第32話 黒い奴らはアンノウン
73マゼモン本文32
32.黒い奴らはアンノウン
街の複数箇所から戦闘のものと思われる爆発や破壊の音が聞こえてくることに不安を覚えながらも、私とスーズさんは走る。
ギルドへと裏口から飛び込み、そのままカウンターへと向かうと、すでに人が集まっていた。
ギルマスはこちらを一瞥し、ニヤリと笑う。
一方で私のことを知らなかった人たちはちょっとギョッとした様子だ。
でも、そんな驚く人たちを気にせずにギルマスは訊ねてくる。
「ベル。協力してくれるってコトでいいか?」
「がぶ」
即座にうなずけば、ギルマスは良しとうなずき返してきた。
「スーズ。悪いが今回はお前も戦線に加われ。
一線を退いているとはいえ、お前ほどの戦力を受付に配置するのは勿体ない状況だ」
「了解です」
異を唱えずスーズさんは即座に返事をする。
ただそれだけのやりとりなのに、スーズさんがすごい頼もしく見える!
出来る女ッ――って感じがすげぇぜ!
「相手は未知の魔獣複数体。数は不明。
鑑定する為に近寄るのが難しく、スペクタクルズを当てても何故か鑑定結果が得られないので、名称や討伐難易度は不明。
見た目はクモ系に近いが、実際は不定形タイプだろう。
だが物理攻撃は一応通る。クモの形をした煙か霧というのが一番ニュアンスとしては近い。
魔獣のサイズはマチマチ。だがサイズ問わず攻撃手段は足を振り回すか、ジャンプからののし掛かりくらいだから、対応はそう難しくない。だが決して弱くないから油断はするな。
それらの情報を加味して、討伐に必要な最低ランクをプラチナ・サードとする。該当ランク以上のランク保有者、保有チームは討伐にあたれ。
また魔獣は異常に硬く、タフだという報告もある。
指定ランク保有者であっても攻撃を通せる奴やチーム以外は、騎士や警邏と協力して住民の避難誘導などを優先しろ。
逆にそれ以下でも攻撃を通せるのなら、近くの指定ランク保有者たちへ相談をしろ。相談された連中は使えそうならその人材を使いこなせ。だが使い潰すなよ。
なおこの緊急時に実力を勘違いしたバカはいらん。死なれても邪魔だ。何もするな」
ギルマスが最後に言った言葉は、この場にこそいないけどサブンを思い浮かべてるんだろうな……。
あるいは、それに近い思想や行動をする連中への牽制だろう。
それが理解出来れ手入ればアホな行動はしないだろうけど、理解出来てないからアホな行動するんだよな……。
「スーズ。お前は独自に動いていいが、その前にベルをベース商会まで連れていってくれ。
その上で、飼い主の護衛をしているマリーにお前と同じ指示を伝えて欲しい。
ベル、お前は飼い主と合流したら、スーズやマリーの指示に従って動け。もちろん最優先は飼い主でいい」
ギルマスからの指示に私とスーズさんは了解し、すぐに動き出す。
他の人たちへの指示出しはまだ続いているみたいだけど、私たちはそれを最後まで聞く必要はないしね。
そういえば、
すでに街の防衛や避難誘導に当たってるのかもしれない。
だとすると、ピーニャちゃんに銃を渡すタイミングがないな……。
ともあれ、スーズさんと共に裏口から外へと出て、フィズちゃんの家であるベース商会を目指す。
「ベル。フィズちゃんのところ行く前に、わたしの家に寄ってもいい?
現役時代の装備を取ってきたいのよね。せめて靴だけでも」
「がっぶー」
おっけー。
確かにスーズさんはムチこそ携帯してるけど、受付嬢らしいスーツ姿だし、靴もヒール高めの奴だもんね。
戦力的な意味でも、安全性を高める意味でも、装備を調えるのは大事だ。
そんなワケで、スーズさんの誘導で私たちは住宅街の方へと向かっていく。
広場を越え、住宅街にあるスーズさんが暮らしているという二階建てのアパートの辺りまでやってきた時――
とあるアパートの一室から破裂するような音が聞こえてきた。
「あああああああああッ!!」
直後、横にいたスーズさんがムンクの叫びみたいなポーズで絶叫したので、だいたい何が起こったのか分かった。
あの破裂した部屋、ご自宅なんですね……。
いや、そんなことよりもッ!
部屋が壊れた原因はなんだ……?
周囲を見回し、警戒していると上から黒いモノが落ちてくる。
「ぶーぶがんッ!」
悲鳴をあげ放心し掛かってるスーズさんの名前を呼んで、腕を掴んで私は跳び退く。
落ちてきたのは――黒い、魔獣?
クモっぽい、煙や霧に近い不定形……とギルマスは言っていたけど、これは……。
「ご、ごめんベル! 家が突然壊れたから叫んじゃったわ」
こちらへと謝罪を口にしながら、スーズさんはムチを構える。
まぁ家が突然壊れたなら仕方ないよ!
「こいつ……クモと言えばクモだけど……」
うん。スーズさんの言いたいことは分かる。
クモっぽいと言えばクモっぽい。
黒いモヤで作られた足の形状は、長くてM字的で、アシダカ軍曹のそれに近い。
だけど、そもそも足のサイズに対してボディが小さすぎる。
バレーボールくらいの黒いよくわからない塊から、太くて長い六本の足が生えてる感じだ。
アクションゲームとかに出てきたら、下を潜れそうなデザイン。
そうして下から腹を攻撃しないと倒せないような……そんな感じといえば伝わるだろうか……。
「あれ、わたしの部屋から出てきたわよね?」
「がぶ」
見間違えでなければ、そうだ。
その点も謎である。
「とりあえず、放っておくワケにもいかないから退治するとしましょうかッ!」
「がぶッ!」
どこに目があるんだか分からないけど、身体の向きを変え、こちらを見た――気がする。
いや、見てるのはスーズさんかな?
私が訝しんでいると、魔獣は足の全てを曲げてからバネの要領で飛び上がった。
そして足を一点に纏めて六角錐のようにして落下してくる。
身構えるスーズさんを軽く手で制して、私は構えた。
このタイミング、小足を見てから反応するよりも容易いッ!
そう! 脳裏に過ぎる必殺技は当然ッ、
――
地面近くから大きく振り上げながら飛び上がり、その拳で天を貫く――というほどのモノでもないけれど。
元格闘ゲーマーとしては馴染みありまくりのモーションから繰り出すジャンピングアッパーの習得だッ!!
やや引きつけてから繰り出したアッパーは、魔獣が錐のように閉じた足をこじ開け、ボディに直撃する。
拳を叩きつけた衝撃で魔獣はひっくり返ると、そのまま地面に落下――することなく、足の向きが上下入れ替わって綺麗に着地した。
「あくまでクモの足っぽいだけで、生物の構造じゃなさそうね」
「がぶがん」
同感。
クモだったらそのまま背中から地面に落ちてたもの。
それに――
「ベル?」
殴った時の感触が、硬いスポンジ……いやゴムタイヤかな? そういうモノを殴った感じで、衝撃が素直に通った気がしない。
「なるほど。あんまり効かなかったなって感じた?」
「がぶ」
すぐに魔獣が体勢を整えたのを見て、訊ねてくるスーズさんに、私はうなずく。
「タフで硬いって情報と一致するわね。
あんまり一致して欲しい情報ではなかったけど」
言いながら、スーズさんは目を眇める。
タフ過ぎて損はないって言うけれど、そういうのが敵っていうのは厄介なことこの上ない。
「わたしもひと当てしてみますか」
言うや否や、目にも留まらぬ速度でムチが振られ、気が付くと魔獣の足の一つに絡みついていた。
……え? 待って。巻き付くまでの流れがほとんど見えなかったんだけど……ッ!?
「このまま締め潰せたりは……無理そうね」
ならば――と、スーズさんがチカラの込め具合を変えようとした時だ。
ムチの絡みついていた足が突然、霧散した。
「え?」
スーズさんは慌てて伸ばしていたムチを手元に戻す。
直後、霧散した足が生えてくる。
「うわ、面倒くさッ!」
「がぶが」
それな。
つまり、あの足を拘束したところで、霧散して再生するから意味がない。
遭遇したら倒すか逃げるしか選べないというのが厄介すぎる。
しかし、それにしても――
「……んー、わたしのコト狙ってる?」
「がぶん」
そう。明らかにスーズさんをターゲットにしているように見えるんだよね。
スーズさんの部屋から出てきて、スーズさんを狙う魔獣。
意外とスーズさんの部屋から生まれてたりしてね!
……いや待て。
ネタのつもりで考えたことだけど、意外に事実なんじゃ……。
それなら、家を内側から破壊できた理由にもなる。
だとしたら、どうして生まれた?
どうやって生まれた?
スーズさんを狙う理由はなんだ?
そういえば昨日、ピーニャちゃんの銃を鑑定した時、想念が反転して呪いに転じたとかいう表記があったな……。
もしかして――スーズさんに関係する何らかの想念が反転したモノだったりするのか?
ひょっとしなくても、そうだとしたら――この魔獣の正体って進化した呪いなのか?
それなら、中央のバレーボールサイズのボディが何なのか分かってくる。
あそこに、あるってことだろう?
スーズさんが大事にしているモノがさッ!!
なら――
「ちょっとベル!?
止まってないで手伝って欲しいんだけどッ!」
おっと。考え込みすぎて、動きが止まってたか。
でもまぁ、試してみる価値はあるかな。
私は両手をあわせて告げる。
「がぶがぶが」
「え? そのポーズにその鳴き方――食べるの? こんなの食べる気なのベルッ!? 明らかにお腹壊すだけじゃすまないわよッ!!」
そして振り下ろされる足の攻撃を掻い潜り、そのボディへと肉薄し、私は大口を開けた。
足ごとぱっくん。丸飲みごっくん。
スチャっと着地!
……かーらーのー……。
「がぶぇぇぇぇ……」
……嘔吐ッ! そう嘔吐であるッ!!
いや、実際に吐いてるわけじゃないんだけど、そういう苦しさにのたうつ感じ?
それにしてもまぁなんというか……。
風……風が語りかけてくる……ッ!
不味い! 不味すぎるッッ!!!!!
マーズーいーぞぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!
とんでもねぇ不味さだッ! なんて不味さだ!!!
口の中に不味さが納豆の粘つきのようにずっと残りやがる……ッ!!
昨日連続で食べた呪いの不味さの合計値を上回るレベルの不味さを、こいつ一匹から味わえるッ!!
まるで不味さの泥沼が口の中に広がってやがて毒の沼地になっていくかのようだッ!!!
前世と合わせてもここまで不味かったモンを喰ったことねーぞッ!!!
味に、味に体力を奪われるッ!
味覚から脳へ脳から心臓へ心臓から魂へ……不味さの連鎖が止まらないッ!!!!
「がぶぇがぶぇがぶぇ……がばばばばばば……」
おうふ。不味さが限界を超えると目がチカチカして身体が震えるんだな……。寒気すら感じる、ぜ……。新しい世界を知った気分だ。
「ベルッ!? 大丈夫、ベルッ!? だから言ったじゃない!!」
慌てるスーズさんに、大丈夫だとジェスチャーしつつ、私は私のお腹に納まったモノを鑑定する。
【呪われし古びたムチ】
刻印:成長(呪)――刻印効果による成長限界に達している。
使い込まれ、すでにムチとしての性能を失ったしなびたムチ。
スーズ・カンパーリが駆け出し時代、自分の稼いだお金を使って初めてオーダーメイドしたモノ。
ムチとしての価値はすでにないのだが、これに込められた想い出や想念はとても強い。
だが、呪いによって想い出や想念が反転し、手にしたモノを傷つける呪われたムチと化してしまった。それに伴いムチとしての機能を取り戻しているのだが、触れないので意味がない。
また強力だった呪いは何らかの要因によって進化し、邪想異常へと至っている。
邪想効果によって邪想獣となっており、想念の持ち主であるスーズ・カンパーリへと襲いかかる。
想念の対象を喰い殺すことで、その身体を乗っ取ろうという本能を持つ。
あー……やっぱりそういうことか。
想定は正しかった。
そして、なるほど邪想獣。
邪想異常そのものなのね。
でも邪魂異常だろうが、邪想異常だろうが、呪いは呪い。
それなら、色々とあった差し入れの中のモノと組み合わせれば、きっと……。
聖水だけだとちょっと足りないけど……あ、いつの間にか素材合成四ついけるようになってるじゃん!
よしこれなら――呪われたムチ、光輝ナマズのヒゲ、聖水……。
あとは
いくぞー!
邪想と光輝を、Let’sら、まぜまぜッ!!
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