第1話 呼び出し

 五月の終わりに無事、一学期の中間テストが終わった。

 点数はいつものようにまあまあで、特別良くもなく、かといって思ったほど悪いわけでもない。学年の順位も真ん中より少し上をキープしていて、春果はこれなら十分頑張った方だ、と満足していた。

 そして暦は六月に入り、夏服への移行期間が終わった頃、一大決心をする。

 二年生になった時から、最初の中間テストが終わったら、とずっと考えていたことだった。


 窓からは西日が差し込み、教室を柔らかな橙色に染めている。

 そんな穏やかな雰囲気の中、窓側の一番後ろの席で春果は一人スマートフォンの画面を凝視しながら、真剣な表情でゲームをしていた。

 イケメンが次から次へと、さらにこれでもかと出てくる、女性向けの大人気ロールプレイングゲームだ。タイトルは『フラワー☆プリンス ―世界中の花束をキミだけに―』、通称フラ☆プリと呼ばれている。


 今日は一大決心したことを実行へと移す日だった。

 春果にとって生まれて初めての告白である。

 相手は下駄箱に入れた手紙で、すでにこの教室に呼び出し済みだ。後は相手が来たら、思い切って自分の気持ちを伝えるのみ。

 どんな返事が返ってくるかは考えても仕方がないし、なるようにしかならない。当たって砕けろ。いや、実際に砕けたくはないが、それくらいの勢いでせめて気持ちだけは伝えたかった。


 だが、そんな大事なイベントを直前に控えていながら、なぜゲームをしているのか。

 答えはシンプルだ。

 そんなことでもしていないと、とてもではないが平常心を保てないからである。いわゆる現実逃避に近いものかもしれない。


「よし、クリア! それにしても、フラ☆プリの青と緑だったら告白すらなしで勝手に上手く行きそうだよね。なんて羨ましい。あ、また手が震えてきた……」


 一人でぶつぶつと呟きながらも、視線をスマホから外すことはしない。緊張に震える指で懸命にゲーム画面をタップする。

 傍から見れば完全に怪しい人に見えるはずだが、それも今は仕方のないことだろう、と春果はある意味割り切っていた。


 それから数分経った頃、


「そろそろ来るかなぁ……」


 一旦手を止め、現実世界に戻ってきた。けれど手はまだ小刻みに震えたままで、止まる気配はない。


 手帳型のスマホケースにおまけ程度で付いている安っぽい鏡を覗き込み、指先で前髪を少し直す。色付きのリップクリームも塗り直しておいた方がいいだろうか、などと考えながら、鏡を睨んでいた時だった。

 頭の中で大きな音が鳴り響いて、一気に思考をかき乱される。

 教室のドアが開く音。

 春果の身体は一瞬びくりと大きく跳ね、そのまま硬直した。


(き、来たぁ――!!)


 ゆっくり鏡から視線を外し、恐る恐るドアの方へと目を向けると、すらりとした長身の少年が向かって来ている。

 春果の片思いの相手、篠村駆流しのむらかけるだった。


 駆流は、成績については春果と同様で特別良い方というわけではないが、スポーツ万能で、性格も良い、爽やかなイケメンとして学年問わず憧れている女子が多い。

 ファンクラブがあるとかないとか、などという噂も、春果は駆流の情報をリサーチしていたこの半年の間によく聞いていた。

 リサーチとはいっても断じてストーカーではない。

 自分の好きな人の周りにいる人物に、現在彼に付き合っている人はいるのか、また好きな人はいるのか、などと女子中高生がよくやる探りを入れる行為である。

 その結果、駆流には現在付き合っている人や好きな人はいないようだ、との情報を得ていた。


 しかし、そんなに有名な人物を春果はこれまで知らなかった。

 名前は何となく聞いたことがあるような、そうでないような、といった感じではあった。同じ学年にすごいイケメンがいる、とは入学した直後にできたばかりの友人からちらりと聞いていたが、春果と駆流のクラスは離れていた。

 残念ながら駆流のクラスに友人もいなければ、そちらのクラスの方に用事があったこともないので、特に興味を示すことがなかったのだ。

 ちなみに二年生になってクラス替えもあったが、悲しいことに春果は六組、駆流は一組と、さらに離れてしまった。

 そしてこれが一番大事なことなのだが、駆流を好きになるまでの春果は二次元に恋をしていて、まさか自分が三次元で恋をするとは微塵も思っていなかったのである。




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