第16話 初めての打ち上げ
よく『イベント後は打ち上げに行く』なんて話を聞いたことはあったが、まさか自分が参加する側になるとは思ってもみなかった。
これまでずっと一人ぼっちでイベントに参加していた春果は、自分には一生縁のない話だと思っていた。
菜緒以外はまだ未成年だということで、今回は居酒屋などではなくファミレスでの打ち上げになったが、春果はそれでも自分がこの場にいられることがとても嬉しかった。
「春果ちゃん、好きなもの何でも頼んでいいからね!」
メニューをテーブルいっぱいに広げながら、菜緒が声を弾ませると、
「は、はい」
緊張した面持ちの春果が頷く。
「姉貴、俺は?」
「今日は春果ちゃんの顔に免じて許そう!」
「やった!」
そんなやり取りをしながら、三人はファミレスの一角で注文を済ませる。しばらくして注文した品がすべて揃うと、やっと緊張が解けたかのように全員が一斉に大きく息を吐き、乾杯をした。
「お疲れ様!」
「お疲れ様でした!」
「みんな、お疲れ!」
そして顔を見合わせて笑い合う。
友人と一緒に来た時とはまったく違う、連帯感のようなものがそこにはあった。
「今日どうだった? 春果ちゃん」
菜緒に問われると、
「すごく楽しかったです!」
まだ興奮した様子で春果は答えた。
最初は不安もあったし、色々とショックなこともあったけれど、最終的にはそれらも全部ひっくるめて本当に楽しかった。
サークル側からの景色も見ることができたし、好きな人の傍で売り子をする、という貴重な体験もできた。具体的に誰にというわけではないが、とにかく周りにいる誰かに自慢したい気分だった。
「だろ?」
大皿に乗ったピザを一切れ取りながら、駆流が言うが、
「あんたは今日もまともに働いてないでしょ」
すぐさま菜緒に突っ込まれた。
そんな駆流たちのやり取りを見ているだけでもすごく楽しいし、嬉しいと春果は思う。
何より、これまで一人で戦利品を抱えて寂しく帰っていたのがまるで嘘のようで、自分は夢を見ているのではないか、と何度も疑ってしまいそうになった。
けれど、駆流と菜緒はちゃんと目の前に、傍にいたのである。
※※※
「あ、そうだ」
ふと何かを思い出したように、菜緒が口を開く。
「どうしたんですか?」
春果が首を傾げると、菜緒は仰々しく一つ咳払いをして、さらに続けた。
「春果ちゃん、これからもうちのサークルで売り子しない?」
「えっ!?」
菜緒の口から飛んできた意外な台詞に、思わず春果が目を丸くすると、
「ああ、その話か」
そう言って、駆流は納得するように手を打った。
駆流と菜緒の間で何らかの話し合いが行われていたらしいということはすぐにわかったが、一体どんな内容だろうか。さっぱり見当がつかない。
「どういうことですか?」
怪訝に思いながらも率直に問うと、菜緒が丁寧に説明してくれる。
「うちのサークルね、今まで私がずっと売り子やってきたんだけど、もう大学三年だからそろそろ就職活動を始めないといけなくて。で、そうなるとイベントにも出られなくなるんだよね」
「そこで東条の出番だ!」
途端に、向かい側から駆流が身を乗り出してきた。しかも春果の顔を指差しながら。それを菜緒が懸命に押し返しながら、続ける。
「だから、私の代わりに売り子やってもらえないかと思って」
菜緒はそう言って、春果に意味ありげな視線を向けた。
その目は「これは駆流と一緒にいるチャンスだよ」とはっきり語っている。やはり菜緒にはすべてお見通しのようだ。
もちろんチャンスなのは春果にもよくわかるが、その前には大きな問題が立ちはだかっていた。
「えっと……」
菜緒の言葉と視線を受けて、春果はしばし逡巡する。
今日は駆流と菜緒が一緒にいてくれたおかげで、無事に売り子の仕事をこなすことができた。
だが次から菜緒がいなくなるのなら、頼れるのは駆流しかいない。
駆流はアドバイスなどは的確にしてくれるが、実際に売り子をすることはない。売り子として数に入れてはいけない。つまり、売り子は実質春果一人になってしまうわけだ。
そんな状況で、売り子をこなすなんてことができるだろうか。
今日実際にやってみて少しは慣れたつもりだったが、やはり不安がつきまとう。
もちろん、今日みたいに上手く手伝えるのなら、とは思う。
素直に引き受けた方が菜緒のためになるのは明白だったし、駆流と一緒にいられることも春果にとってご褒美としては十分すぎるほどだ。チャンスどころではない。
それでもやはり即答で首を縦に振ることはできなかった。
「今日は菜緒さんが一緒だったから何とかできたけど……」
どうしたらいいものか、と春果が言葉を濁していると、
「東条だって部活とかで忙しいだろうし、別に無理することないよ。ただ、俺もできれば東条にお願いしたいと思ってるけど」
いつの間にかきちんと席に戻っていた駆流が、先ほどまでとは一転した落ち着いた声音で優しく言う。
「そっか、吹奏楽部だっけ?」
奈緒に問われ、素直に頷く。
「はい」
「じゃあ、忙しいか……」
残念そうに肩を落とす菜緒の様子に、春果は慌てて両手を振った。
「えっと、忙しいとかそうじゃなくて、私でいいのかな……って」
「あれだけできれば十分だって!」
また駆流が勢いよく身を乗り出してくる。
「そうそう、こいつよりずっと優秀だったよ!」
菜緒も駆流を指差しながら、笑顔で褒めてくれた。
確かにまったく売り子をしていなかった駆流と比べれば、自分はまだ働いた方だと思う。これはきっと自惚れではないだろう。
けれど決断するためのもう一押しが欲しい。ご褒美目当てで頷いてもきっと迷惑を掛けるだけだ。もう少しだけでいいから売り子としての自分に自信を持ちたかった。
「ホントに?」
やや上目遣いで二人を見回しながら、改めて確認するようにして訊くと、
「もちろん!」
駆流はそう言って、力強く頷く。菜緒も同時に頷いた。
少なくとも駆流と菜緒は自分のことを認めてくれているし、必要としてくれてもいる。
そのことは本当に嬉しかった。
ここまで言われてしまっては、さすがに断るわけにもいかないだろう。
いや、言わせた、といっても過言ではないが、春果はそれだけ迷っていた。二人に背中を押してもらいたかったのである。
これなら頷いてもいい、ようやくそう思えた。
そしてまた駆流と一緒にイベント参加できるのだ。デートではないにしろ、やはり今の春果にとってこれほど幸せなことはないし、目の前のチャンスを逃すわけにはいかない。
決断した春果は、膝の上に乗せた両手をぐっと握ると頭を下げた。
「売り子、やらせて頂きます!!」
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