。
「ひっ……!?」
殺人に対して忌避がないと思えば嘘になる。
相手がサブンとは言え、最初こそ食人に関して躊躇いもあった。
だけど、この空間でサブンとやりとりをしてたら、そんなことでもよくなった。
それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど――こいつの態度は私のブレーキを外すに充分なモノだった。
「それじゃあね。
もしもがあるのだとしたら、良き来世を」
「ま、待て……! やめッ……」
そうして、私は弾鉄を引く。
サブンの額に穴が穿たれる。
ブラックホールのなかで、糸の切れた人形のようにくたりと倒れるサブンを見ながら、小さく呟く。
「願えるのなら、その来世は真っ当に」
ここは精神空間のようなもの。
現実にどこまで影響を与えるかはわからない。本当にサブンが死んだかどうかも分からないけれど、不思議とこれで決着だという確信はある。
ブラックホールがしぼんでいく。
中にいるサブン諸共、収縮しながら消えていく。
この空間に広がる星々の瞬きも消えていく。
やがて暗闇に包まれた時、現実の私も目を覚ますことだろう。
ここでの出来事のことを覚えているかどうかは分からないけれど……。
「サブン・バスアティス。
あったかもしない私の可能性のバリエーション」
前世をそのまま生きていて、ストレスに壊れてしまおうものなら、サブンのようなモンスターに変じてしまっていた可能性はゼロじゃない。
チヤホヤしてくれる人たちを求め、大食いで、ゲームで、楽しむことを忘れ、挑戦を忘れ、ファンのありがたみも忘れ……
そんな承認欲求だけのモンスターと化していた未来も、あったかもしれないから。
自己中心的なクソ動画配信者となり、サブンのように世界へとただひたすら毒づくだけの女に成り下がっていた可能性はあったんだ。
この領域でサブンを見ていたら、自分にもこいつのようなクソ野郎の素養はあったんだろうな――と、そんな嫌悪に襲われていた。
だけど……
そう……だけど、それでも――
「追いつめられて化け物になる素養を持っていた
今の私はベル。クラフィティタベルンのベルだッ! 領主クロンダイクのフレンドでッ、フィズちゃんのお友達のベルなんだよッ!!」
誰に聞かせるわけでもなく、だけど……
吐き出すように、叫ぶように――
泣き喚くように、誇るように――
嘆くように、慟哭するように――
宣誓のように、祈りのように――
自分でもどれだか分からない感情を抱いて、私はこの宇宙のような空間の中、咆哮をあげた。
これはきっと決別の言葉。
サブンだけでなく、今なお引きずっている前世の自分への――
「だからッ、私は――もうお前には絶対ならないッ!
サブン・バスアティスッ! 私はお前を捨てていくッ!
私はッ、この世界でッ、魔獣ベルとして生きていくッ!!」
心の奥底からそう叫んだ時、目の前にあったブラックホールは消滅した。周囲に瞬く星々もどんどんとその明かりを消していく。
精神宇宙の私の意識は消えゆく明かりと一緒に落ちていき――
「がぶっ」
そして私は――現実の私は、ゆっくりと目を覚ました。
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