第10話 町長の誘い(前編)

 俺はまずはノンビリとリュンデの教会が過ごした。

 本当はこの町を見物したい所だが、軟禁された身とあってはそれは叶わない。

 だが教会の敷地内は自由に歩きまわれたし、俺のCBRも教会内に停めてあるからイタズラされる心配もない。

 カナンという美少女も一緒に過ごしている。

 レミという邪魔者も一緒だが、まあコイツはコイツで顔は可愛いし。

 (俺にはロリコン趣味はないが)


 この期間を利用して、俺はこの世界について知識を深めることにした。

 決してカナンとの距離を縮めて、うまい事しようなんて魂胆じゃない。

 夕食の後、俺はカナンと並んでベッドに腰掛けた。

 ちょっと不信そうな目でレミがコッチを見ている。


「じゃあカナン、この国についてもう少し教えてくれよ」


 さっき食事中にこの話題を持ちかけたのだが、カナンが周囲に目配せをして「後にしましょう」と小声で言ったのだ。

 どうやら大っぴらには言いたくない事もあるらしい。


「ここプライス王国は厳格な身分制度があります。まずは国王の血筋である王族。そしてまつりごとを執り行い、それぞれの領地を支配する貴族。国民の大多数を占める平民。あとは人間扱いをされていない奴隷です」


 なるほどね、ほぼ俺のいた世界の中世と同じような感じらしい。


「なお各身分の人間は、隣接する身分の人間とは会話する事ができますが、ランクを飛び越えた階級の人と会話する事は許されません」


「それって平民は王族とは会話できない、貴族は奴隷とは会話できない、って事?」


「そうです。もっとも奴隷は人間の扱いではないので、貴族は家畜と同様に命令しますが、奴隷は返事以外の言葉を発してはならないのです」


 そういう点は、俺達の世界よりも厳しそうだ。


「なおこの身分制度とはちょっと外れますが、神官・僧侶は別格です。厳密にはどの階級とは言えないのですが『貴族以上、王族以下』と言った所でしょうか?」


 どの世界でも宗教って言うのは、別格の権力を持っているんだな。


「また神官・僧侶は、どの階級の人間とも会話する事が出来ます。そしてあらゆる人々に心の平穏と救いをもたらすのです」


「コイツみたいな魔術師って言うのは、どの階級に入るんだ?」


 俺はレミを親指でしゃくった。


「コイツとは何だ!」


 レミが目を向いて怒る。

 そんなレミを困った笑いでカナンは宥める。


「まあまあ。でも魔術師は職業ですから、階級とは関係ありません。ただ魔術師になるのは普通の人ではムリです。魔術師になれるのは、ほとんどが魔術師の家系の出身者です。よって階級で言うと、貴族か神官・僧侶クラスが多いかと」


 レミがちょっと得意げな顔をした。


「魔術師は膨大なマナと、複雑な呪文や術式を操る知能の高さが必要なのだ。よってどの階級の人間であろうと『なりたい』と思ってなれるものではないのだ!」


「そう言えばレミさんは、『樹海の賢者・ラスモリー』の一族なんですよね?ならば貴族に属するのでは?それに帝国五大魔術師の一人・マルセル・マグネル魔法学者の生徒であるなんて、ただの魔術師とは思えないのですが」


「レミの一族って、そんなに凄いの?」


「はい、それはもう!『樹海の賢者・ラスモリー』は魔術発祥の五人の内の一人と言われています。その中でも、最も魔術を論理的に体系化し、学問にまで高めた最高の賢者と言われています」


 カナンはその美しい赤毛を振るわせるように力を込めて言った。


「はぇ~、コイツがねぇ。俺はてっきり『魔術師を語った浮浪児』かと思ったよ」


「そんな失礼な事!帝国五大魔術師の一門である事を語るなんて……そんな不埒な事が許されずはずありません!」


 するとレミは下を向いて口ごもった。


「いや、私は……マルセル・マグネルの一門ではない」


「えっ?」


 カナンが目を丸くする。


「ほ~ら、やっぱりパチモンだったんじゃね~か!」


 思わず俺は声に出して笑ってしまった。

 するとレミは顔を真っ赤にして怒った。


「違う!私が『魔法学者マルセル・マグネルから統合魔術理論を学んだ』と言うのは本当だ!だがマルセルの一門には所属していないだけだ!」


 必死でそう言うレミの目には、うっすらとだが涙が滲んでいるように見えた。

 何か事情でもあるんだろうか?


「まぁ、いいや。俺には関係ない事だし。それよりこの国の都市とか地理について教えてくれないか?」


 俺は話題を変えて、カナンを向き直る。

 この世界をバイクで旅行するとして、地理や各国の情報は必要だ。


「はい。この周辺の国ではどこも『国の首都』を中心に『地方の州都』があり、それを取り囲むように『街』が、さらにその周辺に『町』が、そして末端に『村』がある、というようになっています」


「でも町や村と言ってもその間の土地には、人が住んでいる訳じゃないんだろ?」


 俺は今まで通ってきた道を思い出しながら言った。


「そうです。それぞれの都市や集落は点在していて、城壁や壁、または柵などで囲まれています。周囲には魔物や亜人種、妖獣などが多く、壁の外に人間が住むのは危険なんです」


 つまりこの世界の土地は、ほとんどが未開拓という事らしい。


「国土と言っても、その全ての土地を人間が支配しているって訳じゃないんだな」


 俺はうろ覚えの知識で、中世ヨーロッパや古代中国の都市国家を思い出した。


「じゃあこのリュンデの町は、かなり辺境って事なんだな?」


 カナンは頷いた。


「ええ、このリュンデの町そして私のルーデン村は、プライス王国の北東の外れに位置しています。この一帯の州都はアーレン。そしてプライス王国の首都はアルケポリスです」


「首都にはこの国の王様が居るって訳ね」


 するとカナンは厳粛さと誇りをもって答えた。


「そうです。この国を治めるのは覇王ガリガンティウス。既にいくつもの異族の土地を平定し、国の発展と秩序をもたらしています」


 カナンの様子を見て俺は思った。

 どうやらこの国の王様は、国民にとっては誇らしいものらしい。


「この国と周辺の国家との関係は、どうなんだ?争いや揉め事はないのか?」


 俺は何気なく聞いてみた。

 この世界で暮らしていくために、紛争状況や敵対国・友好国なんかは聞いておいて損はないだろう。


「東のスパニラル王国、カルニデラ皇国とは、一応不可侵条約を結んでいます。問題なのは北西に住む魔王の支配地域です」


「魔王?」


 俺は思わず聞き返した。

 この世界に来る時、女神ハイジアは「俺に魔王退治なんて期待していない。ただ寿命まで普通に暮らせばいい」と言っていた。

 あれは俺には期待していないだけで、『魔王がいない』という事ではなかったのだ。

 だがカナンは俺の疑問を「不安」と感じたのだろう。


「でも大丈夫です。魔王と言えどこのプライス王国には侵入できません!必ずや我らのガリガンティウス王が魔王を打ち滅ぼすはずです!」


 カナンは拳を握りしめ、身を乗り出してきた。


「ありがとう、カナン。今日はこの位にしよう。一度に色んな事は覚えられないからな。続きはまた明日、頼むよ」


 俺はそう言って、ちょっと名残惜しいが彼女の隣を離れ、自分のベッドに向かった。




この続きは、明日7:20頃に公開予定です。

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