腐女子が腐男子に恋したら。

市瀬瑛理

プロローグ

「きっとこれでテスト勉強もはかどるよね!」


 東条春果とうじょうはるかは机の上、目の前に置かれた二本のシャーペンのうちの一本を手にすると、嬉しそうに目を細めた。

 先ほど買ったばかりの、青色を基調としたその軸の部分には、ゲームに出てくるイケメンのキャラクターが煌びやかに描かれている。

 机の上に転がっている軸色の違うもう一方にも、キャラクターは違うがイケメンのイラストが同様に描かれていた。


「やばい、どこから見てもカッコイイ」


 様々な角度からイケメンを眺めた春果は、ほぅ、と息を吐き、満足げに何度も頷く。

 今度は空いていた左手でもう片方に手を伸ばすと、視線の高さで並べた。


「推しカプで揃えられるからってつい勢いで買っちゃったけど、やっぱこれは買って正解だったなぁ。どれだけ見てても飽きない……って、それじゃ逆に勉強できないか……」


 一応、このシャーペンで勉強をするつもり、という言い訳をしながらいそいそと買ってきたのだが、実際に勉強の邪魔になってしまうのはとても困る。

 二本のシャーペンを、大事なものを扱うようにそっと机の上に戻し、


「さて、どうするか……うーん……」


 腕を組みながら天井を仰ぐ。

 そのまましばらく唸りながら悩んで、渋々引き出しにしまうことにした。


「まあ、休憩の時にでもゆっくり眺めたらいいよね、うん。その方がご褒美って感じで頑張れる気がするし。てか二人ともマジイケメン……」


 そんな独り言を漏らしながら、にやけた顔のままで机に突っ伏した。


 春果はこう見えても、ごく普通の、辺りを見回せばどこにでもいるような女子高生である。

 部活も真面目にやっているし、毎回テスト前には必死になって勉強もする。身だしなみにだって気を遣う。もちろん恋愛についても例外ではない。


 クラス内で特別目立つ存在というわけではなかったが、親しい友人もそれなりにいるし、いじめに遭っているということもない。

 毎日は特に代わり映えのしないものではあったが、それを気にすることもなく、それなりに楽しく過ごしている。


 色眼鏡なしで普通に見ている分には、本当にその辺の女子高生と何ら変わらない。


 だが、春果はオタクであり、腐女子だった。

 即売会で薄い本を買ったり、公式から発売されているグッズを少々買う程度の割とライトな方だと自負しているが、その点のみに関しては周りとは少しだけ毛色が違っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る