第35話 リシアの謎(後編)
手紙はそれで終わっていた。
「リシアはどこに行こうとしているんだ?」
「わからないっち」
「ここに書かれている『存在すべきではない存在』とは?」
「それも分からないっち。むしろハヤテの方が知っているんじゃないのけ?リシアと最初に出会ったのはハヤテなんだやん」
そう言えばリシアは初めて会った時に『自分はハーフ・エルフで不吉な災厄をもたらす存在』と言っていた。
それと関係があるのだろうか?
俺はリシアが使っていた部屋を調べてみた。
だがキレイに片付けられていて、何の痕跡もない。
手掛かりなどありようが無かった。
レミは相変わらずこの国の都市にある魔術師協会に連絡を取っていた。
リシアも白魔術師である以上、必ず魔術師協会には登録されているはずだし、何らかの情報があるはずだった。
日が暮れた頃、ミッシェルが戻ってきた。
「ダメだ。リシアはもうこの街を出たらしい。東に向かう馬車に乗ったという事しか判らなかった」
俺が地図を広げた。
「東と言うと都市は、マッキントッシュ、ソーニンプレス、セスタ、ライデルク、スーファンか?」
「だがこれらの街を全て探すというのは骨が折れるぞ」
「レミ、これらの街の魔術師協会に問合せは出来るか?」
だがレミは首を横に振った。
「その辺の魔術師協会には問合せ済だやん。でもリシアの情報は入ってなかったっち」
「まだ到着してないだけかもしれない。明日、もう一度聞いてみてくれないか?」
ミッシェルの言葉にうなずいたレミだが、やがて俺の方を見た。
「ハヤテはリシアと、ミッテンからの街道の途中で出会ったって言ってたっちね」
「ああ。あ、でもリシアはその前に俺を見かけていたらしい。俺がミッテンの魔術師協会を出る時にぶつかったのが彼女だそうだ。俺がフラフラの状態だったから、リシアの記憶に残っていたみたいだな。俺は覚えてないけど」
「リシアは何の用事で魔術師協会に行ったんだやん?」
「なんでも預けてある物を取りに行ったって……」
レミが立ち上がった。
「バカ、アホ、ハヤテの役立たず!もっと早くそれを言えっち!それでリシアの事が解るかもしれないのに!」
レミはそう言うと、さっそく魔法通信でミッテンの魔術師協会に問合せた。
何やら思念波で話していたらしいレミの表情が変わる。
やがて通信が終わったレミが呆然とした様子で言った。
「リシアが、預けていた物が解ったっち……」
「なんだったんだ?」ミッシェルが尋ねる。
「……サクリファイス・チョーカー……」
ミッシェルの眼も驚きで丸くなる。
俺にはまったく意味が解らなかった。
「サクリ……ショッカー?なんだ、それは?」
「サクリファイス・チョーカー」
レミがもう一度繰り返した。
その後にミッシェルが絶望したかのように続ける。
「『生贄』の儀式に使われる装身具だ……」
レミとミッシェルは必死になって『東方面で生贄の儀式』を行っている場所を探した。
レミ「東は砂漠か山岳地帯やな。山岳地帯だと『雪男の花嫁』か?」
ミッシェル「でも東から東南のミッデルシヤ王国にも行けるよな。そうなると『風の魔神パアル』かも」
レミ「そこまで範囲に入れると『蝗の王ライデルシャ』も考えられるっち」
ミッシェル「私が以前聞いた話だと、この国の東国では『魔の谷』と言うのがあって、そこには生贄を捧げるとか」
レミ「その辺の砂漠地帯には『大砂ナマズ』もいるやん。そういう土着信仰の生贄の線もあるかもしれないっち」
俺にはこの会話にはまったく着いていけない。
完全に役立たずだ。
だが俺もその間にボケ~っとしていた訳ではない。
俺はザルム山地に住むドワーフのズールに頼んで、二つのものを作って貰っていたのだ。
一つはCBRに装着できるサイドカー。
リシアがどこに行ったか探すのに、レミとミッシェルの力が必要だ。
CBR単体では二人までしか乗れない。
二つ目は「火炎弾を発射できるランチャー」だ。
俺は「ファイヤー・ボム」がもっと発射できると助かると思っている。
だが現在の俺の能力では五発が限界らしい。
そこでファイヤー・ボムの代わりに、グレネード・ランチャーのような銃を以前から頼んでいたのだ。
これは火薬で発射する。
弾はガソリンと生ゴムを詰めた火炎弾と、火薬を詰めた炸裂弾の二種類だ。
炸裂弾にはマキビシのような尖った金属の破片を混ぜてある。
これで威力が増すはずだ。
ズールの仕事は早くて正確だった。
わずか三日足らずで、俺の注文通りの品を作ってくれたのだ。
そしてサイドカーとランチャーを持ち帰った日、レミも新しい情報をつかんでいた。
「リシアが初めて魔術師として登録した協会が解ったっち!東の街・ライデルクの魔術師協会だやん。リシアはその周辺の町か村のどこかにいるはずだっち!」
翌朝、俺は後ろにレミ、サイドカーにミッシェルを乗せてライデルクに向けて出発した。
ライデルクはミッテンとり東南東に200キロほど行った場所だ。
俺はまだライデルクには行った事がない。
俺だけではなく、レムもミッシェルも行った事がないと言う。
道はあまり良くない。
俺達がいるプライス王国は、東南に位置する『ミッデルシヤ王国』とは正式な国交がないのだ。
この二つの国は宗教が違う。
プライス王国は「ヘーレイス教」を崇めるのに対し、ミッデルシヤ王国は「ヘレスム教」を国教としている。
どちらも同じ「女神ヘラ」を崇拝する宗教なのに、互いに相手を「異教徒」と呼んで敵視し合っている。
宗教に無関心に俺にはまったく理解できないが。
あまり飛ばせない理由はもう一つある。サイドカーだ。
俺はサイドカーを運転した事がない。
だからサイドカー付きではとっさの時に回避できる自信がない。
またドワーフのズールの腕を信用しない訳ではないが、コイルスプリングも金属ホイールもゴム製タイヤも、彼は生まれて初めて作ったのだ。
それで高い完成度を求めるのは酷と言うものだろう。
舗装もされていない荒れた道を時速60キロ程度で走る。
我慢強いミッシェルは文句は一切言わないが、休憩の度に腰とお尻が痛そうにしている。
それでもリシアが心配らしく「休憩はそんなに取らなくていい。早く行こう」と言ってくれる。
俺達は夕方には東の街・ライデルクに到着した。
プライス王国の街としては、一番東に位置するらしい。
俺達は宿だけ決めると、さっそく街に繰り出してリシアの事を聴き回った。
「銀髪のハーフ・エルフ?さぁ、知らないなぁ」
「ハーフ・エルフなんていたら目立つと思うぞ。何て言ったってハーフ・エルフは『災厄の前兆』だからな」
「止めとくれよ、縁起でもない。そんなヤツ、この街に入れないでおくれよ!」
想像していた以上に『ハーフ・エルフ』は毛嫌いされているようだ。
「う~ん、中心部の都市ではエルフと交流がある人間も多いから、そこまで露骨に口に出す事はしないんだがな。だが地方に行くとまだまだエルフに、特にハーフ・エルフには敵視を向ける人間が多いのだろうな」
宿に戻って夕食時だ。
「なぜこの地域の人々はこんなにハーフ・エルフを嫌うのか?」という疑問を口にした所、ミッシェルはこう答えた。
「エルフは霊的には高等な種族とされているやん。エルフも人間を見下しているヤツがおるしね。人間側もエルフにはコンプレックスと怒りを抱いている人が多いっち」
「それだけか?聞いているとエルフよりハーフ・エルフの方が蔑視されているように感じたけど」
それにはミッシェルが答えた。
「我々ヘーレイス教国陣営とエルフ国家とは、歴史上何度も戦争をしているんだ。最後の戦争は20年前かな。だから年配者は今でもエルフを敵視している。そして過去の戦争で何度か『ハーフ・エルフのスパイ活動』で、人間側に大きな被害が出ているんだ」
「ハーフ・エルフは大きな魔力を持っている人が多いっちね。人間よりはエルフに近い感じやし」
「そんな事でか……リシア本人には何の関係もないのに……」
だが俺の世界でも、俺達には判らない理由で戦争が起きていた。
そして世界中で戦争が無かった時は、ほとんどないと聞いた。
この異世界でも一緒なのだろう。
「でもハーフ・エルフは目立つんだろ?だったらなぜリシアを目撃した人がいないんだろう。もしかしてこの街にリシアが来たと言うのが見込み違いだったんじゃないか?」
ミッシェルが難しい顔をする。
「う~ん、そうかもしれないが、リシアは変装していたかもしれないしな」
それにレミが同意した。
「これだけハーフ・エルフが迫害されているんだやん。むしろ変装しないでいる方がおかしいっち」」
そこでたまたま給仕に来たウェイトレスの少女が、俺達の話に興味を持ったのか話しかけて来た。
「お客さん達、ハーフ・エルフを探しているの?」
「え、ああ」
「あたしが居た村の隣には、ハーフ・エルフの女の子がいたって噂があったよ」
「噂?」
「うん、でもあまり人前には出さないようにしているんだって。ハーフ・エルフが居るなんて、みんな嫌がるもんね」
俺は勢い込んで聞いた。
「それはどこの村だい?」
「ここからさらに東に50キロ以上いった所にある『シラバザーク村』だよ。魔石が取れるって言うんで村自体はけっこう裕福なんだけどね。でもかなり秘密主義の村らしいよ」
「『シラバザークの魔石』と言ったら風の精霊を使う魔石として有名だっち。」
レミが補足した。
「よし、明日はそのシラバザーク村に行ってみよう。何か分かるかもしれない」
俺は最後にそう決定した。
この続きは、明日7:20頃公開予定です。
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