第36話 初めての喧嘩
暦も九月に入り、まだ暑いながらも徐々に秋の色が見え始める。心では何となく物悲しいものを感じる季節だ。
放課後、春果はいつもと同じように駆流と一緒に帰りながら談笑していた。
「これ、借りてた漫画。すっごく面白かった!」
「だろ?」
春果が漫画の入った小さな紙袋を渡すと、駆流はそうだろうそうだろう、と満足げに何度も頷いた。
もちろん駆流が布教のために貸したものだ。
現在少年誌に週刊連載されているもので、単行本はまだ三巻までしか出ていないが、駆流は「この漫画は絶対これから来るから!」と半ば押し付けるようにして春果に貸したのである。
春果も漫画は大好きだし、何より駆流が勧めてくれたのが嬉しくて、どんな内容かもよく聞かずに借りた。
チョイスとしてはさすが元バスケ部の駆流といったところか。
ストーリーはざっくり言ってしまうと、弱小バスケ部に入った主人公が、同じバスケ部員たちと紆余曲折を経て共に成長していく、というよくあるようなものだった。
だが、キャラクターがそれぞれ魅力的でストーリーもテンポよく読める上、特に試合シーンは『圧巻』の一言に尽きる。
まだ巻数が少ないとはいえ、春果はあっという間に読み終えてしまった。続きが気になって仕方がないので、今からでも掲載されている雑誌を買い始めようか、と真剣に考える程度には面白かったのである。
駆流の言う通り、春果も「間違いなくこれは来るな」と直感した。
「で、どう?」
駆流が何かを聞きたそうにソワソワしながら、春果の顔を覗き込む。その瞳はキラキラと子供のように輝いていた。
(わかりやすいなぁ)
春果は心の中で苦笑する。
そして駆流の言いたいことはすぐにわかったので、
「私は四番推しだなぁ。高身長でイケメンなのはポイント高いと思うの」
迷うことなく、素直に答えた。
高身長でイケメンなところが駆流と似ているということもあったのだが、何より、作画も春果にとってとても好みだったのである。
「なるほど、四番か。俺は七番推しだな」
「あ、やっぱり? 何となくそうかなって思った」
「東条の四番推しもわかるな」
楽しそうに笑みを交わすと、二人は少しだけ顔を寄せ、
「で、カップリングは?」
小さく声を揃えた。
「まだカップリングは決まってないけど、四番は総受け」
春果は今回も迷うことなく、真顔で答える。
すると、途端に駆流は眉をひそめた。
「え? 七番総受けだろ?」
「いや、総受けは四番に決まってる」
推しが違っている分には問題ない。ブラインドものを箱買いした時に分け合える。これは大きなメリットだ。
しかし、今回は受けキャラの認識が食い違っていた。カップリングがまったく逆、というわけではないが、やや似たようなものだ。
「とにかく四番は総受け、これは絶対譲らない」
春果が駆流の顔を下からきつく睨みつける。
それに対して駆流は、
「俺だって譲らない、七番は受けだ。それにこっちの方がメジャーだ」
自慢げにふふん、と鼻を鳴らし、同じように春果を睨んだ。
「そんなことまだわかんないじゃない。どこ情報なの、それ」
二人の間に火花が散る。
「俺が今決めた」
「何それ! ちょっと適当すぎない!?」
「誰が何と言おうと七番受けの方がメジャーだ」
「じゃあ四番受けの方がメジャーだって今私が決めた!」
「そんなこと俺は認めない!」
「私だって認めない!」
いつの間にか論争はヒートアップしていた。正確には論争というよりは子供の喧嘩、といった方が正しいのかもしれないが。
どちらにせよ、互いに譲る気は皆無だ。絶対に自分の主張は譲らない。そう目だけで強く語っていた。
そのまましばらく睨み合っていると、このままでは埒が明かないと思った春果が、
「もういい」
不機嫌そうに頬を膨らませ、くるりと身を翻す。
そしてそのままの勢いで、駆流に一瞥をくれることなく走り去った。
駆流はそんな春果に声を掛けることも、また、背を追うこともなく、ただ黙って顔を背けただけだった。
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