第20話 最大級の愛

「そういえば、篠村くんはいつから漫画描いてるの?」


 ひとしきり笑った後、春果が思い出したように口を開いた。


「俺? 絵は小さい頃から好きでずっと描いてたけど、本格的に漫画を描き出したのは小学生の頃からかな」

「へー、そんなに小さい頃から描いてたんだ。何かきっかけとかあったの?」

「そうだなぁ。昔から漫画やアニメが好きで、自分もこんなものを描きたいって純粋に思ったから、ってとこかな」

「わぁ! さすがだね! って、何で今は腐男子になってるの……?」


 春果は笑顔を見せた後、次の瞬間にはすぐに表情を変え、今度は怪訝そうな顔を駆流に向けた。


 これだけの才能があれば、今頃は普通にプロの高校生漫画家になれていたはずだろうに、どこをどうしてこうなったのか。

 そこは残念ではあるが、そのおかげで仲良くなれたのだから、春果はプロになっていなくてよかった、と心から思う。


「……それは俺にもよくわからない……気付いたらこうなってたんだよ……」


 何でだろうな、と呟きながら、駆流はテーブルに突っ伏した。


「ま、まあ、私も気付いたら腐女子になってたわけだし、きっとみんなそんなものだよ! 理由なんてないんだよ!」


 その様子に、春果が慌ててフォローに入ると、


「……そうだよな」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、駆流が顔を上げる。


「そうそう!」

「そうだな、愛があればそんなの関係ないよな!」

「そうそう! 愛があれば……って、ん?」


 いや、ちょっと違うような気がしなくもないな、と春果は一瞬思ったが、自分も作品やキャラへの愛は溢れているので、駆流の理屈もあながち間違いでもないような気もしてきて、


(まあ、いいか)


 今はこれ以上掘り下げることはしないで、次の質問をぶつけることにした。


「そうだ、篠村くんってアナログ派なんだね。何となくパソコンで原稿やってるイメージあったけど」


 最近はパソコンで作業をする人が多いと聞くが、駆流はアナログでやっている。春果もアナログだが、パソコンなどのデジタルの方が便利なのではないだろうかと常々考えていた。

 駆流は何でもスマートにこなしそうなイメージがあったので、パソコンとタブレットを駆使しているのではないかと勝手に思っていたのだ。

 アナログなのはもしかして今回だけなのだろうか、と疑問に思ったことを素直に訊くと、


「パソコンの方が早いし、入稿も楽なんだけどな」


 駆流はそう言って、わざとらしく溜息をついて見せた。


「じゃあ何で?」

「パソコンが部屋にないっていうのもあるけど……」

「うん」


 春果は次の言葉を促すように相槌を打つ。


 確かに、自室にパソコンがないと作業もほとんどできないだろうし、色々と不便だ。だから仕方なくアナログなのか。

 そんなことを考えながら待っていると、


「それ以上に、俺はアナログ原稿の方が作品へのより深い愛が込められると信じている!!」


 先ほどよりも強く力説し始めた。


 つまりは、デジタルではなくアナログで漫画を描くことにより、駆流なりの最大級の愛を伝えているということらしい。

 そのことは春果にもよくわかった。

 だがこの展開はまずい。このままだと駆流の力説が止まらなくなってしまう。

 直感だった。


「あ、あの……」


 すぐにでも駆流を止めなくては、と口を開くが、すでに遅い上に、


「東条もわかるよな!? だから俺はアナログにこだわるんだよ!! あ、表紙だけはデジタルだけど。それに……」


 駆流はさらに続けようとする。

 予想通り、いよいよ手の付けられなくなってきた駆流を前に、


「う、うん……? わかったから、とりあえず落ち着こう?」


 春果は無理やり力でねじ伏せられそうな気がしながらも、スルースキルで適当に相槌を打ちつつ、とりあえずは納得しておくことにしてどうにかその場を収めたのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る