第2話 初めての告白
春果は慌ててスマホの電源を落とすと、手帳型のケースを閉じる。また、もし何か通知などが来た時に画面を見られないように、念のため裏返して机の上に置いた。
通知の内容程度ならすぐに消えるからまだいいだろうが、待ち受け画面を見られるのはまずい。非常にまずい。
なぜなら、ゲームの推しキャラがキラキラと眩しい笑顔で、いつも春果のことを迎えてくれるのだ。当然通知が来た時も、画面が明るくなったと同時に推しキャラが満面の笑みで登場する。
そんな画面を見られるわけにはいかない。もし見られたら、振られる以前に絶対ドン引きされる。そうなったら死んでも死にきれない。
とにかく最悪の事態だけは避けるべく、春果はスマホの電源を切った上にケースを閉じ、さらに裏返す、という念には念を入れた行動を取った。
それらを手早く済ますと、椅子が倒れるのではないかというくらいの勢いで立ち上がる。そのまま数歩、ぎこちない動作で駆流に向かって歩を進めると、正面から向き直った。
そこまではよかった。が、いざ本人を目の前にすると、何を言ったらいいのか、そんな簡単なこともさっぱりわからない。
それでも何かを伝えようと、口だけがパクパクと数回動く。自分が混乱しているのだということだけは、頭のどこかではっきりと理解していた。
昨日まで数えきれないくらいしてきた告白の練習も、こうなってしまっては台無しである。
しばしの沈黙が二人の間に流れる。
「あの、東条……さん?」
先に口を開いたのは駆流だった。静かだけれど、柔らかな声音。
初めて名前を呼ばれた。ただそれだけの本当に些細なことなのに、天にも昇るような心地になる。思わず頭の中で、天国にいる祖母に心から「ありがとう」とお礼を言ってしまう程度には嬉しかった。
「そ、そうです! 篠村くん、来てくれてありがとう!」
ようやく春果に声が戻って来た。
今にも裏返ってしまいそうな声で口早にお礼を述べるが、緊張のあまりそれだけを言うのが精一杯ですぐに視線を床に落としてしまう。
(い、言わなきゃ……っ!)
早くしないと、駆流が呆れて去ってしまうかもしれない。そうなったら、次の機会はいつ訪れるかわからない。
このまま何もせずに、駆流を見送ることだけはするわけにはいかない。
今言わないで、いつ言うのか。
心臓は早鐘を打つようにバクバクと大きな音を立てている。顔だけでなく耳までもが真っ赤になっているのがわかった。こんな顔を見せるのは恥ずかしい。
いっそ今すぐここから逃げ出してしまいたい、そんなことすら思った。
それでも。
春果は意を決して顔を上げると、ぐっと両の拳を握り、しっかりと駆流を見上げた。そこにあるのは、やや不思議そうな表情で小さく首を傾げた、普段の優しげで端正な駆流の顔だ。
だが、その顔がいつもより少し青白くなっていたことに春果は気付かなかった。
いや、いつもならばわかったのだろうが、今は告白のことに精一杯で、そこに気を配るだけの余裕がなかったのである。
「す、す……っ、付き合ってください!」
間髪入れず、前につんのめってしまうくらいの勢いで、切り出す。一気に言い切ると、恥ずかしさでまたすぐに顔を俯けてしまった。
しかし次の瞬間、
(しまった! 好きだって言い忘れた――――!!)
頭の中で大きな叫び声を上げる。
これが一番大事なことだったのだが、思い出した時にはすでに遅かった。
「あ、あの……」
おずおずと顔を上げ、改めて言い直そうとするが、その言葉を遮るかのように駆流が口を開く。
「えっと、付き合うってどこに……?」
「あ、付き合うってそういう意味じゃなくて……」
やはり勘違いされていた。
駆流は少々天然なところがある、と聞いていたので、きちんと『好きだから付き合って欲しい』と伝えなければいけない、と春果は考えていたし、そのように練習だってしてきた。
けれど練習と本番は違うとよく言われるように、今回の場合も練習と同じにはできなかった。
慌ててすぐに訂正しようとするが、それを聞いていないのか、
「……ああ、今度のフラ☆プリオンリー、か……」
駆流は一人で何かを納得したように、今にも消え入りそうな声でそれだけを零すと、次には右手を額に当てた。そしてその場にゆっくりと膝から崩れ落ちてしまう。
「篠村くん!?」
突然のことに春果は動転しつつも、すぐさましゃがみ込んで駆流の顔を覗き込む。
その顔からは生気が消えていて、息も荒い。どこから見ても具合が悪いのだということは疑いようがなかった。
(もしかして、教室に入って来る前から具合が悪かった……!?)
おろおろと困った表情で辺りを見回すが、誰もいるはずがない。人のいない放課後を狙って駆流を呼び出したのだから当然だ。
告白のこともすっかり忘れ、春果は大声で叫んだ。
「だ、誰か、誰か来て――――!!」
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