第12話 町長の誘い(後編)

「それではハヤテ君の解放に乾杯しよう」


 町長がグラスを持ち上げた。

 同様に裁判官も治安維持官も同様にグラスを掲げる。

 俺もそれに習った。


 食事はちょっとキツい臭いのするパン、とりあえず魚らしいフライ、

 肉の薄切りに甘辛いソースをかけたもの(何の肉かは解らない)、オオトカゲの丸焼きなどだ。

 俺には馴染みがないものばかりだが、味はけっこう良かった。


 食事中は、ほとんど町長と裁判官と治安維持官の三人が会話をしていた。

 俺とレミは黙っている。

 何しろ「北の高原で魔王軍と戦闘が続いているが騎士団は苦戦している」だの「ドラゴンの群れがドコソコの森を焼き払った」だの、俺には状況がさっぱり解らない話だからだ。


 そして町長は所々で「どこから来たのか?」「仕事は何をしているのか?」「親の階級は何か?」などと俺に探りを入れてくる。

 俺はそれらに「こことは全く違った国」「学生だが、荷物運びの手伝いをしている」「親は普通の市民」と嘘ではないが不自然にならない程度の答えを返した。


 メインディッシュが終わり、デザート(氷の上に謎のフルーツが盛られたもの)が出てきた時だ。

 急に町長が本題を切り出してきた。


「ところでハヤテ君、君は裁判の日、朝の十時半にルーデン村を出て、正午までにこのリュンデの町にたどり着いたそうだね?しかも途中でオークの山賊が待ち伏せしている峠を越えて。一体どうやったらそんな事が出来るのか?ぜひ教えてもらいたい」


 正面にいた裁判官も治安維持官も、興味津々の目で俺を見る。


「どうやってって、俺の乗っていたバイクで来ただけですよ」


「あの変な形の馬も騎竜もない荷車は、そんなに凄いのか?」


「まぁ俺の世界でも地上を走る乗り物としては、ベスト10には入るでしょうね」


 裁判官が身を乗り出した。


「どのくらいの早さなんだ?」


「ルーデン村までの距離くらいなら、道路さえコンディションが良ければ一時間もあれば行けます。もっともこの国の道路事情ではムリですけどね」


「そんなに……」


 治安維持官も呆気に取られたように呟く。

 すると町長が重々しく口を開いた。


「君はさっき、自分の国では学生の傍らに荷物運びの仕事をしている、と言っていたな?」


 『バイク便』と言っても通じないだろうから、『バイクを使った荷物運び』と説明している。


「ハイ」


「そこで君に頼みがある。今度はワシらの荷物を運んでもらえないか?」


……そういう理由か……


 俺は内心、ホッとしていた。

 もしかしたら「バイクをよこせ」とか言われるんじゃないかと危惧していたのだ。


「でも俺のバイクでは、大きな物や重い物は運べませんよ。せいぜい人間が手で持てる木箱くらいの大きさが限界です」


 バイク便ではタンデムシートに専用のキャリアボックスが着いていたが、ここではそんな物はない。


「それは問題ない。ワシらが運んで欲しいのは証文が入った封筒だからだ。それをミッテンの街まで運んで欲しい」


 その程度なら大丈夫だ。

 問題はそのミッテンの街までの距離と時間、それに路面状況だ。


「そのミッテンの街には、いつまでに届けて欲しいんですか?」


「今日中、つまり深夜0時までだ」


 距離はどのくらいだろう、俺がそう聞こうとした時だ。

 隣にいたレミが悲鳴に近い声を上げた。


「ミッテンの街に今日の0時までだって?いくらなんでもそれはムリだっち!」


「どういう事だ、レミ?」


「ミッテンまではこのリュンデから100キロ近くあるっち。その街道もさっき町長達が話していたように、途中を五日前にドラゴンの群れに焼き払われて通行できないっち。迂回すると120キロ以上あるやん。そしてその道は夜には様々なモンスターが出るっち」


「路面状況はどうなんだ?荷馬車や荷車は通れない道なのか?」


「道自体はほぼ平野を走っているから平坦やけど、迂回路は最近はあまり使われてないやん。よって絶対に通れるとも言い切れないっち。しかも夜の森の中で立ち往生なんかしたら、モンスターの格好のエサだっち」


 俺は考え込んでしまった。

 距離100キロくらいなら、0時までまだ4時間はあるので大丈夫だろう。

 だがバイクが走れない道では、どうする事もできない。


「そこを何とかお願いしたい。他に方法はないんだ」


 町長がテーブルの上に両手を着いた。


「今日の0時までに、証文を届けなければならない理由は何です?」


「それは私から話そう」


 裁判官が口を開いた。


「ここから北に100キロほどの所でプライス王国騎士団と魔王軍の一派のが戦闘になっている。騎士団の兵力は800に対し、魔王軍は二千を超えるらしい。さらに悪い事に、元々は『魔王軍がいないエリアの偵察訓練』だったため十分な武器を用意していなかったのだ。これでは敗北どころか全滅は目に見えている。そこで一番近い大きな街であるミッテンから武器と回復薬を調達しようとしたが、あまりに急なため十分な資金がない。首都から送金するのでは遅すぎる。だからこのリュンデの有力者達が、その資金貸し付けの証文を出そうと言う事になったのだ」


 俺はその話に少し疑問を感じた。


「それにしてもなぜこの町の人が、そこまで騎士団に肩入れするんですか?本来なら王国が軍資金は調達すべきですよね?」


 すると裁判官は目を伏せた。


「恥ずかしながら……騎士団の副団長の一人が私の息子なのだ。親バカと思われるだろうが、息子の命が危険に晒されていると思うと、居ても立ってもいられない」


 その後を治安維持官が継いだ。


「元々貴族の子弟が多い形式だけの騎士団なんだ。それも訓練中の若造ばかりだ。そんな連中が十分な武器も無しに二倍以上の魔王軍と戦ったら……どうなるかは説明するまでもないだろう」


 貴族の子弟だけの騎士団ね。

 あんまり同情する気にもなれないが。

 すると町長が身を乗り出した。


「確かに裁判官や町の有力者の子弟があの騎士団にいるため、と言うのが我々が金を出す理由の一つだ。だがそれだけじゃない。魔王軍が攻め込んできたのはバルアック高原と言って、この街から北に100キロ程度の場所なんだ。ここを魔王軍に占領されたら、近隣の町や村はあった言う間に占領されてしまうだろう。君がやって来たルーデン村など、真っ先に襲われるに違いない」


 俺は町長の言っている事を確かめるため、レミの方を見た。彼女は頷いた。


「町長の言っている事は本当だっち。バルアック高原に一番近い人里はササロス村とルーデン村だやん。おそらく村人は緑羊や双コブ牛などを放牧している場所だやん。そこが魔王軍に占領されたら、これら近隣の村はあっと言う間に魔王軍に飲み込まれるっち」


 一応、一宿一飯とはいえルーデン村には世話になっている。

 そしてこのリュンデの町での待遇も悪くなかった。

 俺としてもこの二つの町が魔王軍に蹂躙されるのは見たくない。


「解った、俺で良ければ出来るところまではやってみましょう。だけど最初に言っておくけど、バイクが走れない道ではどうする事も出来ない。『絶対に届ける』と確約はできないけど、それでもいいですか?」


 三人とも渋い顔をしていたが、やがて町長が決断した。


「やむを得まい。他にはどうする事も出来ないんだ。ここはハヤテ君に託すしかあるまい」



 俺とレミはさっそく町長の屋敷を出た。

 ミッテンの街まで行くと決めた時、俺は真っ先にレミに言った。


「俺にはミッテンまでの道が解らない。町長達が地図をくれたが、それでも迂回路を通るとなると道に迷う可能性も高い。だがレミに『一緒に行ってくれ』とも言えない。どうやらかなり危険な任務になりそうだからな。だからレミはここに残ってくれ」


 『カナンのため』にマッシュから受け取った二千ディナの内、一千二百ディナは彼女の保釈金として支払っている。

 残った八百ディナは約束通り、俺とレミで半々に分けた。日本円にすれば約四万円だ。

 これで彼女もしばらくは食べるのに困らないだろう。


「本当に行く気なのけ?」


 レミは下を向いたまま、そう言った。


「ああ、約束しちまったからな」


「ハヤテにそこまでの義理はないと思うっち」


「ああ、だけどルーデン村の人も、このミッテンの町も、少しは関わっちまったからな。その町が滅ぼされるような事になるのは、俺としても嫌なんだよ。ま、性分かな」


 レミはしばらくモゴモゴしていた。


「ハヤテ、町長から受け取った報酬はいくらなんだやん?」


「二千ディナだ」


「……一千ディナ……」


「え?」


「半分の一千ディナだやん。それが道案内の料金だっち」


 俺は驚きの目でレミを見た。


「いいのか?さっき自分で『ムリだ。危険が多すぎる』って言っていたが?」


「仕方ないやん。ハヤテ一人じゃ森で迷ってモンスターのエサとなるのがオチだっち。ワタイもここでオマエに死なれたら寝覚めが悪いやん」


 俺はしばらく黙ってレミを見ていた。レミも俺を見つめる。


「どうした、行かないのけ?急ぐんじゃないのけ?」


 レミにそう言われて俺はヘルメットを彼女に渡した。


「ありがとう」


「まったく、一千ディナで命を賭けるんじゃ、安すぎるっち」


 そう言ってレミはヘルメットのベルトを絞めた。



この続きは明日7:20頃に公開予定です。

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