第13話 夜間の異世界走行(前編)
俺とレミはバイクに乗って、リュンデの町を後にした。
目的地はここから西に100キロ離れたミッテンの街だ。
俺が出発の準備をして町長の家を出た時には、どこから情報を嗅ぎ付けたのか、町の連中が集まっていた。
彼らは俺を応援するのではなく『俺が無事に今日の0時までにミッテンの街に到着できるかどうか』の賭けをしていたのだ。
倍率は240対1で圧倒的に『たどり着けない』だった。
中には『俺が途中でモンスターに食われる』という事に賭けている奴もいた。
俺の顔を見ると胴元が駆け寄ってきた。
「アンタのお陰で、久々に賭けが盛り上がってるよ。もっともアンタが『辿り着けない』が圧倒的だけどね」
俺は黙って持っていた所持金から百ディナを突き出した。
「じゃあ俺は『俺が辿り着ける』方に百ディナを賭ける。別に問題はないよな?」
胴元は一瞬俺の目を凝視したが、「ニッ」と笑う。
「いいとも、いいとも。別に不正にはならない。じゃあアンタは自分が勝つ方に百ディナだな」
すると横にいたレミも銀貨を握り締めて突き出した。
「ワタイも賭けるっち。ハヤテが今日中にミッテンに辿り着く方に百ディナだやん」
「いいのか?」
そう聞く俺にレミは胸を張る。
「師が弟子を信用せずして、誰が信用するであろう。ハヤテよ、我が信頼に答えるがよい」
「だから誰がオマエの弟子なんだよ」
胴元はニヤニヤ笑いを浮かべながら、レミの百ディナを受け取った。
「よっしゃ。もしアンタらが無事にミッテンに着いたら、アンタらは大勝ちする事になるな。もっともモンスターに食われちまったら、元も子もないが」
そう言いながら彼は、俺達二人に賭けの受取書を渡した。
壁の外に出ると、外は一面の闇だった。
草原地帯ならヘッドライトが遠くまで照らしてくれるから、まだいい。
だが道はすぐに森の中へと入っていった。
街道は出来るだけ真っ直ぐに作られてはいるが、それでもこの世界の技術では大岩や大木は避けられないようだ。
どうしても道は曲がりくねってしまう。
そのためヘッドライトで照らせる範囲は、けっこう近距離のみとなってしまうのだ。
必然的にスピードは落とすしかない。スピードメーターは60キロを指している。
……このスピードで0時までに、ミッテンの街に着けるのか……
ミッテンまで約100キロ。
だが途中でドラゴンの群に焼かれた場所があると言う。
そこは避けて迂回するとなれば、さらに走行距離は伸びる。
夜の森を走るのは想像以上の脅威だった。
俺の世界でも夜に峠を走った事はあるが、基本的に昼間に走った事がある道だし、路面も舗装されている。
だからそこまでの不安はない。
だがまったく走った事のない道、しかも未舗装路を、さらに街路灯も何もない森の中の道を走るのでは、とてもじゃないがスピードは出せない。
まるで森の中の道が『街路灯の無いトンネル』のように見える。
ヘッドライトに見える範囲だけが頼りだ。
時折、バイクの排気音に驚いたのか、それともヘッドライトの光に驚いたのか、なにやら解らない動物が飛び出して来る。
カンガルーとシカを合わせたような動物や、ウサギみたいな跳ね方をするキツネとか。
さらには1メートルくらいあるコウモリみたいな動物が頭上をかすめたり、ワニかオオトカゲみたいのが道を横切ったり。
三時間ほど走った所だ。
目の前が急に開けた。
だが視界に入ったのは……道に折り重なったたくさんの倒木だ。
「おわっと!」
俺は急ブレーキをかけた。
バイクが急停車する。
俺はヘルメットを脱いでバイクを降りた。
ヘッドライトは点けたままだ。
「これは……」
俺は言葉を失った。
目の前に広がったのは、一面倒木の海だ。
それもアチコチが黒く焼け焦げている。
そして多くのなぎ倒された木々によって、どこが道路かさえ解らないくらいだ。
「ここがドラゴンの群に焼き払われた『赤の森』だっち」
いつの間にか背後に来ていたレミが呟くように言った。
「かなりの範囲だが、これを迂回する道はあるのか?」
「この場所なら、2キロほど戻れば以前使われていた旧道があるっち。そこは赤の森より山の麓側を通っているから、おそらく使えると思うんやが……」
「そっちは何が問題なんだ」
「モンスターが出るっち。それもオオムカデが。いつの間にか旧道のその付近がオオムカデの生息地となったやん。それで新たにこの街道が出来たんやん」
俺はヘルメットをかぶりながら、バイクに戻った。
「行こう。急がないと朝までにミッテンに着けない」
俺たちは来た道を2キロほど戻った。
「そこだっち」
レミが左側に山を下る方向の枝道を指差した。
俺はUターンするように、その枝道にバイクを入れる。
途端に道が悪くなった。
舗装されていない上、道のアチコチに雑草が生えている。
だが道としての状況を残している所を見ると、全く使われていない訳ではなさそうだ。
CBRの前輪が暴れると同時に、カウルが激しく振動する。
やはりこういう場所はオフロード・バイクでないと厳しい。
そしてこの前傾姿勢もかなり疲れる。
荒れる路面のため、レミも静かになった。
舌を噛まないように必死なのだろう。
クソッ、この路面じゃ50キロだって出せやしない。
森が濃くなって来た。
周囲の木々も太くなっている上、それに絡まるツタなども太い。
また下草も分厚くなっているようだ。
大人の背丈がゆうに隠れるくらいの下草が密生している。
と、山側の草叢が俺のバイクと並行に波打ったような気がした。
ヘッドライトは前しか照らさないからよくわからないが、その部分だけ草木の動きが違うような気がする。
俺はギヤを三速から二速に入れた。
エンジンブレーキといざと言う時の加速を重視するためだ。
こちらのスピードダウンに合わせて、草木の揺れも小さくなった。
――来る!――
そう感じた時、草叢の中から黒くて細長い物が飛び出して来た。
俺はフルブレーキをかけると同時にハンドルを左に切り、左足を地面に着く。
ザザッ、と言う音と共に、CBRは車体を横に滑らせる感じで停車した。
ブレーキターンだ。
止まらなければ俺達がいたはずの空間を、黒くて長い物がかすめるように飛び去っていく。
長さは3メートルはあるだろう。太さも人間の胴体くらいある。
「オオムカデや!」
後ろのレミが叫んだ。
「ムカデ?あの大きさでムカデなのか?」
思わず俺は聞き返した。
俺の世界にもムカデはいるが、あのサイズは大き過ぎるだろ?
「あれでもまだ子供やん!」
マジか?もっと大きいのがいるって事か?
「また来るっち!」
レミが叫ぶのと、谷川の草叢がざわつくのが同時だった。
俺は車体を元に戻し、CBRを急発進させる。
後輪が土と雑草を跳ね飛ばした。
その後ろを再びオオムカデが飛び過ぎていった。
一気にスロットルを捻る。
CBRの前輪が浮き上がりかけるが、根性で押さえつけた。
「あのサイズでも噛まれれば、十五分ともたないっち。牙がかすっただけでも、その部分の肉がグズグズに溶けて腐り落ちるっち!」
この続きは、明日7:20頃に公開予定です。
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