第30話 二人きり……?
「久々に来た気がするなぁ」
駆流の家の玄関前で、春果は大きく深呼吸をする。
コンクールが終わってから約二週間が経ったある日のこと。
春果は駆流との約束通り、夏コミでの戦利品を受け取りに来ていた。
「今日で三回目かな……」
いち、に、と指を折りながら、この家に来た回数を数える。
好きな人の家に三回も来られるなんて、幸せどころじゃない。自分はもうすぐ死ぬのかもしれない。
そんなことを真面目に考えた。
今日はご両親への挨拶もしっかり考えてきたし、問題ない。最低限、嫌われるようなことだけはしないようにしなくては。
拳を握って、自分に言い聞かせるように大きく頷いた。
「――よし」
ごくりと喉を鳴らすと、まだ慣れない指先でチャイムのボタンを押す。初めて来た時、必死になって押していたのが嘘のようだ。
(あの時はそんなこと考えてる余裕なんてなかったもんなぁ)
当時のことを思い出して苦笑していると、中から誰かがやって来る気配を感じ、春果は緩んでいた顔を引き締める。
少しするとドアが開き、駆流が顔を出した。
「東条、よく来たな」
いつもと同じ声に、同じ笑顔。
ただそれだけの些細なことに、春果は安堵する。
「上がって」
「お邪魔します」
駆流に促され家に上がらせてもらうと、春果は持ってきた袋を差し出した。今回はドーナツではないが、駅前のお店で買ってきた洋菓子だ。
「これ、お土産なんだけど」
「何かいつも悪いな」
「いいの、いいの」
気にしないで、と春果が両手を振ると、
「じゃあ後でお茶と一緒に出すな」
駆流はそう言って嬉しそうに微笑んだ。
「あ、ご両親と菜緒さんは?」
そういえば他に人のいる気配がしないな、ちゃんと挨拶も考えてきたのに、と気になって訊くと、
「ああ、姉貴は出かけてる。夕方には帰るって言ってたけど。両親は一緒に出張中だから今はいないよ」
そんな答えが返ってきた。
(とりあえず今日ご両親に嫌われる心配はなくなった……って、ん、あれ? じゃあもしかして、いや、もしかしなくても二人きり……?)
意識した途端に心臓が大きな音を立て始めて、春果は慌てて左胸に両手を当てる。
頭の中ではすでに色々な妄想が展開され始めていたが、それを必死に振り払う。
(いやいや、菜緒さんはもうすぐ帰ってくるだろうし、篠村くんは色々と鈍いから、うん大丈夫!)
一体何が大丈夫なのかはわからないが、春果は自分をそう納得させながら、懸命に心臓を落ち着かせた。
※※※
「結構な量あるね……重かったよね……」
駆流の部屋で、戦利品の入った大きな紙袋を前にして、春果は呆然と立ち尽くしていた。しかも紙袋は一つではなく、二つである。
「いや、そうでもなかったけど」
駆流は平然と答えるが、これはかなりの量だ。
例え薄い本でも冊数があるとそれなりに重い。紙なのだから当たり前だ。一枚だとペラペラだから、なんて甘く見てはいけない。
しかも当日は春果の分だけでなく、駆流本人の分まであったのだから、どう少なく見積もっても今目の前にある倍の量だろう。
いくら男子でもこの量を会場で持って歩くのは重いに決まっている。
「いやいや、いくら篠村くんでもこれは重かったと思うよ!?」
「うーん、姉貴が車出してくれたし、一緒に回ってくれたりもしたから特に気にならなかったけどな」
改めて当時のことを思い返すように駆流が言う。
「あ、菜緒さんと一緒だったんだ」
ならば帰りは問題なかっただろう、と春果は一安心した。
それでもそこそこ大変だったのではないか、とはやはり思うが、本人が「気にならなかった」と言っているのだから、その辺りはお言葉に甘えておくことにした。
一緒に回ってくれた菜緒には、後からしっかりお礼を言っておこう。
心に決めて、うんうん、と小さく頷く。
「じゃあ、これ。ホントにありがとう!」
そう言って、春果はあらかじめ聞いていた金額の入った、ピンク色の可愛らしい封筒を駆流に手渡した。
「あ、ここで読んでいってもいいけど……」
封筒を受け取りながら、駆流が言うが、
「残念でした! 私は家でゆっくりじっくり読みたい派なんです!」
春果は小さく舌を出し、即答で断った。
好きな人の前でBL本を読むのはさすがに気が引けたし、駆流に言った通り、一人で誰にも邪魔されずに読みたいのだ。
「そうだったよな」
駆流はおかしそうに笑う。
「篠村くんはとっくに読み終わったよね」
「もちろんその日のうちに全部読んださ!」
瞳を輝かせた駆流がぐっと親指を突き立てると、
「鮮度が大事だもんね」
春果も心底おかしそうに笑みを零した。
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