第11話 町長の誘い(中編)

 翌日は午前中に教会の神父に叩き起こされた。

 何でもこの教会の教えについては話を聞け、という事らしい。

 俺は黙って話しを聞いているのが苦手だ。

 大学の授業でも十分も聞いていると眠くなる。


 とりあえずここは『ヘーレイス教』という国指定の宗教を崇めているらしい。

 後は恵みがどうとか、悪神や悪魔がどうとか、本当に興味がない事を延々と話していた。

 ここでも『魔王』の話が出た。

 魔王は悪の存在で、神に対する信仰心も持ち合わせておらず、秩序を破壊し、人々を混乱に陥れると言う。

 神官達には唾棄すべき存在らしい。



 その日も夕方から、カナンとレミとおしゃべりをして過ごした。

 今度は俺の話だ。

 カナンは「俺がどこから来たのか?」を知りたがった。

 俺は正直に「別の世界から」と答えたのが、信じてもらえなかったようだ。

 レミは面白そうに


「ハヤテは自分の事を『大学の学生だ!』なんて言っているんだやん。ワタイが『信じられない』って言ったら『誰でも入れる大学だ』なんて言っちゃって」


 とケタケタ笑いやがった。

 カナンは逆に目を輝かせる。


「え、大学に通って学問を修めていらっしゃるなんて、ハヤテさんは貴族なのですか?それとも大商人の生まれとか」


……いえ、普通の中小企業のサラリーマン家庭、ド平民の息子です……


 無言の俺にカナンはさらに追い討ちをかける。


「じゃ、じゃあ、きっと物凄い才能がおありなんですね!だ、だからルーデン村からここまで二時間足らずで来れるのかな?」


……いえ、偏差値40以下、理系も文系もダメなFラン大学生です。社会にまだ出たくないから学生やっているだけで、ニートとほとんど変わりありません……


 レミが笑い転げた。


「ハヤテがそんな凄い人間に見えるのけ?絶対ウソに決まってるっち!せいぜい冒険者を名乗って小遣い稼ぎしている何でも屋だやん」


 俺はレミを睨んだ。

 そういうテメーは『魔術師を語ったペテン師か浮浪児』だろ?



 三日目、午後遅い夕方近い時間に「ルーデン村から迎えの人間が到着した」という知らせが来た。

 俺もカナンもホッとする。

 別に待遇が悪かった訳じゃないが、見知らぬ場所で行動を制限されると言うのは、何となく不安だ。

 レミだけがちょっと不満そうな顔をする。


「あと一週間くらいココで調査して貰っても……」


 三食昼寝付きの生活が、よっぽど居心地が良かったのだろう。

 そりゃオマエは俺達と違って軟禁されている訳じゃないからな。


 しばらくすると町の役人らしい男が四人入ってきた。


「迎えの者が来た。アンタ達もココを出られる。着いて来てくれ」


 俺達が教会の礼拝堂に行くと、そこにはカナンの兄であるマッシュともう一人の男がいた。

 マッシュはカナンの姿を見つけると「カナン!」と叫んで彼女に駆け寄り、その身体を抱きしめた。

 カナンも涙を流して、マッシュと抱き合う。兄妹の感動の再会、って所か。

 しばらくすると顔を上げたマッシュが俺の方を見た。


「本当に、本当にありがとう。ハヤテのお陰でカナンの命は救われた。もしアンタがいなかったら今頃……」


 俺は照れ臭くも嬉しかった。

 やはり他人に感謝されると言うのは気分が良いものだ。

 今まであんまり人に感謝されるような事はしてこなかったからな。


「じゃあ俺はちょっとリュンデの町を見物していこうかな。まだこの町を全然見ていないし」


 俺がそう言うと、四人の男が俺の前に出た。


「いや、悪いがアンタには今から町長の家に行ってもらいたい。町長がアンタと話をしたいと言って、夕食の用意をして待っている」


 そう言って四人が俺を取り囲む。


「な、なんでだ?俺に対しても疑いは晴れたんじゃないのか?」


 ビビッてそう言う俺に、最初の男が両手で「まぁ待て」の仕草をした。


「落ち着いてくれ。別にアンタをどうこうしようと言う訳じゃない。ただ町長がアンタと話をしたいと言うだけなんだ。これは正式な招待と思って貰って構わない」


「じゃ、じゃあ、ワタイはその間、この町を散策しているよ。町長の話はハヤテだけにあるんだろ?」


 レミはそう言いながら後ずさりした。

 コイツ、自分だけ逃げようとしているな。

 白状なヤツだ。


「別に構わないよ。ただ町長はアナタの分の食事も用意していたみたいだが。別に強制ではないからな」


 食事、と聞いてレミの目の色が変わった。


「あ、あれ、ワタイの分も用意されているのけ?それじゃあせっかくの食事を無駄にするのも悪いから、ワタイも一緒に行こうかな。もったいないっち」


 レミはコロッと態度を変えた。

 「来なくてもいい」と言われた段階で、特に自分に対して害を加える気はないと判断したのだろう。

 それと同時に俺も少し安心した。

 強制はされていない、と言う事は、相手は俺を取っ捕まえてどうこうしよう、という気はないという事だ。


「解った。ただ俺のバイクはココに置いていきたくない。一緒に持って行くが、町長の家はすぐ近くなのか?」


「ああ、広場の噴水を回った反対側だ。アンタの乗り物も一緒に押していけばいい」


 俺は納得して四人と一緒に教会を出た。レミもしっかり着いてくる。


「アンタの恩は忘れないよ!今度ルーデン村に来た時は、ぜひ俺達を訪ねてきてくれ!」


 マッシュの呼びかけを受けて俺は振り返ると、カナンが不安そうな様子で俺を見ていた。



 俺はCBRを押しながら、夕日に照らされた広場の中を歩く。

 周囲を四人が取り囲むようにしているため、何となく囚人の護送のようだ。

 町の人間がジロジロと俺達を見る。

 何しろ見たこともない乗り物に乗った旅人が、いきなり裁判を止めて、さらには男たちに護送されているのだ。

 そりゃ気にもなるだろう。

 俺のCBRは元々派手なトリコロール・カラーだしな。


 この町もルーデン村と同じく、中央広場の噴水(泉)を中心に栄えているようだ。

 この地方では水が重要な資源なのだろう。

 広場もそれなりに立派なもので、石畳で舗装されている。

 そして教会、役所と並んで大きな屋敷があった。

 そこが町長の家だ。けっこう立派な洋館風の屋敷だ。


「町長は中で待っている。どうぞ入ってくれ」


 四人の男にそう言われて、俺はCBRを玄関の横のスペースに停めると、言われるがままに屋敷に入った。

 案内されて客間に入ると、そこで俺の足は一瞬止まった。


「ハヤテ、なんで立ち止まって……」


 そこまで言ったレミの言葉も途切れた。

 大きな長テーブルには、町長以外に裁判官と証人であった治安維持官が居たのだ。


……まさかコイツラ、揃って俺を捕らえるために……


「どうぞ、座ってくれ。ハヤテ君」


 町長は俺にそう言って左隣の席を指し示した。

 右側には裁判官と治安維持官だ。

 俺はブルっているのが悟られないように、わざと大股でゆっくりと歩み寄った。

 どっちにしろ、ここまで来たらジタバタしても仕方がない。

 後ろには仕方なくレミが着いてくる。

 俺達が席に着くと、給仕がグラスに飲み物を注いでくれた。


「それではハヤテ君の解放に乾杯しよう」




この続きは明日7:20頃に投稿予定です。

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