第4話 カミングアウト

(まさか……?)


 春果は駆流が倒れる直前のことを思い返していた。


『付き合うってどこに?』


 駆流の台詞である。

 これは春果がはっきり「好きだ」と言わなかったせいで勘違いされたのだ。きちんと言えなかった自分が悪いことはよくわかっている。

 だが、今はそれを一旦横に置いておくことにする。

 一番大事なのはその次の台詞だからだ。


『今度のフラ☆プリオンリーか』


 近々、フラ☆プリのみの同人誌即売会が予定されていて、春果はそのイベントをずっと心待ちにしていた。

 きっとそのオンリーイベントのことだろう。

 根拠はないが、間違いない。春果は確信していた。

 そもそも、『フラ☆プリオンリー』などという言葉はこの世界、しかも身近にゴロゴロ転がっているものではない。

 つまり駆流が発したその言葉は、一つのものを差しているといってほぼ間違いないはずである。

 しかしフラ☆プリは女性向けのゲームで、ユーザーはほとんどが女性のはず。いや、あくまでもほとんど、という話だから男性ユーザーがまったくいないわけではないだろう。

 だとすれば、やはり答えは一つだ。


「もしかして、さっきの、フラ☆プリオンリーって……」


 春果が呟くように口にすると、


「俺、そんなこと言った!?」


 これまで背を向けていた駆流が勢いよく振り返る。驚いたように目を見開いていた。


「うん、はっきり言ってたよ。覚えてない? それより、やっぱり篠村くんもフラ☆プリ好きなの?」


 口元に手を当てて声をひそめながらも、興味津々といった様子で春果はずいっと身を乗り出す。

 そんな春果に対し、これまで恥ずかしさからだろうか、紅潮していた駆流の顔が今度はみるみる青ざめていく。それは倒れる前よりもさらに酷いものだった。


「はぁぁぁあ……」


 ベッドの上に盛大な溜息を落としながら、駆流はまたもうなだれる。

 春果は、そのまま何かを考え込んでいる様子の駆流を、黙って見つめることしかできないでいた。


(私、何か悪いこと言っちゃったかな……)


 ただ、同じゲーム好きの仲間かもしれない、と思って喜んだだけだ。決して馬鹿にしたり、非難したりしたわけではない。

 それでも、自分は知らずに駆流の気に障ることをしてしまったのかもしれない。

 一度マイナスのことを考え始めると、これでもかとばかりに次から次へと悪い考えが心の中に芽生えてくる。そしてそれはあっという間に全身を駆け巡り、途方もなく悲しくなった。


(……余計なこと言って嫌われちゃったのかなぁ……これは失恋確定かも……)


 今にも泣き出してしまいそうに、肩を落とす。

 駆流はそんな春果の様子に気付くはずもなく、まだうなだれたままだ。

 保健室にはしばらくの間重苦しい空気が立ち込めていたが、それを破ったのはようやく顔を上げた駆流だった。


「……わかった。ちゃんと話すよ」


 しっかりとした口調に、春果は息を呑む。


「それって、原稿とゲームの話?」


 思わず訊いてしまってから、それしかないじゃないか、と気付いた。

 告白のことを駆流は覚えていなかった。ということは、その後だ。つまり同人誌の原稿とゲームの話しかない。

 けれど、きっと自分は駆流を傷つけるようなことを言ってしまった。話の前に、まずちゃんと謝っておかなければ、と春果は駆流に向き直る。


「篠村くんごめんなさい!」


 勢いよく、深々と頭を下げると、


「……何で謝るの?」


 駆流の怪訝そうな声が返ってきた。


「だって、ゲームの話したら篠村くん急に機嫌悪くなっちゃったし……」

「ああ、それは別に怒ったわけじゃないし、もう吹っ切ったから」

「そうなの?」

「まあな。でもこれから話すことはみんなには内緒だからな」


 そう言って、駆流は唇の前で人差し指を立てる。

 春果は駆流を怒らせてはいなかったことに安堵しながらも、これから何の話があるのだろう、と緊張しながら一度椅子に座り直す。そして姿勢を正すと、駆流をまっすぐに見た。


「……いいか、誰にも言うなよ?」

「うん」

「絶対だぞ、わかったな」

「うん」

「絶対に絶対だからな」

「うん」


 低い声で唸るように念を押され、春果は神妙な面持ちで何度も頷く。

 その様子に、駆流は大きく深呼吸をすると、小声で続けた。


「……俺、腐男子だから」




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