第46話 最後の告白・3
「うん、篠村くんと私のことを青と緑に見立てて漫画にしたの」
照れ臭そうにしながらも、春果が正直に頷いた。
鈍いと定評のある駆流がようやく気付いてくれたことに、春果はほっとしていた。
このまままったく気付いてもらえなければ、自分から説明しなければならないと考えていたが、それはさすがに恥ずかしいものだ。
「でもこの最初の告白のシーン、俺、全然記憶ないんだけど!」
駆流が机の上に原稿用紙を置くと、「ここ、ここ!」と指で何度も叩く。
「そのシーンね。初めて篠村くんと話した時のことちゃんと言ってなかったけど、えっと、実はあの時告白しようとしてたの」
ずっと誤魔化しててごめんね、と春果が苦笑交じりに謝ると、
「じゃあこれって……!」
駆流が瞠目して、春果を見つめた。
「漫画や小説は愛を伝える手段だって、篠村くんが前に言ってたから。だから、この漫画に私の篠村くんへの想いをありったけ込めてみたの」
そう言って穏やかに笑んだ春果は、すっと立ち上がると、両の拳を強く握る。そして数拍おいてから言葉を発した。
「……私は、篠村くんのことが大好きです。だから付き合ってください」
しっかりとした口調だった。
駆流に向けてまっすぐに紡がれた、春果の気持ち。
当の駆流は瞬きをすることも忘れて、ただ黙ったままだった。
そんな様子に春果は、
(今回はちゃんと言えた、よね……?)
先ほどの告白を思い返しながら内心ハラハラしていた。
今はきっと顔も耳も手足すらも真っ赤になっているだろうが、夕日を背にしていたから表情までは見えなかったはずだ。それはせめてもの救いだったかもしれない、と思った。
しばしの間駆流を見下ろす形で立ち尽くしていた春果だったが、ようやく思い出したようにすとんと椅子に腰を下ろす。
と、ほぼ同時に、
「東条、何か書くもの貸して!」
駆流が大きな声を上げた。
「は、はい!」
急かすように手を出してきた駆流に、春果は慌てて鞄の中に入っていたペンケースを探し始める。ペンケースを見つけると、今度はそこから一本のシャーペンを取り出し、手渡した。
すぐに受け取った駆流は、次には真剣な表情で原稿の束を何枚も繰る。どこかのページを探しているらしかった。
そしてついに中から一枚を引っ張り出すと、それを裏返した。
何も描かれていない、真っ白な原稿用紙の裏側。
「……?」
春果は駆流が何をしようとしているのかさっぱりわからず、黙ってその行動を見守っていた。
「ちょっと待ってろ」
そう言った駆流は、裏側のまっさらなページにサラサラと流れるように何かを描いていく。
「……よし」
少しして出来上がったのは青のイラストだった。春果が描いた表のイラストと同じアングルだ。
「?」
状況を呑み込めていない春果が、「これはどういうことだろう」とでも言いたげに首を捻り、駆流の顔を見る。
すると、ニッと笑った駆流がイラストの横に吹き出しを付け足し、その中にはみ出すくらいの大きな文字で、
『俺も大好きだ!』
と、書いた。
「これでこの原稿は完成!」
春果に見せるようにして原稿用紙を掲げる駆流を前に、春果はようやく理解が追いつき、思わずくすりと小さく微笑む。
大きく書かれた、駆流からの返事。
それは春果がずっと欲しいと思い、切に願っていたものだった。
「――っ」
篠村くんありがとう、そう言いたいのに言葉が出てこない。
春果が最後のページで青の台詞を書かなかったのは、そこに駆流の返事を入れてもらうつもりだったからだ。
でも、まさかその裏に推しのイラスト付きで返事がもらえるとは思っていなかった。しかも世界で一番嬉しい言葉。
(篠村くんが、私のこと……)
これまで楽しいことや嬉しいことだけでなく、もちろん苦しいことや辛いことだってあった。
けれどその嫌だったことが今、じわじわと心に沁みてくる駆流の言葉によってすべて報われたような気がした。
春果は駆流が掲げたままの原稿用紙をしばらく黙って見つめたままだったが、次第にその瞳からは涙が溢れてくる。
そしてついに零れた涙は拭われることなく頬を伝い、静かに流れ落ちた。
「な、泣くなよ! 俺、どうしていいかわかんないだろ!?」
途端に駆流が狼狽える。
「……これは、嬉し泣きだからいいの」
春果はまだ涙を拭うことなく、そう言いながら破顔した。
「……そっか」
ゆっくり右手を上げた駆流は、少しの間悩むようにそれを宙に彷徨わせ、ようやく春果の頭に乗せた。そのままポンポンと数回優しく弾ませる。
(篠村くんの、手……。いつもと同じで、あったかい)
春果の心の中に駆流の手の温もりが伝わってくる。とても温かくて優しい気持ちになった。
これで自分はようやく『彼女』になれたのか、と少しずつ実感が湧いてくる。
「……篠村くん、ありがとう」
やっと言いたい言葉が出てきた。柔らかな笑みのこもった、感謝の言葉。
「こちらこそ」
駆流も同じように目を細めると、初めて春果の髪をそっと梳くように撫でたのである。
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