第9話 神イベントのお知らせ

「急に悪かった。部活の方は大丈夫か?」


 放課後の誰もいない中庭で並んでベンチに腰を下ろすと、息を切らしている駆流が春果に向かって頭を下げた。

 三階の音楽室から中庭まで全力で走った上に、軽く汗ばむ季節が重なれば息が切れるのも当然だ。


「今日は、自由参加だから平気」


 同じように息を切らしながら春果がそう言って両手を振ると、駆流は安堵したように一つ息を吐く。


「でも、まさか学校で声掛けられるなんて思ってなかったよ」


 ちょっとビックリしちゃった、と春果が目を細めると、


「そう! それだよ、それ! フラ☆プリのお知らせ見たか!? 次のイベント!!」


 駆流は思い出したようにまた声を上げ、慌てた様子でズボンのポケットからスマホを取り出した。

 いくら周りに誰もいないとはいっても、そんなに大きな声を出していいのだろうか。春果は少々心配になるが、今の駆流はそんなことにも構っていられないようだった。

 それだけ、駆流の中で重大な事件があったということだ。その事件が良いことなのか、悪いことなのかはわからない。


「まだ見てないけど、何かあった?」


 春果のスマホは音楽室に置いた鞄の中に入ったままだったが、お知らせが今日辺りには来るだろうことは大体わかっていた。

 内容は次の新規イベントの予告と、それに伴うガチャの更新。それと、新規イベント前恒例のメンテナンスについてくらいだろう。もしかしたら復刻イベントもあるかもしれない。

 部活中にスマホは触れないので、春果は後でお知らせを確認しようと思っていた。

 ちょっと失礼しまーす、とやや遠慮がちに駆流の手元のスマホを覗き込むと、


「何かもなにも、次のイベントは青と緑が一緒に出るんだよ!」


 駆流が鼻息荒く答える。

『近日開催』と書かれたイベント予定のところをよく見せてもらうと、確かに推しカップリングの二人がバナーのイラストの中で一緒に並んでいた。


「な、一緒にいるだろ? ってことは、イベント内で何かしらの絡みがあるってことだ!」

「うんうん!」


 駆流の興奮が伝播したかのように、春果の表情も輝きだす。


「つまり、次のオンリーで青×緑の突発本を出すサークルが増える可能性が高い! 何より公式で絡みがあるとか神運営だろ! どんなストーリーが展開されるんだろうな!! やばい、今から楽しみすぎて夜寝られないかもしれない!!」

「わかる! 運営グッジョブって感じだよね!! 私も楽しみすぎて寝られないかも!!」


 春果が右手の親指を立てて力いっぱい同意すると、駆流は満足そうに何度も頷いたが、次の瞬間にはすぐ顔を曇らせた。


「でも、イベントのストーリー内容によっては、逆に緑×青の方に流れる可能性もあるんだよなぁ……」

「あー、元々一番メジャーなのはそっちだもんね……」


 揃ってしゅんと肩を落とす。

 春果と駆流の推しカップリングは偶然というか運命というべきか、同じではあったのだが、そのカップリング自体はジャンル内ではどちらかといえばマイナーな方だった。

 だからこそ、たった数日の間でここまで仲良くなれたのかもしれない。


 メジャーなカップリングの同人誌は沢山のサークルによって発行されるため、自分の好みに合った絵やシチュエーションなどを探しやすい。が、発行しているサークルが多すぎて逆にどれを買っていいか迷ってしまう。

 もし全サークルを制覇しようとした場合、諭吉さんが何枚あっても足りない。普通の高校生にはまず無理な話だ。

 逆にマイナーなものは発行しているサークルが少ないため、選ぶことはほぼ無理ではあるが、しようと思えばすべてのサークルを制覇することができる。

 どちらも一長一短だろう。


「でも! 全員が必ずメジャーに転ぶとは限らないし! ね!!」


 今度は春果がぐっと両の拳を握って励ますように力説すると、駆流は勢いよく顔を上げた。


「そうだよな! よし、次のオンリーで青×緑のサークル制覇する!」

「全部っていっても年齢制限があるのはダメだよ?」

「もちろんわかってるって!」


 こういう風に楽しそうにはしゃいでいる様を見ると、本当に腐男子なんだな、と春果は改めて思わされるが、自分も腐女子だから特に引いたりすることはない。

 最初こそ普段見ていた姿とのあまりのギャップに驚きはしたものの、同じ趣味を持っていたことでここまで親密になれた。今はむしろ腐男子でいてくれてよかったとすら思うくらいだ。


「それにしても、まさか一緒に来るなんて……!」


 胸の前で両手を組んだ春果が夢見心地で空を仰ぎ、感嘆する。


「今からイベントが楽しみだな!」


 神イベントのお知らせと、駆流の満面の笑みが眩しすぎて、春果は良い意味で軽く眩暈を覚えたのだった。




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