第41話 決意
ここまで来れば大丈夫。
春果はやっとの思いでそう思える場所まで来た。
中庭からは遠く離れた生徒玄関で、壁に背を預け、力が抜けたようにずるずるとしゃがみ込んだ。
その肩は、これまで全速力で走ってきたせいで大きく上下しているが、今はそんなことはどうでもよかった。汗で額に張り付いた前髪を直すこともなく、黙ってうなだれる。
(篠村くんは私のこと何て答えたんだろう……)
まさか自分の名前が出てくるとは思いもしなかったから、突然のことに混乱した。
ただ純粋に、告白された駆流がどんな返事をするのか、付き合うのか付き合わないのか、それが気になっただけだ。
それなのに、自分が話題に上がった途端、駆流にとって自分がどんな存在なのかを聞くのが怖くなった。それが一番気になることのはずなのに。
肩で大きく息をしながら、春果はまだ混乱する頭をどうにか冷やそうとするが、そう簡単に行くものではない。
「間違いなく彼女じゃないって答えてるよね……こないだだって喧嘩しちゃったし」
喧嘩をした時のことを思い返しながら自嘲気味に呟くと、何だかとてつもなく悲しくなった。
「さっきの子と付き合うのかな……それはやっぱり嫌だなぁ」
俯いたまま、さらに続ける。
駆流に憧れている女子が多いことは知っていたが、春果が駆流と仲良くなってからこれまでの間は、実際に告白をしてくる女子はいなかったのですっかり油断しきっていた。
駆流のことをリサーチしていた時に、「好意を持っている女子は多いが、周りから見ているだけで満足して告白しない子も多い」と聞いていたはずだ。それを知って、自分は「チャンスかもしれない」と告白することを決意したんじゃないか。
同じようなことを考える女子がいつ現れてもおかしくはなかったし、そのことに今さら気付いたところでもう手遅れだった。
「何でもっと早く告白し直しておかなかったんだろう……っ」
激しく後悔する。
告白し直したところで二人の関係が今よりも好転していたか、それとも悪化していたかはわからないが、今のような状況だけは免れたはずだ。
瞳の奥がじわりと滲んだ気がしたが、不思議と涙は出てこなかった。
その代わりなのかはわからないが、いつの間にか小雨が降り出していた。
駆流は雨に当たらずに帰れただろうか、傘は持ってきているのだろうか、などと、そんなどうでもよさそうなことをいくつか、ぼんやりと思った。
「ああ、一緒に帰ったのかもしれないな……」
さっきの後輩は傘を持っているかもしれない。それならきっと心配ないだろう。
窓の外を、虚ろな双眸でちらりと見やりながら、春果はまだそんなことを考えていた。
(私はこれからどうしたらいい……?)
駆流が自分のことをどのように話したのかはさっぱり想像できないが、もしあの子と付き合うことになっていたら、自分はもう傍にいられなくなってしまう。
これまでの楽しかった日々が、まるで走馬灯のように一気に思い返された。
けれど、そこにいるはずの自分の姿はいつの間にかさっきの後輩にすり替わっていて、気付けば自分の居場所はどこにもなくなっていた。
とてつもない恐怖。
春果は今にも震え出しそうな自身の身体を、咄嗟に両腕で抱え込んだ。
(嫌だ……嫌だ……っ! 私の場所を取らないで……っ!)
それだけは絶対に、何があっても嫌だ。
「……もっと、ずっと一緒にいたいよ……」
ならば今の自分にできることは一体何だろう。この状況を打開する術は?
まだ万全に戻ってはいない頭の中で懸命に考えを巡らせる。
と、ある記憶が脳裏によみがえってきた。数ヶ月前の記憶。
(これは……!)
やっと一筋の希望が見えた。さながら蜘蛛の糸のようだった。
「……もうこれしかない……っ!」
ぐっと両の拳を握る。
最後の手段。
上手くいくかはわからない。すでに手遅れかもしれない。
それでも、何もしないでこのまま終わってしまうことだけは嫌だった。
「だったら、最後まであがくしかないじゃない!」
自分を鼓舞するように言うと、その勢いのまま顔を上げる。瞳にはこれまでとは打って変わって、とても強い光が宿っていた。
いつの間にか、降っていた雨は止んでいた。
雲の隙間からはまた柔らかい陽の光が差し込んで、春果の顔を照らしていたのである。
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