第14話 イベント開場!
どうにか準備も無事に終わり、開場を待つだけになった。
(サークルから見るとこんな感じなんだ!)
いつもとはまったく違って見えるサークル側からの景色に、椅子に座った春果はただただ感動を覚えていた。
まだ開場までは少し時間があったが、目の前を沢山の人たちが行き交っている。
様々なサークルの人たちや、スタッフなどの関係者。
それをただ黙って眺めているだけでも楽しい。
まだ売り子に対する不安はほんの少しだけ残っていたが、それ以上に開場して大勢の人が入ってくるのを心待ちにしている自分もいた。
そしてそろそろ開場かという頃。
「じゃ、行ってくるから!」
片手を上げた菜緒はそう言うと、財布を持ってそそくさとスペースから出ていこうとする。
「ん、よろしく」
春果の隣に座っていた駆流は小声でそれだけを返し、菜緒を見送った。
「え、菜緒さん……?」
もうすぐ開場なのに、菜緒がいなくなっては困る。
一体どういうことなのか、とさっぱり状況がわからない春果が思わず、駆流に視線を投げると、
「最初はみんな壁側の大手サークルに並ぶからこの辺はお客さんほとんど来ないし、それに早く行かないと新刊買えないかもしれないからな」
いつもみたいに萌えを語る時とは違う、落ち着いた口調で駆流が言う。
それは普段、学校で春果以外の人間に見せている表の顔だった。
本当ははしゃぎたいのだろうが、きっと今はそれを必死で抑えているのだ。そのことは春果にもすぐにわかった。これが腐男子の辛いところ、というものだろうか。
「あ、そっか」
駆流の説明で納得した。
つまり菜緒は、まだサークルにお客さんが来ないうちに他のサークルを回って新刊を買う、という使命も駆流によって背負わされているのだ。しかも今回は春果の分も一緒に頼まれているに違いない。
(菜緒さん、ごめんなさい……!)
春果は心から申し訳ないと思ったが、これなら新刊の買い逃しはなさそうだな、などと頭のどこかでそんなことも考えていた。
※※※
オンリーイベントが開場してしばらくは駆流の言った通り、お客さんが来ることはなかった。
逆に、壁側に配置された大手サークルの方に行列ができている。
(すごい列……! 自分で並んでる時は知らなかったけど遠くから見ると行列ってあんな感じなんだなぁ)
春果が感激したように無垢な瞳を輝かせて眺めていると、駆流が呟いた。
「……そろそろかな」
「ん? 何が?」
その声に気付いた春果が振り向くと、
「姉貴と、お客さん」
長い足と腕を組んだまま、俯きがちに答える。
どうやら顔を隠そうとしているらしいが、それでも十分目立っているような気がしなくもない。
(これ、絶対隠しきれてないよね……)
春果は時折、スペースの前を通って行く女の子たちがちらちらとこちらを見ているような視線を感じていた。
最初こそ何だろう、と思う程度のものだったが、だんだんとその理由がわかってきたのである。
男子だと気付かれてはいないようだが、注目を集めているその存在。存在感だけでなく、纏っているオーラがすでに一般人とはまるで違っていた。
これが注目を集めないはずがない。
しかし、この頃には春果も駆流の女装には慣れてきていたので、あえてもう何も言うことはなくなっていた。
「それってどういう……」
「ただいま!」
春果の声と、ちょうどスペースに戻ってきた菜緒の声が重なる。
見れば、息を切らせている菜緒は大きな紙袋を両肩に掛けていた。おそらく、その中のすべてが駆流と春果のための戦利品なのだろう。ということは、きっと重さも大変なことになっているはずだ。
(ホントにごめんなさい! でもありがとうございます!!)
春果はそんな菜緒の姿に神を見たような気がして、心の中でお礼の言葉と共に勢いよく頭を下げた。
「お客さん、もう来た?」
「まだだけど、そろそろだと思う。大手の列が少し捌けてきたから」
スペースの机の下に紙袋をしまいながら菜緒が問うと、パンフレットに目を落としていた駆流が静かな声音で言う。
「オッケー」
頷いた菜緒は、机の端に置いていたまだ開けていないペットボトルを右手に取り、腰に左手を当てると一気にその半分ほどを呷る。
ちょうどその時だった。
スペースの向こう側から可愛らしい女の子の声が聞こえてきて、菜緒の豪快な飲みっぷりに感心していた春果は反射的に振り返る。
「すいません、新刊一冊ください」
初めてのお客さんだった。
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