エピローグ
「篠村くん、遅くなってごめんね!」
バタバタと慌てながら、春果が生徒玄関から出てくる。
告白から一週間ほどが経っていた。
一週間も経てば、さすがに自分が駆流の『彼女』であると自信を持って言える。
告白が成功した日の夜、朝陽に電話で報告をすると、すぐさま「おめでとう!」と、心底嬉しそうな声が返ってきた。もちろん、これまで協力や応援をしてくれていた朝陽には感謝しかない。
今日は駆流が春果の部活が終わるまで待ってくれていて、一緒に帰ることになっていた。
「そんなこと気にするなって。あ、慌てると転ぶぞ」
言った矢先から、春果が躓いて転びそうになる。
「わわっ!」
「まったく、今言ったばかりなのにな」
駆流が苦笑しながらも、咄嗟に春果の身体を支えてくれた。
「ご、ごめん」
体勢を立て直しながら、春果は素直に謝る。
駆流に触れられたところが温かい。そう思うのと同時に自身の頬が紅潮していくのを感じていた。
(今、この顔見られたら何て言われるか……)
そんなことを瞬時に考える。
馬鹿にされたりすることはまずないと思うが、互いに何となく気まずい空気になってしまうのはとても困る。それにこんなことで赤くなっているなんて恥ずかしい。
絶対これは見られるわけにはいかない、と春果は必死になって話題を変えた。
「そ、そういえばさ」
「ん、何?」
突然話題を変えられても、駆流には動じたりする様子はない。春果の顔がどうのだとかは特に気にしていないようだった。
それはそれで、少しくらいは何かしらのリアクションがあってもいいような気がしないでもないが、とりあえずは顔を見られることを回避できたことにほっとする。
「篠村くんってよく私の頭に手を乗せるけど、あれって癖?」
ずっと聞いてみたかったことを口にすると、
「そんなによく乗せてるか?」
駆流は首を捻った。
「うん。私はそう思うけど、もしかしてあまり記憶にない?」
「いや、まったくないわけじゃないんだけどな。東条には二回くらい……か?」
その言葉を聞いて、途端に春果は頬を膨らませる。
「全然違うよ! もっと多いもん! それに『東条には』ってことは他の人にもしてるの!?」
「い、いや、そうじゃなくて。今のはちょっと言い間違えたっていうか」
「ホントに?」
春果がじとーっと睨むような視線を投げると、
「ホントだって!」
駆流はそう言ってたじろいだ。
「うーん、ホントかなぁ……?」
春果がどこまで問い詰めるべきかを考えていると、駆流は頭上のどこかを見ながら思い出したように言った。
「あ、でも」
「でも?」
今度は春果が首を傾げる。
「近所の犬や猫の頭触ったりとかはするよ」
「犬や猫……」
「あと、小さい子供とか」
駆流の言葉に、春果は盛大な溜息を漏らした。
優しい駆流が犬や猫、子供の頭を撫でている様は、想像するととても微笑ましい。むしろ三次元の最推しとして尊いの一言に尽きる。
けれど、自分も駆流の中で同じような扱いをされているのだとすれば、それは由々しき事態だ。
「……もしかしなくても、私は今までずっとお子様扱いされてた……?」
今にも頭を抱えそうになりながら唸ると、駆流は即座に真顔で反論した。
「いや、お子様扱いはしてなかった。それは断言する」
「……そう?」
まだ怪訝そうな目を向ける春果に、駆流はどうしたものかとでも言いたげな表情を浮かべる。
それから数拍、考える素振りを見せると、
「……ちゃんと女の子扱いしてた、と思う」
小声でそれだけを紡ぎ、一つ咳払いをする。そして次には気恥ずかしそうに顔を背けた。
その様子に春果の表情がぱっと華やぐ。
「それってホント!? ね、ホント?」
駆流の前に回り込み、キラキラと輝いた瞳で見上げる。そして制服の袖を両手で掴むと、何度も引っ張った。
女の子扱いされていなければ今駆流の隣にいることも叶わなかったのだから、それなりには見られているということはわかっていたが、やはりきちんと口にしてもらえるのは嬉しいものだ。
「ほ、ホントだって! ほら、もうこの話は終わり!」
これから行くとこあるだろ、と駆流が言い聞かせると、春果は渋々ではあるが袖から手を離した。
「じゃあ、また今度この話聞かせてね」
楽しそうにくるりと身を翻し、満面の笑みで駆流の隣に並ぶ。
「……それは断る」
駆流は心の底から困ったように、そう呟いた。
「さて、そろそろ行くか」
「うん」
鮮やかなオレンジ色に染まった空の下、制服姿の二人が共に歩き出す。
目的地は、いつものアニメショップだ。
今日も駆流は同じグッズを三個ずつ買うのだろう。
春果は、駆流と一緒にいられる幸福感に包まれながら、自分も一種類くらいお揃いで三個買ってもいいかな、などと考えていた。
【了】
腐女子が腐男子に恋したら。 市瀬瑛理 @eiri912
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