第23話 テスト勉強

『一緒にテスト勉強しないか?』


 そう駆流に誘われたのは昨日の放課後のことだった。


 期末テストが数日後に迫っていて、周りと同様に春果も本格的に勉強を始めていた。

 毎回、学年の順位は何とか百位付近にはいられるが、それもこれもテスト前の努力の賜物である。


 テスト前だけでなく普段の授業もきちんと聞いておけ、と言われるかもしれない。しかし春果だって授業をさぼっているわけではない。授業中はどうしても集中できないのだ。その主な原因は推しと駆流が尊すぎて妄想が捗るせいなのだが。


 とにかく、そのせいでいつもテスト前になってから必死で勉強することになるのだが、これまで何とか赤点は免れてきていた。当然、今回も赤点だけは取らないつもりでいる。


 そんな時に掛けられた、いつも通りの順位をキープしようと頑張っていた春果へのご褒美とも取れる駆流の言葉。

 もちろん誘われていなくてもテスト勉強はしなければならないし、ちゃんとする。けれど、せっかく駆流が誘ってくれたのだ。


『喜んで!』


 春果が断る理由はどこにもなかった。



 ※※※



 そして現在。


 先日原稿を手伝った時とは違い、今日の駆流の部屋では大音量の音楽は流れていない。時折、教科書やノートをめくる音が聞こえるくらいで、ほぼ静かな空間だった。

 それに、さすがに今回はテーブルの上に原稿が散らばっているということもなかった。


 一緒に勉強、とはいっても、実際には楽しく教え合うようなものではなく、ただひたすら自分の勉強をこなすだけだった。単に同じ部屋で自習しているようなものである。

 春果と駆流はほぼ同等の学力を持った人間だ。それも中の上程度。そんな二人に教え合うなどということができるはずもなかったのだ。


「篠村くんとはいつも順位近いよね」


 これまで英語の教科書を懸命に睨んでいた春果がふと思い出したように顔を上げ、笑みを浮かべる。


「そうなのか?」


 その言葉に、ノートにシャーペンを走らせていた駆流が手を止めた。


「うん、大体いつも同じくらいの順位だよ」

「じゃあ百位辺りか」

「そうそう」


 春果は片思いを始めてからというもの、毎回ご丁寧に駆流の順位までチェックしていたが、大体同じくらいの順位に名前があった。

 そして近くに名前が並んでいるのを見ては、これまた一人で勝手に喜んでいたのである。


「篠村くんはいつもどれくらい勉強してるの?」


 そういえば聞いたことがなかったな、と問い掛ける。


「俺? いつもはあまりテスト勉強しないけど」


 問われた駆流が、素直にありのままを答えると、


「えっ!? 勉強しないの!?」


 春果は驚いた声を上げた。


 そんな春果の様子にも特に動じることなく、駆流はテーブルの端に置いてあった皿からチョコレートのかかった小さなドーナツを一つつまむ。

 お土産に、と春果が駅前のドーナツ店で買ってきたものだ。


「うん、前日になってから授業中にとったノートをパラパラと読むくらいかな」

「えー、私なんて毎回必死に頑張ってるのにー」


 春果はそのままテーブルの上にへなへなと崩れ落ちてしまう。


 自分は毎回きちんと勉強してこの順位なのに、どうしてこうも違うのか。てっきり駆流もテスト前になってから必死になって勉強しているのだと思い込んでいた。


「じゃあ、今回篠村くんが真面目に勉強したら私よりずっと上に行っちゃう」


 別に競っているわけではないし、順位が近くないといけないわけでもないのだが、何だか遠くに行ってしまうような気がして、悲しくなる。

 きっと今回は朝陽と同じか、それよりも上に行くに違いない。


「ちょっと勉強したくらいじゃ大して変わんないって、な?」


 もう一つドーナツを取ろうとしていた手を止めて、駆流が励ますような笑みを向ける。すると、テーブルに突っ伏したままだった春果がゆるゆると顔を上げ、真剣な眼差しを向けた。


「……一つ聞いていい?」


 声のトーンを落とした問いに、駆流が無言で頷く。


「何で勉強しないの?」


 これはどうしても聞いておきたかった。普通はテスト前といえば焦って勉強するはずだろう。少なくとも自分はそうだ。そう考えてのことだった。


「いつも原稿に追われてるせいもあるけど、それでも今くらいの順位ならキープできてるし、とりあえず赤点さえ回避できればいいかなって」


 しかし、追い打ちともいえる台詞が返ってくる。


「原稿に追われてても私とほぼ同じ順位かぁ……」


 今回は完全に負けたな、春果はそう確信し、がっくりと肩を落としたのだった。




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