第6話 その後の春果

「まさか、そう来るとは……」


 駆流の突然のカミングアウトから数日後。

 窓枠に乗せた両腕に顎を預け、グラウンドを何とはなしに眺めながら、春果は唸った。

 その横では、専用のスタンドに置かれたトロンボーンが「早く吹けよ」とでも言わんばかりに、太陽の光を眩しく反射させている。


 春果は中学の時からやっていた吹奏楽を高校に入っても続けていた。

 この学校の吹奏楽部は顧問の教師があまり熱心ではないので、休みも比較的自由に取れるし、自由参加の日も多い。

 コンクールも毎年参加してはいるが、全国大会や支部大会に行けるどころか地区大会で銀賞がいいところである。

 ちなみに地区大会で銀賞というのは、ほぼ参加賞に値する銅賞よりも少しだけ上手い程度のもので、別に自慢できるものでもなんでもない。


 春果はコンクールで全国大会、とまではいかなくても、地区大会で一度くらいは金賞を取ってみたいと思っていた。しかし、金賞を取って支部大会、さらには全国大会にまで行くような学校は練習がとても厳しかったり、休みもほとんどなかったりするのが当たり前だ。

 そうなると必然的に日曜や祝日も練習で潰されるため、今の生き甲斐とも言えるイベントに行くことができなくなってしまう。


『それは絶対に嫌だ。ならば金賞よりもイベントを優先したい。だけど、吹奏楽は続けたい』


 そんなわがままなことを考えた春果は、休みの融通がききやすい吹奏楽部のあるこの学校を迷わずに選んだ。

 入ってみてから驚いたことは、思っていたよりもずっと個々の部員のレベルが高かったことである。

 どうやら、中学で厳しい練習を頑張った分高校ではのんびりとやりたい、などと思っていた者が意外と多かったらしい。


 もちろん、今より厳しい中学で三年間真面目にやってきた春果も、周りに負けず劣らずの実力を持っていた。

 中学でもコンクールは地区大会で銀賞が最高だったのだが、それでも先輩と後輩の上下関係は厳しかったし、練習だって今よりもずっと大変だった。

 そんな部員たちのお陰か、現在もコンクールこそ銀賞止まりだが、年に何度かある演奏会や文化祭での演奏に支障をきたすことはほぼ皆無だ。


 今日は自由参加の日で、部員の数もまばらだった。

 さらに三年生の先輩方もあまりいないのをいいことに、春果は練習もそこそこにして窓辺で物思いにふけっていたのである。


「告白して驚かせるどころか、逆にこっちが驚かされたよね」


 ぼんやりと数日前の出来事を振り返る。

 告白をして返事をもらうどころか、まさか反対に重大な秘密を聞かされることになろうとは。


(意外な一面どころじゃなかった……っ!)


 結局、告白についてはうやむやになってしまったが、それでも春果は駆流の秘密を共有できる存在になれたことが純粋に嬉しかった。一気に距離が縮まったのだから、嬉しくないわけがない。


「えへへ……」


 これまで遠くからこっそり姿を眺めたり、用もないのにわざわざ駆流のクラスの方まで行ってはわざとらしくすれ違ってみたりしていたのがまるで嘘のようで、思わず頬が緩んでしまう。

 いかんいかん、と慌てて両手で頬を叩くが、それでも勝手に緩んでしまうのは止められなかった。




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