第35話 【クロンダイク】俺はお前を呪いたい(前)

すみません、ちょっとプライベートの都合で遅れました


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 街に邪想獣が出現する少し前――



「はぁ……」


 手元の資料を読みながら、俺は思わず嘆息する。

 正直言って、頭が痛い。


 昨日、ベルに喧嘩を売り返って討ちにあった男。

 今は拘置所で支離滅裂な言い分と、自分は悪くない、悪いのはベルだと叫び続けている。


 コリン女史は自分の妻になるべき女で、今の夫であるジン会頭は邪魔だから呪っただけだとも言っていた。


 とんだクレイジーだと思うぜ。あるいはマッドかもしれないが。


「サブン・パスアティス、理解しがたいな……」


 読んでいる資料というのは、その名を持つ男の情報だ。

 このサブンって男――最近、躍進を続けている探索者シーカーチームの元メンバーらしい。あまりにも似つかわしくなくて、嘘だろフェイクと疑いたくなる程度の実力しかない男だから、困る。


 とはいえ、こいつが飛翔する不死鳥フェニックス・ライズのメンバーだったのは、冗談抜きでマジトゥルーだから頭が痛くもなるというものだ。


 直接会ったことはない探索者シーカーチームだが、結構なお人好し集団らしいと噂で聞く。だからこそ余計にサブンがメンバーだったというのが信じられない。


 こんなのがメンバーだったのに、それなりに調子よくランクを上げていけてたというんだからな。

 あるいは、ある程度のランクになるまでは、まだマシな男だったのか……。


 だがこいつはチームを追放された。

 ギルドでもそれは証明されており、飛翔する不死鳥フェニックス・ライズは公的に通用する書類まで作成してあるときた。


 チームメンバーの増えた減ったは基本的に内輪の話だ。わざわざギルドに通したりとかはしない。

 だが、飛翔する不死鳥フェニックス・ライズは徹底するようにいくつもの書類を作ってギルドに提出している。


『元メンバーであることは認めるが、書類が作成された日付以降のサブンの行いの全てはサブン本人の責任にいよるものであり、我々飛翔する不死鳥フェニックス・ライズは関与しない』


 それら全てを要約すればそんな内容だ。その書類の一つ一つに対して、わざわざメンバー全員が血判を押しているのだから相当だろう。どう考えてもチーム全員がキレてるとしか思えない。


 それはすなわち、チーム全員の総意であり、チーム全員がこの書類の意味を理解しているってことになるからな。


 恐らく――この書類は保険だろう。追放されたサブンが、自分たちのチームを騙って何かを成そうとするのを防ぐ為の。

 その保険が当時のチームの総意だとするなら、やらかしが日常茶飯事だったんじゃないかと推察はできる。


 様々な事情でチームを追放されるってのはレアな話ってワケでもない。

 庶民の間で流行っている娯楽小説やお芝居エンターテインメントの中には、追放から始まる物語だってあるみたいだしな。


 だが、ここまで徹底された追放となると、エピソードのレアリティとしてはかなり高い。

 それこそマイフレンドのレアリティに匹敵するんじゃないかって気がするほどだ。


 もっとも、この書類は表に出ない。

 出てしまえば、サブンは真っ当な生活が出来なくなる恐れがあるからだ。


 なので、サブンは何も知らない別のチームに拾われることとなる。

 本人は拾われたのではなく、加わってやったんだと思っているかもしれないが。


 そのチームは『響き合う楽想隊オルケストル・ライン』。

 ランクはダイヤモンド・ファースト。

 ダイヤモンド帯にいるだけで上級とされるが、さらにその上のマスター帯へとチェックを掛けた優秀なチームだ。


 だが、サブンはここも追い出される。

 斥候の指示を無視して勝手に動き、トラップを発動させた挙げ句、チームメンバーの一人が重傷を負うという結果を引き起こしたそうだ。


 加えてギルドから直接依頼もサブンが独断をやらかしたせいで失敗。ランクを一つ下げ、ダイヤモンド・セカンドに降格した。


 その時、サブンは再び追放されたらしい。


 それから、自分がダイヤモンド帯のチームに所属していたことがあるという謳い文句で、新人たちのチームに入るも、傲慢な振る舞いでチームに亀裂が入り、解散させたり、追放されたりを繰り返したと、資料にはある。


 ……サブン・パスアティス。こいつは疫病神の類か?


 ちなみに追い出された一番の理由は、どのチームであってもこいつの態度だったらしい。やらかしたこと以上に、言動が許せなかったとされている。


「お前らが足を引っ張るから、おれが実力を出し切れなかった。だから失敗した。なのにお前らはおれだけを悪いと言うのか」

「勝手にその女が飛び出してきて勝手に重傷を負った」

「お前らがチンタラしているからおれがやってやろうと思っただけだ。チンタラしてたお前らが悪い」

「おれの指示通りに動けないお前らが悪い」


 ――とまぁ、彼の言い分はだいたいそんな台詞のバリエーションばかりだそうだ。


 なるほど。無駄口のサブンとは良く言ったもんだ。


 実際、今も拘置所でベルや自分を追放した人たちへの恨み言ばかり口にしているらしい。


 しかし、俺にとって頭がいたいのはこいつの言動や行動だけじゃない。

 資料によると闇系の術を得意とする魔想術師ブレシアスらしいが、明らかに呪術を使っている点だ。


 取り調べをした騎士――疲労困憊だったんで、特別手当とか考えてやってもいいかもしれない――によれば、ここ最近使えるようになったユニークスキルらしい。


 ベルだけでなく、ギャラリーにまで被害が出るような呪術を使った理由も、自分の人生にロクな想い出がないのに、どいつもこいつもキラキラした想い出や願いを抱きすぎているのが気にくわなかったかららしい。


 もちろん、サブンというフィルターを通した言い分は別みたいだがな。


「おれに想い出の品を見せつけるのが悪い。

 おれを受け入れないこの街が悪い」


 ――とかなんとか。

 正直、救いがない。


 もしかしたら、探索者シーカーとなる前に、こうなり果てるだけの理由があったのかもしれない。

 だとすれば、同情はしよう。憐れみもしよう。


 だが、罰するに手を緩める気はない。


 俺の領地を気にくわないのは仕方ない。興味や嗜好は人それぞれだ。風土や空気が合わない土地というのもあるだろう。だったら、別の土地へと流れればいい。

 特に探索者シーカーなんて仕事をしている奴はそうするのが当たり前だ。

 流れに流れ、流れ着いた終端がこの領地であったのなら、郷に従うしかないだろう。

 そのどちらもせずに領民へ怨みを撒くような奴を放置していられるほど、俺は優しい領主様なんかじゃあない。


 そんなことを考えていると――


「旦那様ッ!」


 ――老執事のラスティオが珍しくノックもせずに扉を開けて飛び込んできた。


「どうした?」


 この慌てよう、尋常なことじゃないぞ!


「突如、街の中に複数の魔獣が出現して暴れておりますッ!」

「なんだとッ!?」

「気がついた探索者シーカーの方々が対処にあたり、現場近くの兵士や騎士たちもまた独自判断で出撃している様子。またギルドの方ではすでにギルドマスターのウォールバンカー氏が探索者シーカーたちをまとめて動き始めているとのコトです」

「そうか。それで魔獣の正体は?」

「不明です」

「アンノウン? ベルみたいなユニークか?」

「いえ、本当に全くの不明です。

 遠巻きから見ましたが黒いクモのような、見たコトもない魔獣でした」


 若い頃は世界中を旅したことがあるというラスティオが見たことがない未知の魔獣だと?

 対策を立てる取っかかりがないじゃないか。


 ハーヴェイギルマスが動いているなら、優秀な探索者シーカーたちが退治をメインに当たっているはず。

 なら、騎士や兵士にやらせるのは、避難誘導……だろうな。


「ラスティオ、騎士と兵士に指示を出せ。

 住民の避難と救助を優先するようにな。探索者シーカーたちが戦いやすい状況になるように動くようにさせてくれ。

 相手がアンノウンなら、未知との遭遇に慣れている探索者シーカーたちに任せた方がいい」

「かしこまりました」


 一礼してラティオスが出ていくのと入れ違うように、今度はメイドの一人が俺の部屋に飛び込んでくる。


「旦那様ッ!」

「今度はどうしたッ!?」

「街に魔獣が出たという件は……」

「すでに聞いている。それだけか?」

「いえ。昨日、ベル様が捕らえました男が、その魔獣騒ぎのどさくさで拘置所から逃げ出したそうですッ!」


 シット! 思わずその言葉をレディの前で口にしそうになって、グッと堪える。


「貴族街の方へと逃げたとの報告を受けておりますが、いかがなさいますか?」


 ……短絡的に結びつけるのは危険だが、もし万が一……サブンの奴が魔獣の一件に関わっているとしたら……。


 貴族街とは名ばかりで、無人に近い場所だ。

 爺さんの代には別荘地として賑わっていたらしいが、今はほとんど名残として、利用者がほとんどいない別荘が並んでいるだけのゴーストタウンのような区画。

 それが幸いなのかどうかは分からないが……。


 今回の騒ぎで更地になってくれると清々するんだが、そんなことを考えている場合じゃないな。


 よし。


「俺が出る。護衛騎士を何人か頼む。

 街の方優先で構わないので、人数は少なくていい」

「旦那様が出られるのですか?」

「あの男に直接確認したいコトができたんでな。

 騎士たちはエントランス集合だ」

「かしこまりました」


 一礼して部屋を出ていくメイドを見送ってから、席から立ち上がる。

 コートを羽織り、帽子をかぶって、剣を携える。


「無駄口のサブン、やっぱりお前……疫病神だろ」


 この騒ぎがサブンの仕業かどうかはさておいても、俺はそう毒づいてしまうのだった。



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ちょっとプライベートの関係で毎週更新は厳しくなってきたので、

今後は不定期更新になってしまいますが、今後ともよろしくお願いします

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