第17話 アビリティ・テスト! ベル、竜神(気取り)に挑む!


 朝の騒動あけてお昼前。

 私は探索者ギルドの施設内にある運動場にいる。


 運動場――というと校庭とか、競技場みたいなイメージがあるかもしれない。

 でもここは、硬い土とそれなりの広さがあるだけの空間だ。そこに華やかさの欠片もなく、無機質で質実剛健のような感じ。

 まぁそれでも、一番近いのを無理矢理あげると、コロシアム?

 見学用にでもなってるのか、外周の少し手前側にフェンスみたいなのがぐるっとあって、その向こう側に申し訳程度のイスはある。


 ――で、何でこんなとこにいるのかというと。


「そんなワケで、ベルには若手たちと対戦をしてもらう」

「がぶっ!」


 ようするに、お仕事だ。


「フィズ嬢ちゃんたちからそれなりに強いと聞いてはいるが、実際のところどうなのかって思ってな」


 ちなみにフィズちゃんは、探索者の初心者講習に出たいと言って、現在ギルドで行っている勉強会に参加中である。


「まあ、こいつら相手だと物足りないかもしれないが、まずは軽く頼む」

「ハーヴェイさん! 何なんですかこれ!」

「ぜんぜん強そうじゃないですよ!」


 ギルマスがニコやかに告げれば、探索者五人組からブーイングが飛んできた。


「いくら腕試しだからってそんな鈍そうなの!」

「誰の隷獣か知りませんが、大怪我させても怒られませんよね?」


 それらの言葉に、ギルマス――ハーヴェイさんという名前らしい――はこれ見よがしに嘆息した。


「お前ら、今の発言の時点でオレからの評価は下がってるからな? 知識不足にもほどがある。知識がないだけなら許せるが、知識がないコトに危機感がないところが、減点対象だ」


 まぁそうだよね。

 私の見た目はタベルンモドキ。だけどシルエットは完全にタベルンだ。


 つまり、タベルンの色違い。

 前世のゲームであれば、色違いやパーツ違いのモンスターが出現したら警戒する。自分が知っているモンスターとは異なる色やパーツをしている奴と言えば、基本的に上位種だからだ。


 私がタベルン種って言われる通り、おそらくはタベルンという系統の魔獣にも多少の色違いやパーツ違いがいるってことだろう。


 そうでなくとも、彼らは私を――タベルン種を知らない。

 ギルマスが言うとおり知識がないのは悪いことじゃないけど、彼らは知識にないことを危険だと思わなかった。それは本当に危うい話だ。


 ダンジョンや秘境を探索するのを生業なりわいとしている職業で、未知を怖がらない、未知に危機感を覚えないのは危険すぎる。


「まぁいい。お前たちは少し待ってろ。

 こいつは人間の言葉をちゃんと理解してくれるんでな。

 お前たちを相手にする上で、やって欲しいコトを指示する」


 ちょっとこっちへ来いと肩を抱くように連れてかれて、小さな声で彼らに関して説明を受けた。


「あいつら、探索者チームの《神速たる猫ラピーデ・キャッツ》て言うんだがな」


 神速たる猫ねぇ……。

 正直、名前負けしてない?


「最近、運良くランダムダンジョンと遭遇し、踏破したんだよ」


 ちなみに、ランダムダンジョンっていうのは、前触れもなく突然発生する迷宮らしい。

 草原とか森とか、とにかくどこであっても、どこからともなく急に洞窟風の入り口として姿を見せ、一定時間たつか攻略されるかすると消滅する不思議な感じのダンジョンだそうで。


 内部を徘徊する魔獣やトラップの危険性も基本的にランダム。

 なにがやばいって――ゲームで例えるなら、始まりの村周辺のフィールドに、ラスダン近辺にでてくるような危険度の魔獣やトラップ満載のダンジョンが出現することもあるんだってさ。


 知らずに入ると、マジでやばいよね、それ。

 やばいよやばいよ! ってとある芸人のセリフが脳裏に過ぎるくらいやばそうだよね。


 そんでまぁ、目の前にいる神速たる猫らが遭遇したのは、危険は危険だけど彼らの実力でも運も含めればギリギリ攻略可能な難易度だったそうで……。


 そして、そんなランダムダンジョンに、彼らは欠員でることなく、極めて順調に攻略完了しちゃったわけだこれが。


「自信を持つのは良いんだがなぁ……オレやスーズならソロでも行ける程度ダンジョンだ。だが奴らにとっては手強いダンジョンだったワケでな」


 え? ギルマスはともかくスーズさんもそんなスゴ腕なのッ!?

 まぁでも言いたいことは分かった。


「奴らの中では、オレやスーズでも手こずるダンジョンになっちまってるらしい」

「がぶぅ……」

「そして、オレやスーズ……その他の上級探索者が何を言っても無駄なくらい、竜神を気取っている」


 竜神を気取る――ああ、前世でいう天狗になってる、みたいな意味か。


「血気盛んで優秀なのは毎度毎度出てくるが、そういう奴らってのは色んな意味で長続きしなくてな……。

 迷神の沼に片足つっこんで……半数が脱出できれば御の字だ。最悪なのは全員が沼の底へ沈んで、迷神の神殿に招かれちまう場合か」


 ふむ。

 迷神の沼に沈む、迷神の神殿に招かれる――文脈的には死ぬってことだろうか。

 そうだろうねぇ……。

 あの程度で調子に乗っちゃうとねぇ……。


 さっきのブーイングだけでも何となくわかるわ。


 血気盛んな生意気盛り。

 あるいは、無理無茶無謀を冒険と言えるお年頃。

 失敗することなんて微塵も考えておらず、全てが成功すると思いこむ。

 命を懸けることに格好良さを見いだし、それでいて本当に命を懸けるとはどういうことかを分かっていない。


 なるほど。青いなー。

 前世の私が物語として見てたとしても、ついつい保護者目線でがんばれよ~って思っちゃいそうな子たちだわね。

 年齢があがってくると、物語の中の少年少女をついつい見守る立場で楽しんじゃったりしちゃわない? 私だけ?


 ともあれ。

 彼らはそんな青さのまま、本人たちにとっては高難易度ダンジョンを欠員なしで大団円。


 それがきっかけで竜神気取り。


 本物のやべぇダンジョンや秘境を知っている探索者からすれば噴飯モノなんだろうけど、それを聞く耳持たなくなってるわけか。

 たぶん、忠告する探索者たちが話を盛って自分たちの天狗っ鼻を折ろうとしているとか思っているのかもね。口うるさいのも、自分たちの成果を妬んでるとかそういう風に感じちゃってるなら、なおマズい。


「それでも無駄口の奴に比べたらかなりマシな竜神なんだが……」


 そういやスーズさんも無駄口野郎とか口走ってたけど、もしかしなくても特定の誰かを示す二つ名やあだ名の類なんだろうか……。

 それにしても無駄口って……。


「まぁともかく。お前さんには、後遺症が残らない範囲でボコって欲しい。

 お前さんも自分の実力を把握したがっているんじゃないかと、クロンダイク様が言っていたしな」

「がぁぶ」


 まぁね。

 そこはクロンダイクが正しい。

 私はまだ、この身体で出来ることと出来ないこととが把握できてないからね。


 戦闘とは無関係なスキルはある程度、調べた――それなら今度は戦闘に関するスキルを調べるのも悪くない。


「だが、最初はあいつらに世界の広さを分からせてやってくれ。

 それが終わったら、オレなり手の空いている探索者なりで、お前さんの実験につきあってやるよ」


 お。そりゃあいいわ。

 色々と教えてもらいたいし、これはギルマスからの依頼ってことで給料も出る。悪くないんじゃないかな。


 私がしっかりとうなずくと、ギルマスもうなずき返してきた。


「よし、話は付いた。

 お前ら、準備はいいか?」


 それじゃあ、連中の鼻ッ柱をへし折りますか。

 いや――天狗じゃなくて竜神だから、その鱗を引っ剥がすの方でいいのかな?


「おれ一人で充分だ」


 そして、リーダー格っぽい青年が前に出てきた。

 その台詞はどっかの祭典格闘ゲームに出てくるビーフジャーキージャンキーなグラサン主人公を思わせるけど、似ているのは台詞だけ。


 青い髪に白い肌。顔は悪くない。ただイマイチ特徴がない顔でもある。

 構える剣はそれなりにサマにはなってるけど、まぁそれなりって感じ?


 多少は鍛えているようだけど、佇まいや雰囲気は、ギルマスにもクロンダイクにも劣るよね。

 スーズさんは今は完全に受付嬢ムーブしてるから、分からないけど。


 んー……しかし、前世でも今世でもロクな戦闘経験がない私でもそこが読めるんだなぁ……と謎の感心がわく。

 あるいは、そういうのが分かるスキルとやらを私は持っているのか。


 まぁ何であれ、相手が天狗になっているのなら、挑発してやるのがいいんでないかしら。


 私は腕を組みながら――腕が短くてちゃんと組めてないけど――大物ムーブをかましてやることにする。


「がぶ、がぶがぶがぁ」


 死を、くれてやろう。


「何言ってるかわかんねぇよッ!」


 あ、やっぱり。

 まあでも、やることは開幕前からレバーを後ろに倒しておくようなことですわ。


「本当に一人でいいのか? サラトガ?」

「当たり前ですよハーヴェイさんッ、こんな弱そうなのに負けませんッ!」

「分かった。それじゃあ始めるぞ」


 試合開始の合図はあるけど、合図の前から必殺技の準備をしちゃいけないとは言われてない。


 そんなワケで――


「勝負――開始ッ!」


 ギルマスのかけ声と共に、私は心のレバーを前に入れてパンチボタンを押した! って、あくまでイメージというかノリの話ね?

 実際に別にそういう入力をしているワケじゃないんだけど……おっと、なんか脳裏にメッセージが過ぎったッ!


太転タイテン旋尾襲センビシュウ


 いぃやっほーぅ!!

 メッセージが出たってことのこのノリの攻撃は必殺技になったってことでしょッ!


「いいか、ギルマスがどうしてもと言うからお前みたいな――」


 テンション高めに身体を丸めながら前方へ向かって飛んでいく。

 投げられたボールのように回転しながら私は勢い良く青年に襲いかかる。


 開始のゴングがなっているのに、ぐだぐだ口上とか隙だらけッ!


「……て、うわああああッ!?」


 咄嗟に剣の腹で私を受け止めるサラトガくん。

 私は反動で斜め上に跳ね戻りながら、丸めていた身体を戻して着地する。


 そこッ! 開幕が悪の総統ムーブなのに出す技は野生児っぽい奴かよとか言わない!

 手を前に伸ばしながらの横スクリュー回転や、ダブル尻尾プレスとかよりもこっちの方がやりやすかっただけなんだから。


 剣の腹で受けたサラトガくんは、それでも私の勢いを殺しきれなかったのか、吹き飛んで尻餅をついている。


「がぶがぶ、がぶがんぶがぶがぶがぶががっぶぶががぶぶが」


 ほらほら、呆然としている暇があったら立たないと。

 私が追撃する気まんまんだったら、あっという間に終わりだよ?


「喋ってる最中に襲ってくるとかズルくねぇか?」


 そんなことに腹を立ててる場合じゃないぞー。


 この手の奴は、瞬殺してもかえって恐怖を感じないだろうからね。

 ギルマスからの要望に答える為にも、もうちょっと余裕を見せておこうか。


 私は、紫魔狼リーラーヴォルフにやったように左手を伸ばしその甲を相手に見せながら、指をクイクイって動かした。


「がぶがぶ! がぶがぶ、がぶっが、ががぶぶががぶがぶがッ!

 がぶぶ、がっぶぶががっぶがぶがッ!」


 ほらほら! わたしが、ペロっと、かたづけてやるからさッ!

 だから、とっとと掛かってきなよッ!


 その動きの意図を理解したのだろう。

 露骨に顔色が変わった。ナメられてると理解してくれて結構結構。


「言っている意味はわかんねぇけどよ……何が言いたいのかは理解したぜ……」


 完全に舐めた動き舐めプでおちょくるだけおちょくった後、何か強そうな技でブチのめしてやるさッ! ……強そうな技を思いつけば。


「ナメんじゃねぇぇぇぇ!」


 サラトガくんがブチギレ顔で剣を構えて地面を蹴った。


 さぁ脳裏に過ぎれッ!

 私が使える、超必殺技ッ!


 ……これで何にも思いつかずに、ただのパンチで決着ついちゃったらカッコ悪いだろッ!!


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