第45話 最後の告白・2 side 駆流
駆流は黙って原稿を読み始めた。
(ちゃんと写植まで貼ってあるし、すごい頑張ったんだな。だからあんなに疲れてたのか)
懸命に原稿に向かっている春果の様子が容易に想像できて、思わず微笑む。
(やっぱり嫌われてはいなかったみたいでよかった……)
春果が自分を避けていた理由がこの原稿を描くためだったことがわかり、ほっとした。けれど、それなら普通に「原稿中だから」とはっきり言ってくれればよかったのに、とは思う。
思っただけで、春果を責めるつもりは毛頭ないので黙って自分の心の中にしまっておくことにした。
原稿はトーンの仕上げだけでなく、写植まできちんと貼られたものだった。
ここまで完成されていればすぐにでも印刷所に入稿できるレベルで、駆流は後でこれを同人誌として出してもいいのではないかと思った。
内容はフラ☆プリの青×緑の現代パロディで、高校生の青と緑が出てくる学園ものだった。
(なるほど、学園ものもいいかもしれないな……)
次回の新刊の参考にしよう、などと同人作家らしいことを考えながらページを繰っていく。
しかし、途中でその手が止まった。
(ん? そういえば、こんなことが前にあったような……)
ふと覚えたのは、既視感だった。
ストーリーでは緑が青を放課後の教室に呼び出して告白をしているシーンだが、なぜだか駆流はそれと同じようなことを知っている、と思った。
(何だ? この感じ……)
だが、はっきりとしたことがわからない。頭の中に
緑の告白は、結局青が体調不良で倒れてしまったことでうやむやになってしまうが、その後二人は共通の趣味があったことで次第に仲良くなっていく。
(うーん、やっぱりどこかで見たことあるような気がするけど……)
まだ、既視感の正体はわからない。
これまで読んできた漫画や同人誌の中に同じような話があっただろうか、と考えるが、残念ながらそのような内容のものは思い出せなかった。
ストーリーは着々とラストへと向かっていく。
緑は再度、青を放課後の教室に呼び出した。
『おれは、お前のことが好きなんだ。だから付き合ってくれ!』
夕日に染まった教室で、改めて告白をする緑。
(これは『俺も好きだ!』ってなるパターンかな)
何だかくすぐったいような気持ちで駆流はページをめくる。次が最後のページだった。
(……え?)
しかし、駆流の予想は大きく裏切られた。
(ここだけ台詞が書いてない……?)
最後のページは大きな一コマに、青の顔のアップだけが描かれていた。
吹き出しはあったが、なぜかそこだけは台詞がない。青からの返事はわからないまま終わっていたのである。
さすがにここだけ写植を忘れたわけではないだろう。だとすれば、わざと書かなかったのか。
青の返事だけを書かなかった理由。それは一体何なのか。
しばし考え込んでから、ふと顔を上げると、真剣な表情で駆流の様子を窺っていた春果と目が合った。
(あれ……?)
そこで、ようやく駆流は既視感の正体を掴んだ。
(これって俺と東条の関係に似てるんだ……!)
最初のページに戻って読み返す。
緑が青に告白しようとして失敗したシーンを見て、「もしかして」と思った。何となく青と自分が重なる部分が多いように感じられたのだ。
緑の告白が失敗した原因は、青が倒れてうやむやになってしまったからだが、自分も一度だけ倒れたことがあった。
(初めて東条と話した日、俺が倒れたんだった。で、その時は確か……)
懸命に自分の記憶の糸を手繰る。
『大した話はしていないから気にしなくていい』
どんな話をしていたのだろうか、と訊ねた時、春果はそのように言っていた。その言葉を鵜呑みにした駆流は、これまでそれ以上のことは聞こうとはしなかったのである。
(ああ、そういえばあの日もこんな感じだったな)
夕日が差し込み、橙色に染まった放課後の教室を黙って見回す。
緑が青を呼び出したのも夕暮れの教室である。
思い返してみれば、やはりそこで自分の身に起きたことはあまりにも青のそれに酷似していた。
(やっぱり、これは俺……? だとしたら緑は……)
また原稿に視線を戻す。さらにじっくり読み込んだ。
もしも本当に自分が青に例えられていたとしたら、緑に例えられるのはただ一人しかいないはずだった。
「この話って……まさか!」
慌てて顔を上げると、春果は優しい眼差しで、静かに駆流のことを見つめていたのである。
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