第33話 オタクの鑑

 翌日の放課後は、駆流と一緒に帰る約束をしていた日だった。

 吹奏楽部は休みで、早く帰れる日だ。


 駆流は帰宅部なので春果とは帰宅時間が合うことはあまりないが、最近はタイミングが合えば二人で一緒に帰ることが多くなっていた。

 春果からはとてもではないが誘うことができないので、いつの間にか駆流から誘うのが当たり前のようになっていたのだ。


 毎回幸せな下校風景だった。二人はゲームや漫画、アニメの話だけではなく、クラスや授業のことなど色々と話し、時には教師に対する愚痴などを言い合ったりもした。


 そんな沢山の会話の中で、中学ではバスケ部だったと話してくれた駆流に「どうして今は帰宅部なの?」と、春果が質問したことがある。

 純粋にどうしてだろう、もったいない、バスケをしてる姿も絶対カッコイイはずなのに、と思ってのことだった。

 その時の答えがこれだ。


『原稿をやる時間が少しでも欲しいから!』


 拳を握り力説されたこの答えを聞いた春果は、「まあ、確かにそれしかないよなぁ」と遠い目で頷いたのである。



  ※※※



「ちょっと行きたいとこがあるんだけど」


 校門を出た辺りで、駆流がそう切り出した。


「別にいいけど、どこに行くの?」


 てっきりいつもと同じように、まっすぐ帰るものだと思っていた春果が隣を見上げると、


「いいところ、だよ!」


 駆流は楽しげに目を細めながらそう答え、そのまま「ほら、こっち!」といつもとは逆方向に足を向けた。


 いつもとは違う駅で、普段使っている路線とは別路線の電車に乗り、少し離れた大きな駅で降りる。ここまで来れば同じ学校の生徒はほとんど見当たらなかった。


 そうして着いた場所は、とあるビルの前だった。二階のフロアには春果もよく知っているアニメショップが入っている。


 当然のことだが、イベントと同様にここも毎回春果一人で寂しく来ている場所だった。ポイントカードだってしっかり持っている。

 店内をゆっくり眺めながら買い物をするのはもちろん楽しいが、やはり一度は誰かと一緒に来てみたいと常々思っていた。


(やったー!!)


 今日それが叶った上に、その相手が駆流だということで、春果は表には出さないが内心でしっかりとガッツポーズをしていた。


「最近原稿で忙しかったから久しぶりだな!」


 店内に足を踏み入れるなり、子供のようにはしゃぎ始めた駆流は、足早かつ一直線に推しのコーナーへと向かっていく。


「し、篠村くん、待って!」


 春果も急いで、迷いのないその背を追った。


 コーナーへとたどり着くと、駆流は手にした買い物かごに次々とグッズを入れていく。

 一見すると手当たり次第に放り込んでいるようだったが、それは大きな間違いで、きちんと推しキャラだけをピックアップしていた。ブラインドものに至っては箱買いだ。


 春果はその姿をただただ驚きながら眺めていることしかできないでいたが、しばらくしてあることに気付く。

 かごの中に入っているグッズの数が無性に気になったのだ。


「どうして三個ずつ買うの? 誰かに頼まれたとか?」


 あまりにも気になりすぎて我慢できなくなった春果が、とうとう駆流に声を掛ける。

 不思議なことに、駆流はグッズをすべて三個ずつかごに入れていた。もちろんブラインドものも三箱だ。

 普通は一個ではないのか、と疑問に思い、それを素直に口にしたのである。


「いや、全部自分のだけど」


 駆流がきょとんとした顔で、何かおかしいことでもあるのか、とでも言いたげに首を傾げると、


「これ全部!?」


 その答えに、思わず春果が声を上げた。

 まさか、そんな答えが返ってくるとは思いもしなかったのだ。


 そういえば、じっくりとは見ていなかったが、駆流の部屋はグッズがやけに多かったような、と今さらながらに思い出した。


「一個でよくない?」


 付け加えるように言うと、駆流の雰囲気は一瞬でがらりと変わり、目つきは鋭くなる。


「それは絶対にダメだ」


 押し殺すような低い声。


「……何で?」


 それに合わせるかのように春果は声をひそめながら、訝しげな目を向けた。

 駆流は目線の高さを春果に合わせるように少し屈むと、目の前に指を一本立てて、言う。


「いいか、まず一個目は袋を開けて自分で使う、もしくは飾る用」

「うん」


 それは自分も同じだからよくわかる、と春果が頷くと、駆流はさらに指をもう一本立てる。


「次に二個目が保存用」

「……うん」


 まあ保存用ならわからなくもない、と思い、春果は先ほどと同じように頷いた。

 だが二個までならかろうじて納得できるが、どうして三個目が存在するのか。


「だったら二個でいいんじゃ……?」


 その理由がわからなかったので、率直に疑問をぶつけると、


「いや、三個目は保存用の予備だ!」

「……」


 ぐっと拳を握った強い主張が返ってきて、春果は言葉を失った。


(ちょっと待って、ちょっと待って)


 頭の中を整理する。


 保存用に、と二個ずつ集める人がいるのは知っている。確かに、それ以上買う人がいてもおかしくはない。


(そういえば『祭壇』を作る人もいるっていうしなぁ)


 さらには同じグッズを百個とか集めて、『祭壇』というものを作る人が少なからずいるという話をふと思い出した。

 さすがに『祭壇』とまではいかないが、駆流はきっとそちらのタイプで一個では満足できない人種なのだろう。


 けれど保存用の予備だとか、そこまでは考えもしなかったし、基本的にグッズは一種類につき一個あれば満足できる春果には、その辺りの気持ちは正直理解しがたかった。

 ただ、駆流が腐男子、いやオタクの鑑だということだけはよくわかる。


(篠村くん、さすがです……って、ん?)


 そこで春果はまたあることに気が付く。


「はい! 篠村先生!」


 まるで授業中のように、春果が大きく手を上げると、


「何ですか、東条くん」


 それに乗ってきた駆流が、眼鏡をくいっと上げる仕草を見せながら、真面目な顔で答える。もちろん眼鏡はかけていない。


「その理屈だと、四個目は予備の予備、五個目は予備の予備の予備……とキリがなくなると思います!」


 そうなったら本当に『祭壇』が出来上がってしまう。『祭壇』を作る場所もお金もいくらあっても足りない。


「ホントそれな」


 途端にいつもの雰囲気に戻った駆流が、大きく溜息をつく。


「確かに東条の言う通り、キリがないんだよな。だから三個で我慢してる。いくつ買うか、それは永遠のテーマなんだよ!! もちろん異論は認める!!」


 そして、とても悔しそうに歯噛みした。


「う、うん……?」


 前にも同じようなことがあったな、などと思いつつ、今回も勢いのまま半ば無理やりに納得させられてしまった。

 駆流の気持ちは理解しようと思えば何とかできなくもないだろうが、「異論は認める」と言われたので、自分は一個で十分だ、と割り切ることにした。


 そこには「じゃあ自分も好きな人とお揃いで三個買うことにしよう」などという甘酸っぱい感情は一切なかったのである。




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